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第14章 第二の試練5

「その前に少々お時間をいただけないでしょうか。最後に言い残したいことがございます。すぐに終わりますので、お許しいただきたく存じます」  魔族たちは大ブーイングだ。 「早く縄で縛りあげて、引きずって帰るぞ!」「そいつを移動式の牢に、さっさと入れろ!」といった声があがる。  しかし人間を見下すユダは「まあ、待て」と魔族たちを宥める。 「いいだろう。両親や弟とまともに最期の挨拶をできなかったんだ。それくらいの時間は割いてやる」 「寛大なお心遣い、感謝申し上げます」 「ルキウス……」  真っ白な布のような顔色をした兄様にアイコンタクトをとり、その場で動かないようにしてもらう。 「では、ユダ様や魔族の方々にひとつ質問をさせていただきます」 「いいだろう、答えてやる」 「――なぜあなた方は、魔王に味方するのですか? 魔物、魔獣、悪魔でも魔王に従わないものたち、袂を分かつものたちがいました。あなた方はどうして、魔王に付き従うのです?  魔王にかしずくあなたたちは千年前に多くの命を奪いました。その戦いは三百年続いたと聞きます。あなたたちはなにゆえ長い時間、戦い続けたのですか? そして、今回の戦いで何を望むのですか?」 「我らが望むは殺戮と血だ。ルキウス・クライン」  ユダの返答に魔族は雄たけびをあげ、大喜びする。 「おまえらが地獄というものが我らの天国。天上から神々が死に絶え、生きとし生けるものが屍と化す。緑や水といったものがすべて砂塵と化し、不毛の土地となること、青空などという気色の悪いものを永遠に見ずに済む闇の世界の到来。それが我らの望みであり、魔王様の創る新世界――我らの理想郷だ!」 「そうですか……わかり合えそうもないですね」  僕は荷代から箒を一本手に取り、ユダと対峙する。 「たしかにビックゴブリンは人や動物を殺し、金目のものを盗みました。それは何もせずに済む、楽な生活を送りたかったからです」 「ああ、あいつは矮小な俗物だったからな」 「しかし、僕はビックゴブリンの気持ちの方が、まだ理解できます。あなたたちの言っている理想とやらは、虫唾が走ります。理解する気も毛頭おきません」 「そろそろ口を閉じろ、ルキウス・クライン。箒でひとり逃げるつもりか? おまえは、空を飛ぶのが苦手だろう? 悪魔たちにこの場で殺されたいのか?」 「残念ながら、僕は箒で空を飛ぶことが大の苦手です。しかし、それは箒本来の正しい使い方ではありません」 「なんだ、箒で我らと戦うとでも言うのか」  ユダもその後ろに控えている魔族たちも、馬鹿にしきって油断している。ならば、先手必勝だ。 「その通りです。箒は汚れを払うもの。あなたたちを一掃します」  そのまま僕は手に持っていた箒と荷代の掃除道具へ魔法をかける。  手に持っていた箒やその他の掃除道具がゴーレムのように巨大化する。  ユダたちは呆気にとられる。  箒たちは、魔物たちをさっささっさと掃いては、ちりとりの中へ放り込んだ。  はたきで空飛ぶ魔物たちを叩き落とし、雑巾で魔物たちを拭きとっていく。  バケツとちりとりは集めた魔族を死の谷に向かって投げ捨てた。 「ひ、怯むな! 術者を殺せば、魔法は解ける!」  僕の方に大量の攻撃魔法と矢が浴びせられる。 「させるかって言うんだよ!」  隠者に化けていたマックスさんがローブを脱ぎ捨て、右の()()()から大剣を出し、左手で引き抜く。そのまま目にも止まらぬ速さで僕の前まで来て、剣を振るう。  反射魔法や呪い返しでも使ったみたいに攻撃魔法と矢が魔物たちへ跳ね返り、放ったものが消滅する。  そのまま武器を手にした魔物たちが押し寄せて来るが、マックスさんが単身で前列にいた魔物たちを一振りで消滅してしまう。 「貴様、まさか……」  ユダが憎しみをあらわにしてマックスさんへと向かっていく。  マックスさんもユダに向かって走っていく。 「ルカ、後方へ戻れ。後は俺達がやる! マクシミリアンさんに続け!」  そうして今まで劣勢だった人間の方が優位になり、戦況が変わる。 「行くぞ、魔族が狼狽えている。総攻撃だ!」と兄様が叫んだ。  そんなことが七日七晩続いた。  八日目になると天上から『勝利』の女神と『軍』の神が眷属を引きつれて、地上へ降り立った。魔族は神々がまさか参戦するとは思っておらず、そのまま敗走した。『勝利』の女神が微笑み、『軍』の神が味方したのは魔族ではなく、人間だった。

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