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第54話 たんこぶが出来るかどうかって
浩司先輩は、気遣わしげに俺の全身に目を遣り、静かに「具合はどうだ?」と言った。
「今、レントゲン結果待ちです。練習に行けなくてすみませんでした」
吊り気味の瞳を瞬かせ、先輩は苦笑して頷いた。
「こんな時くらい自分の事だけ考えてろ」
全くだと言わんばかりに傍らの二人も頷いて、俺の方こそ面食らってしまう。
自分のこと? 自分のことなんていっつも考えてるよ?
そんで迷惑かけまくって反省して、自分のふがいなさ加減にほとほと愛想が尽きかけてるんだけど。
「あ」
唐突に思い出して声を上げてしまった俺に、皆が注目する。
「あ……いやあの、練習終わった後、同好会に行く約束してたんだって思い出して……。連絡しないと、待ってるかも」
聞いた瞬間に「あーあ」と呆れられて、「いいから寝てろ」と浩司先輩に念を押された。
「会長はご存知だから、上手くかわしておいてくれるよ」
膝を突いたままの携が、少し首を傾げて言う。
ああ、そっか……。
讃岐が、生徒会と職員会議にはかけるって言ってたから、もしかして今頃臨時の会議とやらをしているのかも。
「携は行かなくていいのか?」
副会長という立場を思い出し尋ねると、ふるふると首を振った。
「いいんだ。許可はもらってるから」
また俺のために無理してるんじゃないだろうかと気になったけど、それよりもさっきから黙ったままの周も気になった。
何をどういう風に聞いているのか知らないけど、あのお喋りな周が何も言わないなんて……。
「周……」
スポーツブランドの白いTシャツとジャージ。練習後にそのまま先輩と二人で来てくれたであろう姿に、そっと呼び掛けてみる。肩が揺れて、猫背気味に俯いていた顔を上げようとして止まった。
「周? 心配掛けて、ごめんな」
今度こそ面を上げた周は、なんとも形容し難い複雑な表情をしていた。安堵しかけてまた沸いてきた悲しみに笑顔が崩れたような、それでいて何かに対して怒りを感じている、かお。
ようやく手から餌を食べてくれるようになった野良猫が、誰かに石を投げられてまた近寄ることを警戒するように、微妙な距離感を覚える。
それでも、俺は尚。
「俺なら、大丈夫だから。また一緒にビリヤードしよ?」
伸ばした手の平を引っ掛かれたとしても、いつか仲良くなれると信じてる。
周は何か言おうとしたのか口を開閉させ──結局声にはならないまま、こちらに近付くこともなかった。
それに対して先輩も携も智洋も追及することなく、ようやく保健医の先生がレントゲン写真とカルテを抱えて帰ってきた。
増えている見舞い客に驚くこともせず、まずはとバックライトがつくボードに写真を挟みざっと説明をした後、
「まあ、今日中に他の症状が出なければ大丈夫だろうと思うよ」
と、にっこり笑う。
「食欲ないのは打ったせいだけど、吐き気とかはないようだし、触った感じもね、冷たくないから。これからたんこぶになれば尚更安心。手の痺れは、肩とか圧迫されて一時的なものだと思うよ。段々戻ってきてるもんね? 握力。うんうん、いいことだ」
俺が智洋を引き止めるために力を入れていた手をちらりと確認した。
「で、足は……まあ有り体に言うと、恐怖で腰が抜けたってのが近いかな? ごめんね、お友達がいるトコで」
苦笑して寝転がったまま首を振る。
なんだ。腰が抜けただけか、俺。
かっこわりぃ……。
「仁先生、たんこぶが出来るかどうか……やってみても構いませんか」
いきなり携が口を開き、俺はギョギョッと見上げる。
「ああ……うん、やってみて」
名前、じんって言うんだ?
いやそれよりも出来るかどうかって何すんだ携……。
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