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 ――失敗した。  やべえ、失敗した。  ここからやり直すにはどうしたらいいのか。  つーか馬場の野郎、どんな硬さしてんだよ。人間かよ。 「起きろ」 「ぐ……っ!」  文字通り馬場に叩き起こされる。  気付けば俺は床の上に落ちていたようだ。頬を張られ、目を開けば目の前には馬場の顔があった。  俺が気付いたのを確認するなり、馬場は人の胸倉を掴んだまま乱暴に起こすのだ。  ――徳永の部屋。 「……ってめ、触んな……ッ!」 「触んな、じゃねえよ。やっぱテメェの仕業か。……よくも徳永にまで手ぇ出しやがって」  ちげえよ、と言いかけて言葉を飲んだ。  そうか、徳永とグルとまではこいつにバレていないのか。と、馬場の肩越しにちらりと部屋の奥に目を向ければ、木製のベッドの上に横たわる影があった。  ――徳永だ。俺に気付けば、片目だけ開けた徳永は『ごめん』と口パクしながら謝罪のジェスチャーをする。  なるほど、と即座に状況を理解した。  ――最悪なことには変わりなさそうだ。 「どこ見てんだ」 「っいってぇな……ッ! ボカスカ殴ってんじゃねえ!」 「お前に口答えできる権利があると思ってんのか?」 「っ、く、そ……ッ」  馬場のやつに姿を見られたことは最悪ではあるが、元よりこいつは俺のことを人殺しだと信じて疑わなかったお陰で俺に痛手はそんなにない。 「どうやって抜け出した? ……この服も、お前の部屋にあったものだろ」 「……」 「答えろって言ってんだよ」  殴られる代わりに思いっきり唾を吐けば、舌打ちした馬場にモップの柄で殴られそうになる。咄嗟に頭を庇おうとしたときだった、予想していた痛みはやってこなかった。  ゆっくりと目を開けば、モップの柄を掴んだ徳永がそこに立っていた。馬場の目が、自ら背後に立つ徳永へと向けられる。 「どういうつもりだ、徳永」 「……まあ、待てよ。そこまでしなくていいだろ。ほら、未遂だったんだし」 「俺もお前もピンピンしてるし?」と笑う徳永に馬場の額に青筋が浮かぶ。 「お前、本気で言ってんのか」 「本気だよ。このまま放っておくと、お前が人殺しになり兼ねないからな」 「ふざけんな……っ! お前はいつもそうだな、お前にデリカシーというものはないのか?」 「うわ、ごめんって。怒んなよ」 「……」  目の前で揉め始める馬場と徳永。……というよりも、徳永はこいつに対してもあんな感じなのか。  確かにデリカシーは時折ないなと俺ですら感じていたので今回ばかりはなにも言えない。が。 「それに、あんな地下に幽閉されてたら誰だって精神的に参るだろ」 「殺人犯だ、殺人犯! こいつは! 野放しにしておくわけがないだろ?!」 「落ち着けって、馬場」 「……っ、お前も、まさかこいつが犯人じゃないとかぬるいことを言い出すんじゃないだろうな」 「そ、それは……」  ……なにを見せられているのだ、これは一体。  今にも殴り掛かりそうな勢いで徳永に掴みかかる馬場。そんな馬場の勢いに気圧されつつ、徳永は苦笑いを浮かべた。 「まあ、少しは」 「お前は自分が襲われた自覚はあるのか? こいつは加害者で、俺とお前は次の死体になってたかもしれないんだぞ?!」  火に油とはまさにこのことだろう。  止まらず捲し立てる馬場だったが、言いたいことを言ったあと、なにかに気付いたようだ。はっとし、そしてこちらを睨みつける。 「徳永お前、こいつに情が湧いたんじゃないだろうな」  そのまま目の前の男を睨みつける馬場に、徳永は言葉を飲む。  ここまでくれば庇う必要もない。「えーっと」とごにょごにょと口籠りながらもこちらへとアイコンタクトを向けてくる徳永に、そう視線を送り返そうとしたときだった。  思いっきりケツを抓られる。 「い゛……ッ! てめ、」 「このクソホモ野郎……っ、徳永にまで色目を使ったのか?!」 「あ゛あ?! 人のせいにしてんじゃねえよ、テメェの人望がねえからだろっ!」 「うるせえ黙れ、便器の分際で……ッ!」  再び尻を叩かれ、驚きのあまり飛び上がりそうになったところを馬場に髪を掴まれる。そして、後ろ髪に指を絡めるよう後頭部ごと掴まれ、床に突っ伏される。  二人の足元が視界に入る。そのまま視線を上げれば、ゴミを見るような目で見下ろす馬場と、心配そうな顔をした徳永が視界に入った。 「近江屋君……っ! 馬場っ、やりすぎだ、可哀想だろ」 「……『近江屋君』か、随分と気に入ってるようだな。このクソガキのことが」 「それは……っ」 「なあ徳永、お前はこいつの本性知らないからそんな生ぬるいこと言ってられんだよ」  しんと静まり返った早朝の部屋の中、冷え切った馬場の声が響く。そして次の瞬間、ずるりと下着ごと脱がされるスウェットに血の気が引いた。 「っな……ッ!」 「馬場……っ、お前」 「お前も見てろよ、お前にどんな媚売ったのか知らねえけど、こいつがどんだけ浅ましい男好きか教えてやるよ」  剥き出しになった下半身、急激に体温が下がるのを感じたのは外気のせいだけではないはずだ。

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