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第53話 自分を責めないで
「あのさ、」
俺が口を開くと、びくんと二人の肩が跳ねて恐る恐るこっちを向いた。真上より横を向いていた方が頭が楽な俺と、視線が絡む。
「出来れば、いつも通りにしてて? 肝心なことはされてないからさ……痛みが治まれば、忘れられるから……俺」
携は、きっと今、自分を責めている。クラス委員だし、当然俺が今日日直だったことも知っていて、一人になる機会を作ってしまったことを悔いている。当の俺だって、まさかあんな時間に学校で絡まれるなんて夢にも思ってなかったし。
視聴覚室で讃岐と小橋が説明してくれて、忠告もくれていたのに……生かせなかった。
黒凌出身であるということが一体どんなことなのか、人間性とか殆ど全員が歪んでしまうこと、ちゃんと理解できてなかった。
周だけを気にして、周の意識をちょっとずつでも色んな娯楽に向けていけばいいんだなんて、それだけしか考えてなかった。
根本的に改善するには、俺だけの力じゃ全然足りない。
「俺の考えが甘かったんだ。だから、二人は自分を責めたりしないで?」
精一杯、微笑んでみせる。
これは、俺が招いた事態。その結果。いや経過でしかないんだろうと思う。
それなのに二人が気に病み続けたら、辛すぎる……。
俺が傷付くのは仕方ないし、構わない。だけど俺のせいで携と智洋が傷付くのは、絶対に嫌だ。
二人は、泣きそうな顔をしているように見える。
「泣かないで、俺のせいで」
布団の中に入れていた手を動かして、二人の方へと精一杯伸ばしてみた。
もっと近くで、温もりに触れたい。
まだ、いつもみたいには力が入らなくて、腕全体がゆらゆらと揺れた。指先も、震える。
お願いだから……傍に居て欲しい、今も。これからも。
「和明、」
携が、そっと近寄ってきて、ベッド脇に膝を突いてようやく手を取ってくれた。
ほっと息を吐いて、智洋を見詰めると、納得いかないとありありと顔に書いたまま携の隣に立った。
「頭、触っても大丈夫?」
「ん」
携の白い手が宙を彷徨い、そうっといつものように髪を梳くように撫でてくれた。前から横に、後ろには当たらないようにと。
あ~……やっぱり落ち着く。俺にとっては魔法の手だ。
二人に見守られたまま、僅かに眠っていたらしい。ガシャガシャとなんだか耳障りな音がして、意識が覚醒した。
「あ、起こしちゃった? 眠ったままでも良かったんだけど、これからレントゲン撮るからごめんね~」
相変わらずちっとも教師らしくないふんわかした喋り方で保健医の先生がストレッチャーをベッドに横付けしている。
もしかして寝転がったまま車の中で撮影すんの? 流石にそれは初体験だ……。
讃岐がいないので、三人がかりでそうっとストレッチャーに移される。その時外された肌掛けの下から現れた上半身を見て、携と智洋が息を呑むのを感じた。すぐに先生がタオルを掛けてくれたけど、二人には隠さなくてもいいんだ。
ただ、これじゃあしばらく大浴場には行けそうにもないのが残念だった。
仕上がるまで二十分ほど掛かるということで、またベッドに戻された。レントゲン車の中ではうつ伏せと仰向けとついでに横からと撮影されたらしいけど、アイマスクみたいなの付けられていた俺には状況が全く判らなかった。
まあいいや~。
それにしても、そろそろ立つくらいは出来るんじゃないかなあ……?
結果出るまで動いちゃ駄目と言われても、凄く手持ち無沙汰だ。
さっきは驚いていた携と智洋も、俺が撮影されている間に立ち直ったのか、携は頭を撫でるのを再開してくれて、智洋も手の平をマッサージなんてしてくれて、あまりの気持ち良さにまた意識が飛びそうになる。
静かな空間に、ノックの音がした。
「ちーっす」
応えを待たずに入って来たのは浩司先輩だった。そして、後ろには項垂れた様子の周も。
まさかの登場に、傍らの二人が気色ばむ。今にも殴りかかりそうな智洋の手を、精一杯の力で握り締めた。
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