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第14章 第二の試練3
「偽の神子が企てたのでしょうか。ドサクサに紛れて僕を攫い、殺そうと?」
「あるいは偽の神子の真意を知らないエドワード王子の独断だな。贈り物を袖にされ、懐柔できないことがわかり、命を狙っているのかも。どっちにしろ、ろくなことを考えていないのは、たしかだ。対処できそうか?」
本当はそばにいてほしい。離れたくない。どこにも行かないでほしい。
でも彼はギルドであり、僕の所属しているパーティのリーダーだ。彼には彼の仕事がある。
そして――もうすぐ戦争が始まる。
魔法や魔術の特訓の成果が出た。防御魔術も少しは身になっていると信じるしかない。
「なんとか切り抜けます。ただ怖がってばかりじゃ、偽の神子やエドワード様の思うつぼです」
「強くなったな」とマックスさんに両手を握られる。
「マックスさんのおかげです」
「うれしいことを言うな。褒めても何も出ないぞ?」
軽口を叩いて彼と見つめ合う。
この人が強いとわかっている。十二で剣闘士となり、闘技場での戦いに五体満足で勝ち抜き、ギルドとして働いている。
それでも怪我をしないか、手の届かない遠くへ行ってしまうのではないかと心配になる。そんなことになったら英雄をさがす使命を果たせなくなり、二度と立ち上がれなくなりそうで怖い……。
目に焼きつけるようにして彼の姿を見続ける。
マックスさんにそっと手を引かれた。僕は逆らうことなく彼の肩に頭を預け、抱きしめられる。
「おまえが、ここで死ぬ人間ではないとわかっている。それでも恐ろしい。そばにいて守れないことを不甲斐なく思う」
逞しい腕に強く抱きしめられる。マックスさんの声が、かすかに震えていた。
彼の広い背中に腕を回し、僕もマックスさんを抱きしめ返した。
「……大丈夫です。僕は英雄を見つける使命がありますから死にません。不遜にも、この戦いの最中で英雄を見つけるきっかけを摑めたら、と思ってるんです」
「なんだよ、それ?」
かがんだマックスさんの額が僕の額にくっつく。
彼の甘えるような仕草に微笑む。
彼の腕が離れていった。
魔法が解け、彼の顔つきが変わる。僕も気を引きしめてエリザさんの呼び声に応える。
「エリザを頼んだ。油断するなよ」
「はい。マックスさんも、どうかご無事で」
*
魔族たちが、城の前までやってきたようだ。
千年前に魔王の率いる軍隊の将軍を務めていたダークエルフが、闇の竜に乗って兄様に声を掛ける。
「人間ども、よく聴け。魔王様が復活をなされた今、またこの世は地獄となり、多くの生き物が命を儚く落とすだろう。だが安心するがいい。魔王様はまだ本調子ではない。貴様たちがあの方の骨を粉にし、力を宝石に封じたからだ」
「帰るがいい、裏切り者のユダよ。魔王が真に復活するのには時間がかかるはず。何をしに来た? 森のエルフたちは裏切り者であるおまえを八つ裂きにしたいと臨んでいる。死の谷で静かに暮らせ」
「弱い人間たちを、いたぶりに来た――と言いたいところだが取引をしに来た。取引に応じれば魔王様が完全に復活するまでの間、我ら魔族は決して自ら戦を仕掛けぬと誓おう」
「何?」
「勇者一行がこの世にいない今、我ら魔族が負けることは決してない。魔王様がこの世によみがえれば妖精や古き魔族にドワーフ、エルフ、そして神々たちに背を向けられたおまえたち人間を一掃するのは造作もないこと」
兵やギルドたちがザワザワと騒ぐ。
「貴様、人間を馬鹿にしているのか!?」
弓兵隊長が矢をつがえようとしたのを、兄様が制止する。
「……ありがたい話だな。卑怯な真似はなしということか」
「ああ、我らは高潔な魔族。この世の支配者だ。おまえら下劣な人間と同じ手は使わない」
「ならば望みはなんだ」
兄様が問えばユダが声高く叫んだ。
「ルキウス・クラインの身柄引き渡しだ」
僕はギクリとした。
今回の魔族の出兵の背後に、偽の神子が関わっていることに気づいたからだ。
「なんだと?」
兄様が怒りを滲ませた声で訊く。
「魔王様は、勇者一行と王の子孫をひどく憎んでおられる。我ら魔族は魔王様の復活を祝うにあたって、生贄を捧げ、そのお心を慰めることにした。しかし勇者一行の子孫は行方知れず。かといって、あの傲慢王が王子たちを捧げる訳がない。だが――血族であり、他の親戚や貴族からも忌み嫌われている愚かな同性愛者ならば、どうだ?」
「ふざけたことを!」
「この世は陰と陽、オスとメスにより、子孫が繁栄する。富めよ、増やせよ。役立たずな家畜は早々に屠 るに限る。それを魔王様の生贄として捧げるのだから誉れと思え。個の犠牲により、万人の命を救える。悪い話ではないだろう」
「そのような話を受け入れられるものか。交渉決裂だ!」
ダークエルフを始めとした魔族が雄叫びをあげた。
「愚かな……自らの選択を後悔することになるぞ? 四日後の朝に答えを訊こう。三日目までは日没になり次第、退いてやる。ありがたく思え」
兄様が槍を取り、空に掲げる。
「おまえたち、魔族の思い通りにはさせない。天空に棲む神々よ、我らの手に勝利を!」
そうして開戦した。
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