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 どういうことなんだ、これは。  思わず俺はシーツを戻した。そしてそのまま再び久古の死体を確認する。  目の錯覚だとかそんなものではない。咄嗟に俺は開けられていたという部屋の窓に近づいた。相変わらず窓の外は雪で真っ白になっており、外がどうなってるのかすら分からない。風が吹くたびに窓ガラスはカタカタと揺れていた。  開いた窓から吹き込んだ雪が窓の縁や近くの床板に残っていた。  ――高野の死体が消えた?  だとしてもどのタイミングで消えたというのだ。そもそもここへどうやって死体が運ばれたのかもわからない。考えれば考えるほど頭がこんがらがりそうだ。 「……」  高野の死体のことを徳永に伝えるか正直迷った。  本来ならば高野の友人である徳永には伝えてやった方がいいのだろうが、ここにきてまだ誰が犯人なのか目途すら立っていない。  そして、もし高野が本当に殺されたとしたら身内の犯行が高くなる。そう考えれば、高野が死んで一番取り乱した挙句散々人に突っかかってきた馬場が犯人だとは考えにくい。  全て演技だという可能性がないわけではない。だとしたらあまりにも怖すぎる。だとすると、必然的に怪しくなるのは徳永だ。  とにかく地下から出て自由になるためとはいえ、あまりにも自分が不用心な真似をしていたことにぞっとした。  けどまだ徳永が犯人だと決まってわけじゃない。それに、本当に高野はたまたま関係なく被害者に選ばれた可能性だってあるのだ。  それでも、ここで徳永に高野の死体がなくなっていたことを伝えるのは避けた方がいいのではないか。  ……ここはなにも見なかったことにしよう。  部屋の扉を開けば、宣言通り徳永は扉の前で待っていた。  現れた俺を見て、徳永は「もういいのか?」と聞いてきた。俺は部屋の明かりを消しながら「ああ」とだけ返す。 「そうか、じゃあ戻るか」  またあの地下に戻らなくてはいかないのか、と思いながらも俺はちらりと徳永の横顔を盗み見る。  あまりやつの顔を意識してみることなんてなかった。そんな俺の視線に気づいたようだ。こちらを振り返った徳永は「どうかしたか?」と不思議そうな顔をして尋ねてくるのだ。  内心ぎくりとしながらも俺は慌てて顔を逸らした。  変な風に思われたくなくて、なにか話題はないかと咄嗟に頭を働かせた。聞きたいことも気になることもありすぎて逆に出てこない。 「さっきの窓……」 「ん?」 「開いてたって言ってただろ。……もしかして、誰か入ってきて電気付けたまま窓から出ていったとかいうんじゃないだろうな」  この流れで比較的無難な話題を出したつもりではあったが、口にしてから下手なことを言ってしまったんじゃねえかと冷や汗が滲んだ。徳永はこちらを見たまま「んー」と少し考え込んでいるようだ。 「ドラマとかだったら確かにあり得ない話じゃないだろうけど、だとしたらもっとこっそりすると思うぞ。例えば、窓から出ていったなんて気づかれないようにするだろうし」 「あ……」 「それに、わざわざ窓から外に出ていかなきゃいけない理由ってなんだ? 俺たちがやってきたから咄嗟に隠れてーとかならまだわかるけど、さっきも言った通り窓の外の雪に足跡はなかったしな」  窓は長い間開けっ放しになっていたということか。  先程窓の外を確認したときそこまで確認することはできなかったが、けれどこの猛吹雪だ。軽い足跡だったら消えてもなんらおかしくはない。  そこで、高野の消えた死体のことが脳裏をよぎった。  ――まさか、高野は実は生きていて自力で窓から出ていった……なんて。  いや、そんなわけあるか。まさかな、と自分で考えて呆れたが正直その可能性がゼロというわけではないという事実に背筋が凍る。  ここに死体が運ばれた時の状況が知りたい。が、徳永に尋ねて変に勘ぐられるのも厄介だ。  俺は「確かにそうだな」と適当に徳永に同調して話を切り上げた。  それから俺達は宿泊スペースまで戻ってくる。相変わらず暖房の温かさが染み渡るようだったが、心の底は凍り付いたままだった。  徳永に連れられて戻ってきた地下倉庫。  ああそうだった、またここで寝なきゃなんねーのか。そう考えたらげんなりしてきた。