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第52話 【幕間】悋気
信じられない! 今更愛だとか恋だとか気持ちのあるセックスだとかって。
ばっかじゃないの!
眼前の叢をぐいと押し付けられ、餌付きそうになりながらも呻き声一つ立てず優太郎はその行為も放出された液体も全て受け入れた。頭上では自分の後孔を犯している男と今しがたいったばかりの男が濃厚な口淫をしている音がする。
入寮の時に同室者が谷本周一郎であると知り、期待に胸が熱くなった。黒凌で三年間同じ寮にはいたけれど、最初の一年間は全く面識もなく、二年になると今度は噂ばかり入っては来るものの、ただでさえ限られた自由時間の中近付くことすら出来なかった。
先輩たちのようにただ己の性欲を満たすだけの野蛮な性行為ではなく、恋愛しているのかと錯覚するほど丁寧に抱いてもらったという体験談を聞くにつけ、どうすれば自分も抱いてもらえるかとそればかり考えた。
周一郎は、特別に見目が良いわけではない。ただし、平凡以下では決してない。そうとなれば、平均より良い体格と性格の良さとテクニックとが相乗効果をもたらして、校内で人気が出るのは当たり前だった。
避けられぬ道ならば、少しでも好意のある相手としたい。だからネコでも見目の良いものはこぞって押しかけ、順番争いに忙しい。同じネコでも容姿に優れているわけではない優太郎は、気後れして会話すらしたことがなかった。
だから。
たまたま受けた編入試験に受かり、どんな幸運か同室になることができた。
流石に新しい環境では、周一郎だとて簡単に抱ける相手がいる筈もない。星野原にきた黒凌生の中で自分より位の高いネコは一人だけだ。そちらを優先したとしても、必ず自分にも機会があると踏んだ。
実際、最初の週はうまくことが運び、ここでの最初の相手は優太郎が務めることが出来た。
噂通り、というか、そもそもそんな風に労わりのあるセックスをしたことのなかった優太郎は、すっかり周一郎に嵌ってしまった。だから彼を喜ばせたくて、教えられたテクニックを存分に披露し、尽くした。
それなのに、ある時から周一郎はぱたりと優太郎に手を出さなくなった。
彼の視線の先にいるのは、クラスメイトの男子だ。天真爛漫を絵に描いたような、決して黒凌には存在しないタイプの彼。ルックスも良く、周りに比べると少し小さくて保護欲を掻き立てられる感じがまた良いのだろう。
そしてそれを全く鼻にかけた様子もないところが、多分周一郎のツボに填まったのだ。
もう入学してから半月以上が経っているというのに、手を出していないと聞いた。
そんなのは許されない。
だって僕らは同じ穴の狢だ。
いくら他の娯楽を憶えたって、三年間で染み付いたこの慣習を綺麗に落とせるはずがない。
きらきらしい場所で、優太郎もかっこいいと認めざるを得ない男たちと楽しげにしている彼が、周一郎を受け入れてくれるはずはないのだ。
そこへ登ろうとするの? 周──
想いは優太郎の中を貪っている男にも伝わり、締め付けに負けて中へと自身を放つ。圧倒的に数が足りていない供給者を共有し欲を満たす黒凌のシステムは、あくまで合理的だ。今日もまだこの次に控えている男が、他の部屋で時間の訪れるのを待っていることだろう。
今までは優位にいた周一郎と同室ということを慮ってか、優太郎の務めの回数は少なかった。周一郎を優先させるという無言の不文律が働いていたのだろう。
だが、状況は変わった。優太郎から強請れば口淫後挿入はしてくれる。だが、前戯などは一切しないただの排出行為だけだ。そんなものは他の男にされているのと一緒だ。完全に不要と見做されたと同窓生たちは感知し、遠慮会釈なく優太郎に求めるようになった。
毎晩のように数人を相手にし、それでも「躾け」られた体は疲労感以外に特に問題なく受け入れ順応してしまう。
取り敢えず二人分いっぺんに行為を終わらせた優太郎がぐったりとシーツに身を横たえて小休止している間に、すっきりした二人は身なりを整えて部屋を出て行った。持ち回りで部屋は提供されており、事後処理なども部屋の主がすることになっているため、いかに汚されても気にはならない。部屋の主たちも、今頃はそれぞれに自分たちの余暇を楽しんでいることだろう。
ドアが開き、次の男が入ってくる。背後から尻だけを抱え上げられ唐突に挿入されるが、先ほど放たれた液体に中を満たされたままでそこはあっさりと受け入れる。快感がないわけではないが、誰も優太郎の身にまで快楽を与えようとはしない。いくなら勝手にいけばいいとばかりに放置された前は、決定的な刺激を得られないままにいつも最後には自分で処理をすることになる。
この行為に、なんの意味があるってんだよ……。
乱暴に揺すられながら、苦悶の声が漏れた。
数少ない、そして初めて知った快感を与えてくれる相手を、いともあっさりと奪っていった人物が脳裏で笑っている。
いつ見ても何かに夢中で、楽しそうで、幸せの只中にいるようで。
あんたは僕の存在すら、知りもしないんだろう?
──許せない、と思った。
許せない、僕がようやく手に入れたたった一人の人を奪って。
許せない、こんなに僕が苦しんでいるのを知りもしないで暢気に笑って。
許せない許せない許せない──許さない……!
折角あそこから抜け出したと思ったのに、自分はこの忌まわしい環境から逃れられないのだと絶望を知った優太郎は背後の男に嫣然と笑いかけていた。
「ねえ、新しいネコ……欲しくない?」
あてがあるんだけど、と。
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