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 俺の考えた作戦はこうだ。  まず、徳永が馬場のクソ野郎を呼び出す。そして、次に俺が馬場を気絶させる。  そしてここが重要になる。最後に俺が徳永を殴って気絶させる。そうすれば徳永も被害者扱いもされて、ましてや俺とグルなんざ誰も思いやしないだろう。  そう徳永に指を突き付けて説明をする。しかし、徳永の反応は俺が想像していたものよりも微妙なものだった。 「うーん……」 「おい、なんだよ。うーんって」 「確かにいい案だとは思うけどな、その……そうなると誰が君を最後に縛るのかって問題が出てくるんだよな」 「……あ」 「やっぱり考えてなかったのか」  クソ、絶対これしかないと思ったのに、馬場の野郎のおかげでまた八方塞がりじゃねえか。 「最悪自力で縛る」 「無茶苦茶だな、君は」 「あ゛~~っ! つうかあいつさえどうにかすりゃ上手く行くはずなんだよ! 絶対に!」 「……まあ、君がそういう判断に至るのも無理はないだろうけどな」  そう徳永がぽつりと呟いた時だった。  やや間を置いて、やつは決心したように「分かった」と一人頷く。 「んだよ、分かったって」 「協力するよ、俺も」  徳永の言葉に、思わず俺は徳永の顔を見る。  薄暗い部屋の中、徳永は真剣な面持ちでこちらをじっと見据えていた。 「徳永……当たり前だろ、お前が協力してくんねえとどうしようもねえんだから」 「はは、厳しいな」 「……けど、マジでいいのか?」 「ああ、まあ乗りかかった船だしね。それにこんな状況だ、怪我人が一人二人増えたところで気付かれないんじゃないかな」 「そういうもんか?」 「そういうもんだろ」  まあ確かにこのペンションには探偵ドラマにいるような探偵役も明晰な頭脳を持った人間も休暇中の警察や医者もいるわけではない。  俺達は顔を見合わせ、ニッと笑った。  そして、徳永は思い出したように「それから」と口を開く。 「俺のことを襲うって話だけど、変更しよう」 「変更?」 「ああそうだ。まず馬場を呼び出す前に俺は襲われたことにする。馬場への印象付けだな。そして、そこで君が馬場を襲う。それからは流れは君が言った通りだ。馬場を襲った後、俺は君を拘束する。そのあと自力でなんとかするよ」 「自力で何とかって」 「また力尽きた真似して誰かが見つけてくれるのを待つよ」  確かに、前後が変っただけで根本の部分に変更はない。  これならきっと上手く行くはずだ。「頼んだぞ、徳永」と見上げれば、やつは「ああ」と笑った。  そして、そこから徳永と軽い打ち合わせをすることになった。俺としてはさっさと馬場の野郎をしばき倒しに行きたいところだったが、凶器だったり殺さない程度にうまく気絶させるにはどこを殴った方がいいだとか。なんでお前がそんなことに詳しいのかと尋ねれば「一時期ミステリー小説にはまってたから」なんて徳永は言っていたが、本ってやつにはそんなことまで書かれてんのか。  どこまでが本気か分かりづらいやつだが、思いのほか乗り気の徳永に任せておいた方がよさそうだ。  それから一通り話がまとまった後、馬場を部屋から誘い出すことになった。  時間帯的には早朝だ。まだあいつも眠っているだろうが、朝方になれば皆が起きてきて動きにくくなる。  というわけで、理由をつけて徳永は馬場の部屋に訪れる。それから適当な理由つけて後から自分の部屋に来てもらうように誘導し、徳永の部屋で倒れる徳永を見つける馬場を殴る――というのが今回の話し合いで決まった大まかな流れだった。 「言っとくけど近江屋君、本当に殺しちゃだめだからな」 「分かった分かった、後頭部をがつんとしたらいいんだよな」 「一回殴って無理そうだったら首を締めて酸素を薄くさせるといい。ああ勿論、完全に気道を塞ぐのは……」 「了解了解、任せてろ!」  倉庫で見つけたモップを振り回して素振りの練習をする。よし、腕は鈍ってねえ。  念の為、姿を見られても大丈夫なようにフードを被ったし、これで問題ないはずだ。 「っしゃあ! 馬場のやつをぶっ殺してやる!」 「君、俺の話聞いてた?」  そんなやり取りしつつ作戦は決行される。  馬場の部屋へと訪れた徳永は部屋を出て、それからすぐに自分の部屋に戻って準備をする。  扉から出たとき、徳永は隠れていた俺に向かってぐっと親指を立てていた。どうやら首尾は上々のようだ。俺はそのまま待機し、馬場が部屋を出てくるのを待った。  それからどれほど時間経ったのだろうか。  朝方ということもあってか、いくらか暖房が会って地下よりもマシな環境とは言えど、やはりじっと固まってると手足が冷えていくようだった。  眠らないように目を拵えて待っていると、動きがあった。馬場の部屋の扉が開いたのだ。  中から現れた馬場は眠っていたのだろう、寝間着らしきラフな服装の上から上着を羽織り、現れた。 「……っ!」  本当は今すぐにでもぶん殴ってやりたかったが、堪えた。やつを襲うのは徳永の部屋に行ってからだ。我慢しろ。そのあとなら、我慢しなくていいんだから。  馬場はそのままきょろきょろと辺りを見渡し、そして何も変化がないのを確認すると徳永の部屋に向かって歩き出した。  どうやらバレてはいないようだ。俺は物陰に隠れたまま、馬場と少し間を空けるようにしてその後を追いかけた。  いつもは地下で、おまけにこちらは縛られているという不利な状況下でやつと対面していたのもあってからか威圧感の塊のような男に見えたが、今の俺は自由だ。殴られたら殴り返すこともできる。だからだろう、馬場に対して以前ほどの恐怖はない。  今はただ、これからどうしてやろうかという楽しみが込み上げていた。  そしてやってきた徳永の部屋の前。  馬場が扉をノックするのを物陰から眺めながら俺は、予め徳永の部屋の近くに用意していたモップを掴んだ。  反応がないことに疑問を抱いた馬場が徳永の部屋の扉を開く。部屋の明かりに照らされたやつの顔が真っ青になっていくのを見て、俺はそのまま背後から馬場の後頭部をぶん殴ろうとモップの柄で殴りつけた。  が、あるはずの手応えはなかった。馬場がモップを掴み、止めたのだ。  受け止められるモップに『しまった』と思った次の瞬間、こちらを振り返った馬場と思いっきり目があった。 「――……やっぱり、お前の仕業だったか」 「近江屋」と馬場の唇が動くのを見て、血の気が引いた。 「て、んめ……ッ!」  ――まずい、顔を見られた。  咄嗟にフードを掴み、顔を隠す。が、それよりも先に手にしていたモップを馬場に取り上げられる。 「嘘だろ」と口の中で呟いた次の瞬間、馬場は躊躇なくそれを振りかざしたのだ。  人に殴られたとき特有の頭蓋骨全体を揺さぶるような震動に視界が眩む。  やべえ、と思った次の瞬間、ぐるりと視界は大きく傾き、世界は色を変えた。

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