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第19章 最後の試練4

 ぽかんと口を開けてしまう。あまりにも話のスケールが大きすぎて唖然とする。  そして以前エリザさんに言われた言葉を思い出し、納得してしまう。  たしかに僕は“鈍感”だ――……。  マックスさんは、縄で縛り上げられた偽の神子のところへ足を運んだ。 「さて……なぜ、俺の愛する者をここまで痛めつけた? 最後に申し開きを聞いてやろう」 「だって、ぼくは神子だもん!」と偽の神子は馬鹿のひとつ覚えのように、自分が神子であることを主張する。 「しゃべるつもりはないということか。ならば、こちらから貴様の情報を見てやる」 「なっ!?」  マックスさんが偽の神子の頭の前で手を翳す。手からぽうっと白い光が発される。 「本名は()(なか)(いち)(ろう)。地球という惑星の日本国から来た学生か。なるほど、貧しい家に育った平民だったのだな」 「そうだよ! ぼくは、ずっと惨めな人生を送ってきた。ずっとエドワード王子のファンだったんだ。彼の推し活をすることが唯一の癒やしで、クソみたいな世界を生き抜くための……忘れるための術だった」 「貴様の世界にある娯楽用の書物の内容がこちらと、うりふたつだったのだな」 「違う! ここは、ぼくとぼくの仲間たちが作ったゲームの世界だ! 先生は、ぼくたちファンを裏切ったんだ。悪役令息であるルキウス・クラインとエドワード王子を両思いにして、作品を終わらせたりした。続編である悪役令嬢のエリザを主人公にした作品でも、エドワードとルキウスの仲は良好で……。  だから、ぼくたちファンは悪役令息であるルキウス・クラインをとっちめるための物語を作り、ゲームも作った。プレイヤーとなるオリジナルキャラクターである神子が、エドワード王子と結ばれるための物語を作ったんだよ。……マックスなんてキャラクターは存在していないのにずるいよ。こんなのチートだ!」 「原作となった書物ではなく、おまえたちが勝手に作ったゲームの物語の筋書き通りに、ルキウスやその家族を不幸な目に遭わせようとしたのだな」 「そうだよ。だって、ルキウス・クラインは“悪役”なんだから。僕は主役の神子になった。だから幸せになるべき人間なんだ。おまえみたいなチートキャラを作った覚えはない! きっとルキウス擁護派のファンの誰かが創作したんだ」 「そんなことは知らん」とマックスさんが偽の神子の言葉を冷たく切り捨てた。 「オレたちにとっては、この世界は物語でもなければゲームの世界でもない。現実だ。歴史があり、人々が生き、暮らしている。おまえのいた地球と変わらない。ゲームの世界だと決めつけて好き勝手に国を陥れられては困る」 「おまえに何がわかる!」 「……本当であれば、おまえを八つ裂きにしてやりたいところだ。ルキウスを“悪役”と決めつけ、彼の愛する者を二度も苦しめた。挙句の果てにはルキウスを殺そうとしたのだから。だが、それはルキウスやその家族、この国の民も望まない。だからオレはおまえを生かす。元いた場所、元いた時間軸へ無事に帰してやる」  偽の神子は滂沱の涙を目から流し、「いやだ、いやだ!」と往生際悪く喚き散らした。 「そんなのやだ……あんな生き地獄の世界に戻りたくない……ただの大多数のモブとして代わり映えのない毎日を淡々と生きるのも、恋人や友達がいないのも、両親から愛されないのも、金がなくて惨めな思いをするのも……いやだ!」 「じつに哀れだな」とマックスさんが、ため息をついた。 「ぼくのことを見下すな!」  偽の神子はマックスさんに対して憎しみを向ける。  だけど……その憎しみの矛先は、マックスさんに向いているようには思えなかった。遠い“チキュウ”にいるだれかへの憎しみを、行き場がない怒りを目の前の彼へぶつけているようだった。 「おまえのように自分が世界で一番悲しんでいる・苦しんでいると思っているやつの姿はじつに見苦しく、痛々しい。おまえにはルキウスや、この場にいる他の者たちのように足掻き続ける道もあったはず。この世界でやり直すこともできたのに、おまえはそれを選ばなかった。おまえはおまえを不幸にした連中と同じことを、この世界の人たちにしたんだ」 「うるさい、綺麗事ばっかり言うな! おまえだって王子として悠々自適な暮らしをしてきたんだろ。三千年もいい思いをしてきたやつの言葉なんか……」 「そうだ、オレは元・王子だ。アトランティス王国の女王だった母上が『愛と戦い』の女神に妬まれ、国を滅ぼされなければ悠々自適な暮らしをしていた。だが、オレは呪いを受け、三千年という途方もない時間を生きることになったんだ。死ぬに死ねない身体となって奴隷に落とされ、剣闘士となり、剣士となり、魔王と二度戦った」  おとぎ話は、現実にあった過去の出来事。マックスさんの身の上に起きた悲劇だったんだ。 「戦がなくても、出会う人たちと別れる日々。自分だけが世界に取り残された孤独。不老長寿であっても痛みを感じる。孤児である赤子を引き取り育てても瞬く間に赤子はオレの年を超えて老人となり、土へ還る。愛を知るまで、そうやって日々を過ごしてきた」  マックスさんと目が合う。  僕は、彼のはちみつとも黄金ともつかない瞳を見つめた。

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