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第56話 マッサージは続くよどこまでも

 もう絶対絶対この心臓の音伝わってるよなー!  バックンバックンうるさいのなんのって。  靴を持って斜め後ろに付いて来る携はなんてことない顔してるけど、完全に死角にいる周の表情までは覗いようもない。  ゆらゆらと揺られながら、次第に増えていく寮生たちが驚いて目で追ってくるのを感じて、恥ずかしくてなるべく顔が見えないようにしてた。 「カズ、怪我人なんだから恥ずかしがることねえぞ。それとな、お前に手ぇ出したら俺も敵に回すってアピールしてんだから、堂々と顔晒しとけ」  低く、告げられた声が僅かに怒気を孕んでいて。  ああ、俺、先輩にも心配掛けたんだよなって改めて思い知った。 「はい。ありがとう、ございますっ」  肩に掴まった手に力を込めて、少し顔を上げた。  携の提案により、俺は今晩だけ携の部屋で過ごすことになった。時間を掛けてじっくりと手当てを試してみたいという。治療になるかどうかはやってみないと判らないみたいだけど、このまま自立歩行出来ないのはかなり不便なので、甘えてみることにした。  空いているベッドをきちんと使えるようにしてから仰向けに寝かされ、浩司先輩が出て行った後真剣な表情で俺の両足を跨ぐように膝を突いて、体のバランスを見ている。足首を持って片方ずつ膝を曲げてみたり、横に動かしてみたりと動きはゆったりしたものだったけれど、こんなんで何か判るんだろうか。  寝てていいよと言われたけれど今のところ睡眠は足りているので、ぼーっと携のすることを見ながらとにかく体の力を抜いていた。その方がやり易いって言われたのもあるけど、携に触れられているとふにゃんとなる癖がついちゃってるもんで、言われなくてもふにゃふにゃしていたに違いない。  骨盤にも触れてみて首を傾げていたかと思うと、うつ伏せにされた。  出来るだけ背骨が真っ直ぐしていた方が良いという理由で、枕を胸の辺りに入れて首が真っ直ぐ出来るようにしてから下を向いて寝転がる。  顔だけ開いているタイプのベッドなんてここにはないもんなあ……。  前もって着替えさせてくれていたスウェットの下を少し下げられ、上も捲り上げられた状態で指先が脊髄を確認しているのが判った。一つ一つの継ぎ目も確認するかのように両手の親指で軽く押しながら下から上へと移動し、また下に戻ったかと思うと、ある部分をやんわりと何度も押している。 「なんか判った……?」  邪魔してもいけないなと思いつつも自分の体のことだし気になって小さく尋ねてみる。 「ん、多分ここ」  短く答えながら、携はとんとんと指先で示し、また親指で押し始めた。 「少しずれてる。まあ痛みが出ない程度のものだけど、戻しとくな。関係があるかどうかは不明だけど」 「ん、サンキュ」  されるがままに任せきっていると、しばらくして納得できたのか一旦体の上から携が退いた。  んー、と首を前後左右に動かして「さてと」と視線を顔に移す。 「リンパマッサージもしてみようかと思うんだけど、いい?」  携の提案に否やはない。  リンパ腺は解るけど、マッサージってなんぞやと思いながらも頷いて見せた。 「じゃあ準備するからちょっと待ってて」  しっとり笑ってタオルを持って部屋を出て行く後ろ姿を見送りながら、とにかくマッサージなんだから気持ち良さそうだなあなんて考えていたりした。  準備ってなんだろう……?  帰って来た携はガラスの小瓶と蒸しタオルを持っていた。  先刻のままうつ伏せでぼーっとしていた俺の上半身から衣類を手早く剥ぎ取ると、顔から順に拭いていってくれる。  えっ!? 下もですか!?  トランクスまで脱がされて泡を食っていると、 「マッサージは全身くまなくしないと意味ないんだよ?」  なんてにっこりされちゃあ文句は言えない。  自分で出来るっていうのにあらぬところまで拭きあげられて恥ずかしくて死にそうになった。何しろ今日は電気が煌々と点いているわけで。いくら携しか見てないっつってもちょっとあの……。  精神にダメージを受けてぐったりしている俺を尻目に、持って来た小瓶の中身を自分の手の平に広げてから、仰向けに寝転んでいる俺の上に跨るように膝を突く。  今度は上半身に手が届くように腰の辺りにいるので、取り敢えず下半身が見られなくてほっと息をついた。 「痛い所あったら言ってな?」  優しい手の平が、鎖骨の上の部分をそっと刺激して、それから体の中心から円を描くように胸を撫でて脇の下へと移動する。  痛くはないけど気持ち良くてほうっと息を吐いた。  臍から肋骨を伝うようにまた脇へ、少しずつ位置をずらしながら丹念に撫でられ、腕を片方ずつ持ち上げてはまた脇に向かって撫でられて恍惚と瞼を閉じる。  腰の後ろ辺りから前に回った手の平が足の付け根の方へ向かった時には一瞬だけビクンとしたけれど、そのまままた臍の下へと手が戻りまた付け根へと動かされて力が抜けた。  時折小瓶の中身を手に取りながら続けられるマッサージは、本当に天国に連れて行かれる心持ちだ。  エッセンシャルオイルってやつなのかなあ。何処かで嗅いだことのある甘酸っぱいような、それでいて気持ちを静めてくれるようないい香り。  今度は足を持ち上げられて足裏から脛、太腿、と手の平が優しく撫でさすって行くのをうっとりと感じていた。  うっかり意識が飛びそうになっていた時に「今度はまたうつ伏せな」と声を掛けられて我に返る。  肩、背中、腰の上、それからまた足裏から段々上に上がってきて……そこまではまだ気持ちいいだけで済んだんだけど、尻の半分は外側に向けてだったのに半分からは内側に向けて手の平が撫でていってですね。 「っぁ、」  指先がちょっと差し込まれるに至って、ついに声が漏れてしまった。

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