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第58話 苦しい言い訳

 難波はすでに食べ終えているのか、頬杖を突いてひらひらと片手を振っている。  他に人もいないのにわざわざ離れた場所に座るのも申し訳ない気がして俺がその対面に腰掛けると、当然のように携も隣に陣取った。 「なんかしらんけど今日は大変だったみたいだなあ」  割と短めに整えられている髪を無造作に跳ねさせている難波は、携と同じく綺麗な顔立ちをしている。目つきはきついからどちらかというとワイルド系なんだろうけど、色が白くて全体的に華奢なイメージだ。  気さくで誰とでも会話が出来るし、ここが共学なら大層人気が出ただろうと邪推してみたりもする。 「んー、まあでも何とか治った感じ?」  首を傾げて曖昧に返答しながらちらりと周を覗った。こっちを気にしつつも目を合わせない。明らかに不自然だった。  俺のことがどんな風に伝わっているのかも解らないし、適当に切り抜けるしかなさそうだ。  ふーんと俺たちを眺めて頷いた難波も、追及するつもりはなさそうで正直ほっとする。手を合わせていただきますをしてから、俺は食事を始めた。  別々に来たのか一緒に来たのかは判らないけれど、明らかに周のペースが遅い。  今までだってまともに見ていたわけじゃないけど、給食は皆と同じくらいに食べ終えていたはずだ。時折顔を顰めながらゆっくりと咀嚼する周の様子を見かねて、ついに話し掛けてしまった。 「周、体調悪いの?」  ぴくりと箸を持つ手が震えて、周がそっぽを向く。  それを見て難波がにやにやと笑いながら、 「いやー、それが周のやつさあ、」  と口を開き、 「転んだんだ!」  凄い形相で振り返った周に睨み付けられて言葉を遮られた。 「えー、だってそれ、」「転んで口の中切ったからうまく食べれないだけ!」  強固に言い張る周に根負けしたのか、「だとさ」と難波は器用に頬杖を突いたまま肩を竦めて見せた。 「そうなんだ?」  納得は出来なかったけど、俺の事だってわざわざ他のクラスメイトに言いふらせるような内容でもないし、周にも事情があるんだろう。ここは乗せられておくことにする。  他にも内出血しているような痕が残る顔で、どんな格好で転んだんだよと突っ込みたいところだけどぐっと我慢した。  一切を無視したように黙って箸を動かしている携に倣い、俺も食事に集中する。  昼を抜いているだけに、余計に料理が美味しく感じられた。特に旬の鰆は文句なしに絶品だ。前に塩焼きも出たけど照り焼きも絶妙な焼き加減。柔らかくて味の加減も濃くなくて舌に優しい。  舌鼓を打ちつつ食べ終えた俺と携だったけど、未だに周はゆっくり咀嚼中。腹は減っているのにゆっくりとしか食べられないなんて辛いだろうな。  難波はといえば、視線を窓の外に向けたままうっすら笑みを浮かべてそんな周を見守っている様子で、それならここは任せておいても良さそうだった。  ゆっくりお茶を飲んで携が腰を浮かせるのを合図に、「お先にー」と俺も椅子を引く。  あ、そうだ! 「周、無理にとは言わないけど、体調に問題なければまた明日遊戯室でな」  声を掛けると周は訝しげに見上げ、後ろでは携が足を止めた気配がした。 「こなかったら俺が先輩たち独占して先に巧くなってやるから」  挑発するように精一杯意地悪そうに笑って見せると、ようやく目を合わせてきた。  口を開きかけてまた閉じた周に大きく頷いて、俺は大丈夫と伝えたかった。  周のせいなんかじゃない。  気にすることなんてない。  口に出しては、ここじゃ言えない。でも判って欲しい。俺は傷付いてないって。  しばらくは恐怖心が残るかもしれないけど……殆どは、携が取り払ってくれた。  あの丹念なマッサージには色々な意味が含まれていたんだと、それくらいは俺にも解っているから。  だから、周にも。いつもみたいに軽い調子で話し掛けて欲しい。  目を瞬かせて俺たちを観察しているようだった難波にも手を振り、返事をもらえないままに俺と携は食堂を後にした。  帰りに自分の部屋に寄って智洋に現状を報告すると、凄く安心したようだった。  そのまま戻っても良かったんだけど、折角寮長にも部屋の移動許可をもらっているからと予定通り携の部屋で寝ることにした。  まだ消灯まで時間があるので、課題やノートを持参して勉強も一緒にすることにする。家具は備え付けで二人分揃っているから、全く問題はない。  それにしても、毎日ここに一人でいるなんて寂しそうだな。それとも一人っ子だったら元々そういうのにも慣れてるのかな?  俺が一人部屋だったら、毎日遊戯室に入り浸っているかも知れないや。  勉強の後は今度は足裏マッサージをしてくれるというのでまたベッドで携に身を任せ、時には痛みにのた打ち回りながらも一通り解してもらい、心地良く眠りに着いたんだった。

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