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第20話 初めてにしてはうますぎない?
俺に対してじゃないって判っていても恐い。今すぐブチ殴りに行きそう。
「名前、教えろよ」
いやいやいや、流石にそこまでされたら可哀相なんで!
ふるふると首を振るとガシッと両肩を掴まれた。
「なんで庇うんだ?」
「や、庇うというかそんな怒るようなさ、だってさ……暴力は駄目だって、な?」
「──じゃあ、手ぇださねえから教えろ」
「──ホントに?」
「取り敢えず今日は殴らねえ」
今日はって。明日だったらいいような言い方っ。
いかにもひ弱そうなひょろりとした眼鏡くんたちを思い浮かべ、俺は名前を教えるわけにはいかないと思った。
「と、智洋~っ落ち着いて! なっ? 俺は大丈夫だからっ。俺のこと大事にしてくれんの嬉しいけど、それはやり過ぎだろ」
「どこが!? お前のこと女役だなんて……」
自分の言った言葉に何か引っ掛かったのか、ピタリと動きが止まった。
「──大事? いやでも……つか、そんなやつらに……」
ぶつぶつ呟いてまた思考モード入ってます。
顔、至近距離だし、肩掴まれたままなんだけども。
おーい、帰ってこーい……!
心の中で呼び掛けつつも、折角の機会なんでじっと観察させてもらう。
鼻筋、すっと通ってて綺麗。唇は俺より薄いか? 確か浩司先輩も薄かったな……ワイルド系には必須条件なのか? でも睫毛は割となげーな。俺も多くて長いってよく言われるけど。
小さく動いていた唇がハタと止まったのに気付いて視線を上げると、智洋が自分の世界から復帰していたらしくてすっげー間近で見詰め合うことになってしまった。
やっぱり昨晩の再現モードみてえ。
「智洋?」
囁くように呼びかけると、瞬きした瞼が近付いて──近い近い近いってー! 睫毛同士が絡まってますー!
鼻先が、ちょんと当たって。
「和明……」
息が、熱くて。
「キス、したことある?」
それこの距離でする質問? すっげー内緒の話だったり?
「う……ない……」
智洋だったら勿論経験済みなんだろうけど、恥ずかしながらもないわけですよ。そういう意味でなら俺にとっては超機密事項だ。恥ずかしすぎて顔から火が出そう。
でも一応この部屋には俺らしかいないわけで、そんなにくっつかなくても誰にも聞こえないと思うよ?
「──してみる? 今」
「今……?」
ってさ。
当然、相手は今目の前にいる人ってことでですね。
「いや?」
尋ねる声が、細かく震えてて。
もしかしてまさかだけど、智洋も初めてとか? それってこっそり二人で練習しよう的な感覚なのかなあ。
うん、流石にそれってかなり恥ずかしいから他のヤツには言えないよな。
「いやじゃ、ねえよ?」
でも自分からするような度胸もないので、俺は承諾のしるしにそっと目を閉じた。映画なんかだと、こんな風にしてた、確か。
……で、いいんだよな?
柔らかいものが、そっと唇に触れ、離れてはまた僅かに違う場所にと移り、段々と触れている時間が長くなる。
男でもやっぱり唇は柔らかいんだなあなんて思ってたら、下唇を両脇から挟むように甘噛みされてそこを舌がなぞった。くすぐったいような気持ちいいような、微妙な感覚。
肩にあった手が下に滑り落ちて、腰から背に回されている。うーん、まるっきり彼氏彼女のポジションじゃないですかー。まあその練習しているわけなんだけども。
鼻で息をしたらいいとは判っていても、ついつい唇を開いて息継ぎしたくなる。そうしたらすかさずそこに柔らかいものが侵入してきて、上顎をなぞられた。
「ん、ふっ……あっ、」
びりっと背筋に軽く電気が通ったような痺れがあり、その後舌を絡めて吸われ、段々と体から力が抜けていく。ちょっとだけ、夕飯についていたリンゴの味がした。
世間の恋人たちって、皆こういうキスしてんの? やっぱ見るのとするのとじゃ全然違う。俺、彼女出来たときにこんな風にリードできんのかな?
智洋、初めてにしては巧すぎじゃね? たどたどしいトコ全くないんですけど……っ。
ああ、駄目だ……背中支えてもらってなかったら崩れ落ちてた。気持ち良過ぎる……。寝たい……いやそれも失礼な話だ。もしかしたら俺にレクチャーするためにしてくれてんのかもだし。
弛緩しきってすっかり任せていたら、ようやく舌が抜かれて最後に唇を舐めてから離れていった。
行為の最中にいつもの自分を取り戻したのか、もう不安そうな様子はない。
「上手……気持ち良かった」
折角教えてくれたんだからと感想を伝えると、
「そうか……」
目を伏せてなんか耐えるような表情になった。
何にしろ、殴りこみは思い直してくれて助かった~!
一応これから三年間同じ同好会で遊ぶ仲間だしな。初っ端から友達同士で喧嘩なんかさせたくないし。
「あ、もうこんな時間か……風呂行く?」
腕時計が二十一時になろうとしている。半までに中に入っていないと入浴が出来ないので急がねえと!
「あー、俺今日はシャワーで済ませるからいいわ」
「そう? じゃあ行ってくんね」
後から恥ずかしくなってきたのか背中を向けてしまった智洋を残して、俺は着替えを持って一人で大浴場に向かったんだった。
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