84 / 112

第15章 淫魔1

 戦いが終わった。  ピーターや兄様はマックスさんの言う通り、死なずに済んだ。マックスさんたちも無事だ。  だけど――全員が生き残った訳じゃない。  戦死したり、治らない傷を負った人たちがいる。  はたして、これで本当によかったのだろうか?  戦争が終わり、王城の修復を済ませて帰り支度をする。  ピーターは一足先に王都へ向かって出発し、兄様も王様に勝利を報告する義務があるので部下を引き連れて帰っていった。  今後こういった戦争がいつ何時起きるかわからない。魔王の封印は解かれたままだからギルドの仕事が増えていくとクロウリー先生が愚痴をこぼした。 「じゃがルキウス殿も自由に魔法や魔術を使えるようになって、よかったのう。おまけに召喚士と来た。これなら儂がパーティを抜けることになっても安心して任せられるわい」と杖で肩を叩く。 「クロウリー先生、そのようなことを仰らないでください!」 「そうよ、おじい様! まだいてもらわないと困りますわ!」  僕とエリザさんが同時にクロウリー先生に対して嘆くと、メリーさんが重々しくため息をついた。 「師匠、そのような発言はおよしください。ルキウス殿にはもっと修行が必要です。あのように突飛なことを毎度やられていてはマックスが仕事に集中できなくて、おれたちが困ります」  メリーさんが何を言っているか察したクロウリー先生が額に手をあてる。 「やれやれ、あやつにも困ったもんじゃ……」  戦いが終わった後、マックスさんはまるでひっつき虫にでもなったみたいに離れなくなってしまったのだ。  戦いが終わり、勝利を手にしたことで騎士や兵隊たち、他のギルドも笑って済ませてくれたもののあまりにも見苦しかった。  挙句の果てには何を血迷ったのか……「ルキウスを魔法の船の中に住まわせる。魔王がふたたび封印されるまで一歩も出さない。ルキウスも英雄さがしなんかしなくていいだろ? もうギルドなんかやめちまえよ」なんて思いつめた顔で言いだすから始末に置けない。 「僕は後宮で囲われる王様のお妃様たちとは違います。英雄さがしをするのが僕の生きる意味なんです」と反論すれば、ひどく顔を歪ませた。  そのまま抱きしめられ、「放してください!」と何度お願いしてもマックスさんは離れてくれなかった。  子どもたちやご婦人方といった衆人の目がある中で、身動きが取れなくなってしまったのだ。 「みっともないからやめなさいよ!」「よせ、あまりにも危険な考えだ!」とエリザさんとメリーさんが両方からマックスさんの腕を放してくれたので、自由になれた。クロウリー先生の背中に隠してもらい、途端にエリザさんとマックスさんが言い合いを始める。  メリーさんが仲裁しようとしても上手くいかず戦争が終わったばかりなのにマックスさんとエリザさんは戦闘態勢になった。  そしてマックスさんは、クロウリー先生にこってり絞られたのだ。  今、マックスさんは城主や村長に呼ばれてこの場を留守にしている。彼が同性愛者だと知らない城主や村長は「ぜひ、うちの娘を嫁に」とマックスさんに勧めている最中だ。 「それにしても、マックスさんって人間離れした力を持っているんですね。手から大剣を取り出したり、一振りで最前列にいた魔族を消滅させちゃうなんて」  三人が石のようにピシリと固まった。 「あんた知らないの? ていうか、あいつが人間だと思っていた訳?」とエリザさんが怪訝な顔をして、変なことを訊く。 「マックスさんはどこからどう見ても人間でしょう? ハーフエルフやドワーフには、とうてい見えませんよ」 「馬鹿、そうじゃない! あいつは――」 「よすんだエリザ」  エリザさんが何か言いかけたが、メリーさんに口を塞がれてしまう。エリザさんが手足をばたつかせてメリーさんに抗議する。 「ルキウス殿、申し訳ないが少し席を外していただけないだろうか。貴殿も疲れておるじゃろう。そこら辺で気晴らしでもしてくるといい。後でマックスを迎えによこすから」とひどく疲弊した様子のクロウリー先生に促される。  なんだろう、みんな。僕に隠しごと? と思いながら「ではお言葉に甘えて……」と退出する。  中庭には、王様たちの住む王宮には及ばないものの立派に花が咲いていた。薔薇を眺め見ながら、やることもなく辺りをブラブラ当て所なく歩く。  結局、暗殺部隊に命を狙われずに済んだので、拍子抜けしてしまう。  兄様たちに危害を加えていないか不安だけど、エドワード様や偽の神子がふたりに危害を加えるメリットは思いあたらない。  いったいなんだったのだろうと伸びをする。  突然、殺気を感じた。  魔族がまた侵入したのかと戦闘態勢をとる。  しかし敵は思わぬ形で遅いかかってきた。  どこからともなく植物の蔓が伸びてきて手足を拘束され、宙吊りにされる。  薔薇の中に紛れていた奇妙な赤い花々が咲き、裸の男性のような姿になる。 「あ、あなたたちは……悪魔!?」 「ちょっと違う、ぼくたちは淫魔だよ」

ともだちにシェアしよう!