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第55話 まだ腰が抜けてます
ずっと、前から横へと髪を撫で続けていた手が頭から離れる。
「和明、そのまま楽にしてて」
宥めるように言われて、携のことを信じていてもちょっと身構えてしまっていた自分を諌めた。
両手が後頭部にかざされて、携がゆっくりと目を閉じる。呼吸が深いものに変わったのを感じた。
ぶつけた辺りにじんわりと熱が溜まっていくような、むず痒いものを感じる。体の内側から、何かがそこに集まり吸い出されていく。
やっぱり携の手って、魔法の手だったんだ……。
やがて目を開いた携は、こめかみに汗を浮かべていた。
先生がガーゼを持った手の平でそっと患部に触れた。
「大成功~! 汗も出ているし、もう大丈夫だよ。あ、でも今日はお風呂はやめといてね……といっても入れないか」
嬉しそうに見せてくれたガーゼは確かに濡れていて、でもその後ばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。
「なんすか? さっきの」
少し離れて見守っていた浩司先輩が、先生に問うた。
先生は足踏みペダルのついたゴミ箱にガーゼを放り込むと、ああ、と携を見遣ってから一同を見回した。
「気功だよ。まあ簡単に言うと、悪いものを汗と一緒に外に出すように、体の中の気の流れを調整したんだよね?」
ね? と首を傾げられた携は「そんな感じです」と頷いた。
ってことは、今までのマッサージとか撫で撫でが気持ち良かったのも、やっぱりその気功で調整してくれてたんだろうか。魔法じゃなかったけど、凄いことに変わりはないよな。
「ありがと、携」
自分のハンカチで汗を拭っていた携は、俺を見下ろしてくすぐったそうに微笑んだ。
支度できたら寮に帰っていいよと言われ、先生はまだやる事があるのか慌しく部屋から出て行ってしまった。礼を言った俺の声が届いたかどうかちょっと怪しい。
ちゃんと動けるようになったら、きちんと挨拶にこよう。
「荷物は俺が部屋に持って帰っとくな」
と、智洋が教室に向かい、上衣の掛かったハンガーを持って携が仕切りのカーテンを引いてくれた。
男同士だからそのまま着替えても良かったんだけど、やっぱりあの痕を見せないように気遣ってくれたんだろうな。
背中を支えられてゆっくりと上半身を起こすと、促されるままに服を着た。
カーテンを開けてから、両腕で支えてそうっと体を回す。足先を靴に入れて履いてみた。
うん、大丈夫そう。
そのまま立ち上がって歩き出そうとして──ふにゃふにゃと腰が砕けて、つい傍らの携に縋り付いてしまった。
ふええぇ……っ! な、なんでだよ~!
これだけ休んだらもう回復してもいい筈だろ?
情けなさ過ぎて涙が出そう。
支えてくれている携に体重を預けたままもう一度立ち上がると、目の前まで来た浩司先輩が背中を向けて腰を落とした。あの時の讃岐みたいに。
「連れて帰ってやる。乗れよ」
「え!? あのっ、でも俺、」
「いいから遠慮すんな」
顔だけ振り返って見上げられて、心臓が跳ねる。
浩司先輩のおんぶだなんて! ましてや、これから人がいっぱいいる寮に帰るってのにーっ!
もう目の前がぐるぐる回りそうなくらいに緊張して、でも何故だか携にまで「甘えとけばいいじゃない」って背中を押されてですねっ。
──おぶさってしまいました。はい。
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