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第18章 そばにいたい1
*
あの後、サギーさんのところへ寄ってスチュワート様とビルに報告書の入った手紙を送った(こっそり巻物の写しを魔術で作り、ビルの報告書と同封した。巻物の内容を歴史学の教授に解読してもらうように頼むメモ書きも入れた)。
報酬を受け取って先生やメリーさん、エリザさんと別れる。
僕は「今夜は帰らない」という趣旨の手紙を父様と母様に送った。
そして現在、マックスさんの家である魔法の船の中にいた。
「英雄の手掛かりが見つかったお祝いをふたりでしよう」とマックスさんに誘われたのだ。
料理なんて一度もしたことがなかったけど「何ごとも経験だ」と言われ、包丁を手渡された。
キッチンでマックスさんの隣に立って料理をする。
赤ワインソース掛けのステーキポテト沿え、野菜スープと焼き立てのパンができあがった。
椅子に腰掛けてふたりで作った料理を口に運ぶ。
料理長のように料理人として修行した者が国内・外の一級品の食材を使って、芸術的に作った料理のように逸品の味ではない。
それでも大好きな人と一緒に作った料理は、素朴な味わいがあった。どこか懐かしくやさしい味がして美味しかった。
マックスさんが静かにナイフとフォークを八の字にさせ、額の辺りを掻いた。
「なんか沈んだ顔をしているな。おまえの口に合わなかったか?」
「いえ、とても美味しいです。ただ……」
「英雄の手掛かりが見つかったのにうれしくないのか?」
僕もナイフとフォークを置く。そのままでは切り出せそうもなくて白ワインに口をつけ、くっと呷る。グラスを机の上に音を立てずに置く。
「だってマックスさん、何も話してくれないから……巻物の内容が何か問題あったのかな? って怖くなっちゃったんです」
「ルキウス」
「ここまで僕の家族も友も従者も、元・仕事仲間も被害者はゼロ。本当なら手放しに喜ぶところです。でも……英雄を見つけたら僕は死んじゃうのかなとか、マックスさんたちの記憶から消えちゃうことが、あの巻物に書いてあったのかなって考えたら恐ろしくなったんです」
マックスさんの大きな手が僕の右手に重なる。
「悪い、オレのせいで不安にさせたんだな」
「それは、」
「そんなことは書かれていなかったから安心しろよ。ただ、まだオレの中で気持ちの整理がつかないんだ」
マックスさんが長いまつ毛の生えている目を伏せた。
「それほど重要なことが書かれていたんですか?」
「ああ、英雄が現れる条件についてな」
「そっか、よかったです」
僕はほっと胸を撫でおろした。
「おまえはオレを責めないんだな」
「えっ?」
「いつも隠しごとをして話せていないこともいっぱいある。剣闘士をやっていて人を殺したこと、どこか普通の人間じゃないことも感じているんだろ? エドワード王子や偽の神子への態度、それに今日の一連の出来事でわかったはずだ。オレは――やさしい人間じゃない」
「マックスさんが人を殺してきたことも、普通の人とどこか違うことも知っています」
戸惑った表情を浮かべてマックスさんが唇を嚙みしめた。
「それでも僕はマックスさんに会えてよかったなって、心の底から思っているんです。わからないこと・知らないことがいっぱいあるけど、それでもあなたのことを思う気持ちは変わりません」
「どうして?」
「自分でもよくわかりません。でも、あなたのそばにいたい気持ちだけは変わらないんです。それに、マックスさんはやさしい人ですよ。僕をエドワード様や偽の神子から守ってくれた。今日だってクロウリー先生や、エリザさん、マックスさんを守るために悪魔や神官たちを倒したんでしょ」
「……ありがとな、ルキウス。オレも、おまえのそばにいたい。ずっと、このまま隣にいたいよ」
ぎゅっと手を握られる。
どこかいつもと違う甘い雰囲気が漂う。
なんだか気恥ずかして、そわそわしてしまう。僕は手を引っ込めた。
「このままじゃ、せっかくふたりで作ったお料理が冷めちゃいますよ。食べましょう。ねっ!」
食事を終えたら、マックスさんが洗ってくれた食器を戸棚に返す。
戸棚の中には、ずいぶん古い器や盃があった。手に取り、眺め見ていると後ろからマックスさんがやってきた。
「食器なんかをジッと見つめて、どうしたんだ?」
「ああ、はい。すてきなものだなと思いまして。それにどこかで似たようなものを目にしたような……どこだっただろう」
食器を元ある場所へ返すとマックスさんに抱きしめられ、腕を腹部に回される。チュッとかわいらしい音を立てて唇が頬に触れる。彼の少しカサついた唇が頬や耳、首筋に触れ、擽ったくて身をよじる。
「もう、どうしたんですか?」
「おまえがかわいくて仕方ねえんだよ」
「マックスさん、親に構ってもらいたくて甘えている小さい子どもみたい!」
声をあげて笑っていたら、腹部に回る腕に力がこもる。
「約束したよな。英雄の手掛かりが見つかったら、俺を受け入れてくれるって」
甘えているんじゃない。……求められているんだ。
身体をひっくり返されて正面を向かされる。マックスさんの手が両肩に触れた。
「駄目か?」
どんな敵とも勇ましく戦う人が、この世の終わりみたいな表情を浮かべて懇願してくる。常人なら手に持つだけでも苦労するような大剣を軽々と振るう手が、かすかに震えている。
「駄目じゃないです。あの……お風呂で準備をさせていただけませんか? 身体とか、心の……」
「そうだな。先に入るか? それとも後?」
「えと、後で。お願いします」
「わかった。じゃあ、先に入らせてもらう。オレの寝室はわかるな?」
「はい、わかります」
マックスさんが、触れるだけの口づけを唇にした。
「待ってるから。湯冷めしないうちに来てくれよ」
そうしてマックスさんは温泉へ入りにいった。
僕はその場で、ずるずるとへたり込んだ。
――顔が熱い。
後孔を清め、温泉で全身をくまなく隅々まで洗う。
お湯から出たら軟膏を全身に塗り込んで香油を塗った髪を櫛で梳く。
歯を綺麗に磨き、唇へ軟膏をうっすら塗り、爪が伸びていないかを確認する。
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