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第21話 頭ん中ぐちゃぐちゃで

 小走りに廊下を進んでいると、向こうから携が歩いて来るのが見えた。相変わらず一人だ。ルームメイトもいないし、俺以外に強引に誘う奴もいないのか、校内で見掛ける時も大抵一人か青野と一緒にクラス行事について話し合っているくらいが精々だった。  向こうも気付いたのか、表情が柔らかくなる。  清優学園では、大抵いつも女子に囲まれていた。だから二年生に進級して新しいクラスを確認する時に掲示板の前で出会ったとき、やなヤツだなとカチンときたんだ。  でも、それは携が望んでそうしていたわけじゃなかった。当たり障りない対応をしながらも、それに嫉妬したり逆恨みされたりで男から嫌がらせを受けていて、それすらも他人事のようにさらりと流そうとする携に苛立ち、ついつい関わってしまった。  ──ある意味、男子校ってのは携にとって楽園かもしれないな。  女子がいなければ、逆恨みされることもない。勝手に言い寄ってきて、すげなくされてはそれを自分に懸想している男たちにチクり、怒った連中に呼び出しを食らう……そんな理不尽な生活も、ここでなら送らなくていい。 「和明、これから風呂なのか?」 「ん、遅くなったからさっと済ませてくる」  面と向かって話をするのは数日振りだ。業間は教室移動もあるしそんなにゆっくり話す暇もない。昼休みは携は委員の仕事や図書室の方に行ってしまうので、俺は他のクラスメイトとダベったり校庭でドッヂボールをしたりサッカーをしたりして遊んでいる。放課後は俺が応援団に直行だし、帰っても疲れてグデグデしてるし。  充実はしているけど、この間感じた寂しさは癒されないまま心に小さな穴を開けてしまっていた。 「──何があった?」  不意に、携の手が頬を撫で、呆然とその顔を見つめていたことに気付く。 「なん、でもな……」  震えながら呟いた言葉を携が信じるはずもなかった。 「和明?」 「ふ、風呂っ、時間ねえからっ!」  添えられた手をギュッと握って引き剥がしてから、今度こそ俺は駆け出した。背中に視線を感じながらも、大浴場の引き戸を開けて中に飛び込み後ろ手に閉める。  色々ゆっくり考えなくちゃと思っても、頭の中がぐちゃぐちゃだし、そもそも何を考えるのかとかどうして考えなきゃいけないと感じたのかすら判らなくなっていた。  ただ、体はいつもの行動をちゃんとトレースしていて、体を洗ってから少しでもと湯船に浸かる。  お湯が柔らかくて癒される……。  あんまり気にしてなかったけど、近くに出ている温泉を引いて、少し熱いので何処かで循環させて適温にしてから中に引いているらしい。流石、天下の大企業さまだな! なんて名前だっけ……そうそう、SSCだ。これ以上携に呆れられて見捨てられたくはない。  あーあ……。携とゆっくり話したいな。  今日の生徒会長のこととか、あの変な四人組のこととか。  携なら、なんて言うだろう……。  明日、練習もないし丸一日休みだよな。智洋は確かテニス部のやつらと軽く打ち合いするって言ってた。元々軟式やってたみたいで、硬式もここでは一年生だから球拾いってことはないらしい。すぐにコートで打たせてくれたんだと。  まだ見たことないけど、テニスウェアの智洋もかっこいいんだろうな。共学ならフェンスに女子が群がってたりしてさ。  想像してついついさっきのキスを思い出してふにゃけていたら、消灯五分前の音楽が流れ始めた。  やばーっ! 共用部分はトイレ以外二十二時には真っ暗になる上、各部屋に寮長副寮長が点呼に来るので、手間を軽減するために全員廊下に並んで済ませることになっている。  俺を含め、浴場内にいた数人はダッシュで洗い場を駆け抜けるといい加減にタオルで拭いて室内着に袖を通して廊下に飛び出したんだった。

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