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第16章 波乱の祝賀会2
外には警備の衛兵がいる。もしエドワード様が人払いをして命の危険があるかもしれない。
それに僕も彼に聞きたいことがある。
もし、暗殺部隊や偽の神子が現れても一矢報いればいい。
エドワード様が耳元に唇を寄せる。
「どうした、俺に捨てられたことがそんなにショックだったか?」と笑う。
ああ、この方は何もわかっていないんだな。
今、僕はエドワード様の目の前にいる。すぐ手が触れられるくらいに。でも、彼はこの場にいる僕のことなんか最初から眼中にないのだ。
ただ、己の頭の中で作りあげたルキウス・クラインという、自分に都合のいい人形を見ているだけ。
無言で微笑み、彼とともに祝賀会の会場を後にした。
外へ出れば、いきなりエドワード様に乱暴に口づけられた。
突然の無体だった。
彼の身体を押しのけ、距離を置く。
以前は、僕の方から彼に口づけを請うことだってあった。でも、今はひどく気持ち悪い。鳥肌が全身に立ち、唇を手の甲で拭う。
「何をするのですか?」
大声を出す訳にもいかず、平静を装い、声を押し殺す。
「カマトトぶるなよ。まだ俺のことが忘れられないんだろ?」
彼の言っている意味がわからない。
「だから、あんな大男を侍らかして、浮気をするんだ」
「世迷い言を。はっきり申し上げたはずです。あなたのことが好きではなくなったと」
「そうやって、つれない態度をとって俺の気を引いているんだろ。わがままを口にして、俺を振り回すのが楽しいか?」
お酒の臭いはしない。香ってくるのは薔薇の香水の匂いだけ。
だけどエドワード様はひどく酔っ払った人のように、話が通じない。
「そのようなことはしていません。あなたのせいで文官としての道を閉ざされ、家族も大打撃を受けたんですよ」
「あのときはやり過ぎた。俺が悪かったよ。だから父上に頼み込んで、おまえが復職できるようにしたし、贈り物も送った。なのに……」
「一度も僕や僕の家族を気遣わなかったのに、どう応えろと? 第一、あなたが送りこんできた暗殺部隊のせいで、危うく命を落とすところだったんですよ」
「なんだ、それは……死にかけた? おまえが!?」とエドワード様が両の二の腕を摑み、切迫した剣幕で問う。
彼の手を振りほどく。
摑まれたところがひどく痛い。
「はい。ギルドの方が来なかったら、めでたく魔物の餌になっていました」
「なんだと?」
「それなのによくもまあ、ぬけぬけと……神子であるノエル様がそんなに大切なのですね」
「なっ、なぜおまえがノエルを知っている?」
白々しいエドワード様の態度に腸が煮えくり返る。一分一秒でも早くこの場を離れたい。
「有名ですから。おふた方がおしどり夫婦のように仲がいいというお話はかねがね耳にしております」
「ルキウス、ちが……」
「ご安心ください、僕はあなた方の邪魔はしません。どうかお幸せに。では失礼します」
そうして会場へ戻ろうとすれば、エドワード様に腕を引かれ、抱きしめられる。
「何を!?」
離れようと思っても、エドワード様の腕が蛇のように絡みついて離れない。
「誤解だ。俺はあの神子とはなんの関係もない!」
その言葉にカチンと来る。
「嘘をつかないでください。あなたが本気で愛しているのは神子だけ。僕やクライン家を陥れることばかりお考えになって、そんなに王座がほしいのですか!? だったら正々堂々とアーサー様やシャルルマーニュ様と王位継承権をかけて、決闘でもなんでもしてください。僕や僕の家族、周りの人たちを巻き込まないで!」
「違う、そんなことは断じてない!」とエドワード様が顔色を悪くして、卒倒する。
「父上や兄上がいるのに、玉座を狙うわか訳があるか? 暗殺部隊もけしかけていない! ただ、おまえの様子が知りたくて……」
「あなたの言うことなど信じられません。放して!」
腕から抜け出そうとすれば、両手首を骨が軋むほどに強い力で摑まれる。
「っ!」
「なぜ俺の言うことを聞かない……そうやって俺の心を振り回し、愚かな男だと愚弄するのか!」
「いやです、やめ……」
「うるさい! おまえは本当にろくなことを口にしない。……そういえば、以前俺の寝室に入らせてほしいと言っていたな? 今すぐその願いを叶えてやろう。その身体に聞いてやる」
半ば強引に引きずられる形で、移動させられる。
「やめてください、いや!」
「――ルキウス?」
マックスさんだ。その姿を目にして僕は安心感と不甲斐なさを感じ、泣きたくなった。
鋭い目つきをしてエドワード様が、マックスさんを睨みつける。
「おまえか、マクシミリアンとかいうギルドの人間は。ルキウスになんの用だ?」
「……挨拶もなしに、ずいぶん無礼な態度をとるのですね。エドワード王子」
「おまえのような身分の低い者に、王子であるこの俺が礼儀を説かれるとはな。とっとと失せろ、おまえに用はない」
「いいえ、ルキウスをお返しください」
「何?」
エドワード様が眉をつり上げ、マックスさんを凝視する。
マックスさんは温度の感じられない目で、エドワード様のことをじっと見据えた。
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