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第14話 〈可愛い〉がモヤモヤする件について
食堂は基本的に十九時までしか開いていなくて、予め頼んでおいたら夜食におにぎりくらいは作り置きしてくれるらしいけれど、それ以降は職員の片付けタイムで二十時には完全に閉鎖されてしまう。
迷惑を掛けてはいけないので、遅くに入って来た俺たちは掻き込むように腹に収めると、どうにか十九時前に退出することが出来た。
すぐに風呂に行っても良かったけど、流石に食べてすぐは体にも悪い。腹がこなれるまでおとなしく部屋で翌日の準備をして英語の辞書片手に和訳したりしてた。
流石に一度に習う文章量が半端じゃない。ここの教師は意訳でもまあ許してくれるけど、進学校みたいにがちがちに文法に縛られた訳をしなくちゃならなかったら、俺みたいなのは予習だけで何時間も取られてしまう。
あっという間に一時間が経過して、智洋と一緒に大浴場に向かった。先に体を洗ってから泳げるくらいでっかい湯船に浸かると、ほうーっと肩の力が抜ける。
全員いっぺんに入ることはまず無いだろうけど、時間制限をつけてないことからもわかるようにかなり広い。湯船の部分がテラス状になっていて、上の階より少し建物部分が突き出るようになって上部が強化ガラスになっている。浸かって上を向けば暮れなずむ空が観賞できるって寸法だ。
少し離れて浸かっている智洋もなんとなく上を向いて、背中を預けている。普段はサイドを撫で付けて真ん中だけふんわりねじって固めている髪型なので、こんな風に濡れてぺったりしている姿は親しくなければ別人に見えるかも。
面接の時にもこの明るい髪のままだったらしく、ここの合格基準って良く判らないや。
うーん……それにしても~……。
乾くと癖が出てふわふわになってしまう自分の前髪を引っ張りながら唸っていると、智洋が声を掛けてきた。
「どした?」
「あのさあ、男にとって『可愛い』ってどんな時に使うもんだろ?」
「はあ?」
口を半分開けたまま吊り気味の目を見開いている智洋は、少なくとも同世代の男には『可愛い』なんて言われた事がないに違いない。
対して俺はといえば……よく姉貴とそっくりって言われるんだけど、髪は細くて柔らかいからすぐに跳ねたりウェーブかかったりするし、目は大きくて垂れてるから年上の女性にはよく『子犬みたい』って言われる。元気がいいのが取り得、みたいな。
かろうじて色白が同じじゃなくて良かったよ……日に焼けたらちゃんと黒くなる。だから小さい頃からせっせと外で遊んで夏には真っ黒になってたもんだっけ。
「ああ、もしかしてさっき先輩に言われたのとか気にしてる?」
少し考えてようやく合点が言ったのか、智洋に問い返された。
「う。ま、まあ」
そんな些細なこと引き摺ってるなんて少し恥ずかしかったので、目を逸らせてしまった。
「なんだ~。あの人から見たら俺らなんてホントにガキっぽいだろうし、別に嫌味じゃなくて心底可愛いって意味だと思うけど。主に小動物的な意味合いで」
「小動物……」
「犬猫見たときにいう『可愛い』と同義じゃねえの、多分。だってあの人、誰がどう見ても『かっこいい』とか『綺麗』だろ。そういう形容詞似合う人が使う言葉としてはそういう意味だと」
「はあ」
それもなんだかなあ。
ほうっと息をついていると、「なんだなんだ」と体を寄せてこられてしまった。
「そういうこと気にするってことは、男っぽかったり頼りになるってことを誰かに認めてもらいたいってことだよな?」
ああ! なるほど、そういうことなのか~!
納得して頷いていると、
「なんだよ自分でも解ってなかったのか」
また呆れられてしまった気がする……。
ちょっ……昨日といい今日といい、友達にがっかりされてばっかりだとへこむわな。
俺ってばどんだけ精神面幼いんだっていう。いや外見も皆に比べたら幼い感じなのかも知れないけどっ。
せめて同級生とは同列に並んでいたいよなって思ったりする。
「俺、そろそろ出るー」
のそのそと湯から上がると、気合を入れるためにシャワーで頭から冷水を浴びてから脱衣所に出た。
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