上の階の居心地の良さを思い出してしまったから余計。 「近江屋君、じゃあ、いいか? それ、返してもらっても」 『それ』というのはこの服のことだろう。また全裸に戻らなきゃいけないのか。そりゃそうか、俺が服着てたら怪しまれるしな。  頭から分かっていたことだが、それでも「はい、わかりました」と納得できるようなものではない。 「……なあ、徳永」 「ん? どうかしたか?」 「俺、いつまでここにいなきゃなんねーんだよ」  そう、目の前の男を見上げる。薄暗い地下倉庫、徳永が持ってきていた懐中電灯の明かりが申し訳程度にその顔を照らしていた。  徳永は困惑していた。この言葉が徳永を困らせることになるというのは分かっていた。それでもやはり、こんな異常事態だ。俺が犯人ではないと口で言ってくれる徳永なら俺の言わんとしていることも分かるのではないか  そんな気持ちで徳永をじっと見上げれば、徳永は深く息を吐いた。それから、俺を宥めるように肩に手を置いてくるのだ。 「……近江屋君の言いたいこともわかるけど、その」 「一番反対してんのは馬場なんだろ? じゃあ、あいつに俺が犯人じゃないって分からせることができたらいいだろ」 「そんなことできんのか?」 「わかんねーけど、けどあいつの言いなりになってんのも癪なんだよ」  そもそも、またあんな目に遭わされるかもしれないって分かっててケツ出してアホ面で大人しくしてんのがなによりも嫌だった。 「近江屋君、その、君が言いたいこともわかるよ。……取り敢えず今夜はこのまま休もう。あいつになら明日にでも俺から言って……」 「お前に馬場の野郎を説得できるのかよ。……それともなんだ? 俺がここで縛られている間にでも運よくまた誰か殺されるのを待つのかよ。確かにそりゃ白認定はされるだろうけどな」 「近江屋君……」  そこまで自分で口にし、ハッとした。  頭に浮かんだ一つの選択肢に口が緩んだ。 「おい、徳永。今から馬場のところへ連れていけ」  そう徳永に声を掛ければ、「え」と更にその目は丸くなる。 「待ってくれ、君は一体何を……」 「自分の身は自分で守らなきゃなんねーしな。……それに、徳永。お前は俺の共犯になってくれるんだったよな」  そうずいっと目の前の男に顔を寄せれば、徳永は「近江屋君」と一歩後ずさる。けれど、その背後にあるのは壁だ。壁に背中をぶつけ、立ち止まる徳永。その胸倉を掴み、俺は徳永に顔を寄せた。 「お、近江屋……っ」 「徳永、これは脅迫だ。俺に従わなかったらお前が俺を逃がそうとしてくれたって他の奴らに言い触らすからな」 「……って、ええ? い、いや、なんで……」 「ま、なんなら俺に脅されて無理矢理手伝わされたってことにすりゃいいだろ。どーせ他の奴らはお前の言うこと信じてくれるだろうし」 「近江屋君、君は一体何を考えて……」 「馬場の野郎を襲う」  そう口にした時、徳永の口から「え」とアホのような声が出ていた。  聞こえないような距離でもない、はっきりと言ってやったのに徳永には理解できなかったようだ。「今なんて」と声を上擦らせる徳永に向かって、俺は「だーかーらー」ともう一度はっきりと告げてやる。 「俺とお前で馬場のやつを襲う。安心しろ、殺しやしねえよ。ちょっとばかし痛い目に遭ってもらうだけだ」 「……って、俺も?!」 「当たり前だろ。――で、あいつを襲った後お前はまた俺を縛って転がしてくれりゃあいい」 「ま、待ってくれ。簡単に言うけど君……」 「んだよ、まだ文句あるのかよ」 「文句とかじゃなくて、あまりにもリスキーだって言ってるんだ。もしバレたりでもしたら……」 「ようするにバレなきゃいいわけだ」 「……っ、それは……」  流石の徳永も実害が出ることには躊躇いがあるのだろう。  そういや、一応こいつは馬場の友達でもあったな。そこまで考え、良いことを思いついた。 「安心しろ、俺にいい案がある」 「うまくいけば、俺もお前も怪しまれることはなくなる完璧な作戦だ」そう徳永に指を指せば、やつは安堵するどころかますます心配そうな顔をしていたが無視だ無視。  相手は高野殺しの男かもしれないが、だとすれば俺との共犯に喜んで乗ってくるはずだ。  根拠?そんなもの知らねー。

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