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第68話 男子校を選ぶ理由
「眺めている分には申し分ないのよねえ、軸谷くん」
ほう、と顎に指を当てて吐息する姉貴。
「あーあ、ウォルターも分校に行っちゃったし、華がなくなったわよこっちは。あの人のファンクラブなんか非難ごうごうでうるさいったらなかったし」
あの人、というのはみっくんのことのようだ。別れてからこっち、あんまり名前を呼ばなくなったもんな。
それよりも、姉貴が俺の部屋に来ること自体が珍しい。今まではもしかしたら散らかっていたから入りたくなかっただけかもしれないけど、こうやって二人で話すことなんて中学校の時もなかったように思う。
俺ほどぱっちりしているわけじゃないけど、優しそうに眦の垂れている目を細めて、姉貴は画面から俺の顔へと視線を移した。
「楽しい? 男子校」
「うん。皆いい人ばっか……なわけでもねえけど、楽しいよ毎日」
「そう……あんたは共学向きだと思ってたけど、まあ三年間だけならいいのかもね」
「なにそれ?」
共学向きって一体どんな人間なんだよ。
姉貴は、んーと唇を瞑り、それから声を落とした。
「携くんが男子校に行くのは、気持ちが判るかな。まあ経営者や授業内容も全部ひっくるめてあっちに行く意味があったんでしょうけどね、あんたみたいな妙な情熱一直線じゃなくて。
軸谷くんも、昔から女嫌いというか寄せ付けなかったし、ウォルターもあの人も、多分ちょっと息が詰まってきてたんだと思う。一年間くらい女っ気無しの環境に篭りたくなるくらいに」
ああ、と俺は得心する。
志願したというのは、何かしら理由があって望んで生活を変えたということ。
俺にもあるように、それぞれに、違う理由が。
純粋に授業内容や将来の就職先のことを目的にしている場合が一番多いだろうけど、その内容が違っていても、星野原に籍を置いたまま環境を変えることが出来る、そのことが魅力だった場合もある。今の二、三年生には。
そして、それぞれに与えられた役割というものがあるらしいんだよな~……。
だからこその、少数精鋭。
「今日来てた二人も、似たような理由じゃないの?」
ふ、と。真顔で言われて、なんだっけと会話を振り返る。
「女の居ない環境?」
意味がわからないままに問い返すと、そう、と頷いた。
そう、なのかな……?
でも辰なんか今日まではちゃんと彼女いたし、二人とも街に出れば女の子がわんさか寄って来てもてまくりで。もてない男連中からは僻まれたりやっかまれたりもするだろうけど、でも男友達だって沢山居る筈だし、別に……。
首を傾げていると、
「やっぱりあんたには解んないか」
と肩を竦められた。
「だから共学で男にも女にも可愛がられてりゃ良かったのに」
「なんだよそれー」
ぶう、と頬を膨らませて見せると、可愛い可愛いと髪の毛をくしゃくしゃされた。携より細くて白い指先。
ふと、今頃携はどうしてるかなって思った。
「自慢じゃないけど私、年下には特に受けが良いのよね~」
姉貴は、自分から意識が逸れるのを嫌うかのように断言して不敵に笑う。
「自意識過剰―っ」
「まあそんなわけだから、二人が二人ともあんな風にそっけなくするって事の方が珍しくて。辰史くんの笑顔、明らかに営業用というか作り物めいてたしね。
別にそれがどうってんじゃないのよ? ただまあ、共学だときっと気詰まりなんだろうなって思ったの。憧れるだけなら結構だけど、当事者は結構大変なのよ。相当おきらくな性格か、天狗になって嫌なやつになるかすればいいんだろうけど」
「ふうん?」
嫌なやつかー。確かに俺が関わりのある美形って、皆性格良いもんな。
モテるのを鼻に掛けて同性には高飛車になるやつなら中学でいたけど、そういうやつのことを俺は外見もかっこいいとは感じなかった。滲み出るオーラというか……やっぱり雰囲気が根本的に違うというか。そういう奴らと比べてんのかな?
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