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第19章 最後の試練3

「誰かを不幸にし、死に追いやることがあなたの幸せに繋がりますか? 自分のことだけを大切にして、周りの人たちを大切にしないことが――」 「そうだよ、それの何が悪い。正しい者が勝つんじゃない、声の大きい者が勝つんだ! 言った者、やった者勝ちなんだよ。そのためには人を蹴落とす必要がある。人間は、(ふるい)にかけられなくちゃいけないんだ。蹴落とされる弱者は、篩い落とされた馬鹿は邪魔な存在だ。生きている価値なんかないんだよ。  そんなやつが死のうとどうなろうと関係ないだろ? 勝手に地獄にでも落ちて永遠に苦しめばいい。この世界から人間がひとり残らず消えるまで、ううん。この世界が終わっても、神が消えた後も苦しむべきなんだ」 「それは違います。どんな人間にも生きる価値はあります。世の中を少しでもよくし、人との仲を円滑するために道理や道徳、倫理、法律があるのです。世の中が変わるにつれて内容が変更しても、その根本には人の住む世界を少しでもよくしたいという思いがあります。  そして神々は地獄に落ちた人間でも、世界が終わるときにはひとり残らず救いあげます」  偽の神子が「あー!」と叫び、両手で黒い髪を掻きむしる。 「偽善者の説教なんか聞きたくない。虫酸が走る! 偉そうに口出ししやがって……」  怖くて、アポロンとアルテミスは大泣きしていた。  義姉様は兄様や近衛兵や騎兵隊たちに保護されていたが、すぐにでも双子の元へ駆けつけたそうにしていた。  えんえん泣いている幼い子どもたちを偽の神子がじっと見つめる。その目は瞳孔が開ききっていて、異様な目つきだった。 「マジウザ、早く死ねよ」  彼は、アポロンとアルテミスの入った鳥かごを宙に放り投げた。  僕と兄様、ビルとピーターが走る。  兄様とピーターが、刃物を持って叫びながら暴れている偽の神子を取り押さえる。僕は、アルテミスのかごをキャッチし、ビルに投げ渡す。  ビルが鍵開けの魔術を使って、かごの中からアルテミスを出すなりギュッと抱きしめた。 「ビルおじちゃま〜!」 「そうだよ。よかった、無事で……」  アポロンのかごも手に取り、父様に投げ渡す。 「ルカ、危ねえ。よけろ!」  ピーターと兄様の拘束を解いた偽の神子が、刃物を持って僕の方へやってくる。  とっさに防御魔法を発動する。  マックスさんの特訓のおかげだ。刃物で傷を負うことはなかった。でも――。 「そのまま落下して死ね」  偽の神子がニタリと笑った。  僕の名前をピーターが叫ぶ声がする。  真っ逆さまの状態で地面に向かって落ちていく。  ――よかった。アポロンも無事みたい。死ぬのは僕だけで済みそうだ。  でも、最後まで英雄は見つけられなかったな。  やっぱりこの国は『未来』の女神様の最初の予言通りに滅んじゃうのかな?   ここまで頑張ったのに残念だな。  今までやってきたこと、全部無駄になっちゃった。  最後にマックスさんにもう一度会いたかったな。  急に浮遊感を覚えて閉じていた目を恐る恐る開く。 「言っただろ、絶対におまえを死なせない。命懸けで守るって」 「マックスさん! なんで、ここに……」  僕の身体はマックスさんに横抱きにされていた。 「メリーの転移魔法だよ」と宙に浮いているマックスさんが下を指差す。 「間に合ったか、マックス?」 「ルキウス大丈夫!?」 「マックス、大詰めじゃ。さっさとルキウス殿に種を証してやれ」  地上にはメリーさん、エリザさん、クロウリー先生の姿があった。  マックスさんの身体からクロウリー先生の魔力や魔術が感じられないのに宙に浮いていること、暗黒街道を通るのに少なくとも三日はかかると言っていたはずなのにこの場にいること、英雄のこと。  聞きたいことが山のようにあった。  そのまま時の塔の地面まで運ばれ、下ろしてもらう。 「ルカ、心配させやがって……死んだかと思ったじゃないか!」 「ごめんね、ピーター」  男泣きしているピーターに抱きしめられる。  突然、王様や兄様たちがマックスさんに頭を垂れた。 ピーターも僕から離れるとマックスさんの下で跪いた。 「ピーター、何をしているの? これはいったい……」  どういう状況か飲み込めない。  隣で跪いているピーターが興奮した様子で早口に捲し立てる。 「おまえ、ウィリアム様に巻物の解読を歴史学者へ頼むように伝えただろ?」 「うん」  頭を垂れているビルの方に目線をやる。 「その巻物にな、マクシミリアン様の素性について書かれていたんだよ」 「マックスさんの素性?」 「そう。千年前、魔王を封印した勇者たちに手を貸したものたちの中に、異国の半人半神がいたんだ。神と人のハーフだよ。それがマクシミリアン様だ」 「よくわからないんだけど……」 「ルカ兄様、マクシミリアン様は、人の血と神の血を半分ずつ引く方なんです。今は亡き、アトランティス王国の『天空』の神を父に持ち、アトランティス王国の緑の森の女王を母に持つ亡国の王子様です」  母様が言っていたことは当たっていた。  僕はマックスさんが人であり、神であることに衝撃を受け、当惑した。 「その方は三千年以上生きており、魔王との戦いをすでに二度体験しておられる功労者で、英雄なのです」  戸惑いながら、マックスさんの方へ目を向ける。 「あなたが英雄だったのですね。英雄だから『裁定』の神を」 「いや、あいつは腹違いの弟だ。継母である『愛と戦い』の女神と父の子だ。それと正しくは英雄になった、だな」 「なった?」 「ああ、オレには呪いがかけられていた。父の正妻である『愛と戦い』の女神の呪いだ。三千年後の世界で赤い髪、緑の目を持つ青年に出会い、愛を知るまで神としての力を使えない呪いだよ」 「暗黒街道を通るというのはお芝居だったのですか!?」 「いや、違う。最後にあそこを通り抜けないとオレは英雄にはなれない約束だったんだ。けど、三千年っていう途方もない時間があったからな。もう何千回、何万回とあの道を繰り返し通った。英雄になれるかどうかを何千回と何万回と試し続けて失敗した。それが今回、初めて成功したんだ」

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