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第70話 先輩の元カノ

 十分ほど経って、対戦台の向こうでは智洋が撃沈していた。 「ひでえ……なんだあのキャンセルの連続技。おかしいって」  ぶつぶつ言いながらも次のコインを出そうとポケットを探っている。  その間俺はひとり遊びしながら、辰が戻って来ないのがちょっと気になっていた。  何処かに座っているのかな? まだ辰の行動パターンが掴めてないんだけど、トイレとか行くなら声掛けてから行くと思うんだ。  少し考え事をしていても、手は目から入ってくる情報に無意識に反応してレバーを動かしボタンを押す。ガード崩しのための連続キック、小パンチキャンセル足払い、超必殺技の連続攻撃。  それを眺めていた智洋が逡巡していると、ようやく辰が戻ってきた。  ──左腕に女の人ぶら下げて。  気付いた智洋も、コインを入れる手を止めて胡乱気に二人を見遣る。 「ええと……」  ちらっと見ながらもゲームが続いているため、画面からも視線を外せない。ここは途中で止めるか勝ち抜いてエンディングまで行くか選ぶところだけど、「続けててー」と辰の暢気な声が聞こえてきたのでそのまま試合を続行する。  最初に選んだのがエキスパートモードじゃなかったせいもあり、危なげなく勝ち進みラスボスも倒してエンドロール。そこまでやり遂げてからようやく俺は腰を上げた。  ぶら下げている、というか、腕にぶら下がっているというのが正しいんだろうな。  肩より少し長いくらいの癖のある髪をオレンジにマニキュアしている人が、親しげに辰に話し掛けている。ラグランのニットがスカート丈とほぼ同じで、太腿は半分くらい出ていて素足にヒールのサンダル。  うちの姉貴が滅多に膝すら出さないもんだからちょっとクラクラきそうなくらい刺激強いんですが! 顔も可愛いし! おまけに胸デカい!(比較対照、姉) 「カズくん強いんだねえ! こおんなに可愛い顔してんのにーっ」  いきなり名前呼ばれて、辰から離れたその人が寄って来て両手で頬っぺたをふにふにされた。 「いやあん、肌綺麗! こんな弟欲しいっ」  って言われても……。どちらさま?  頬が赤くなってるなと自覚しながら辰を見ると、小首を傾げて微笑ましげに俺たちを眺めている。細身のストレートジーンズのポケットに親指を引っ掛けてモデルみたいな立ち姿。  うん、今日もカッコイイね。  辰に意識が行っている間に標的が智洋に移ったらしく、いきなり腕に手を回してというか腕を抱き締めてますね、柔らかそうな部分にむぎゅっと。 「ヒロくんヒロくん、めっちゃタイプなんだけどっ。付き合おうよ」 「嫌だ」 「なにその即答! どうしてよー、全然好みじゃない? 何処が嫌?」  何でいきなり猛烈アタックかましてるんですかねこの人は。アクティブすぎて突っ込む隙がみつからねえ。 「つうか名前も知らねえんだけど」  怒っているわけじゃないけど嬉しそうでもない智洋は、腕を気にしながら言った。  そうそう、まさにそれが聞きたかったわけですよ。 「そうかー、私だけ先に二人のこと聞いちゃってたんだもんね。ごめんね。私は翔子。飛翔の翔に子供の子だよー。たっちゃんとは浩司くん繋がり」  えへへーと照れたように笑いながら、俺と智洋を交互に見た。 「ぶっちゃけ、浩司さんの連れというか元カノだね」  近付いてきた辰の説明に俺は納得し、智洋は驚いたようだった。  話に聞いてたけど、一時期付き合っていたっつー有名ヤンキーっすね。とはいえ、見た目だけならとてもそうは見えない。お洒落な女子高生って感じ。  智洋が驚いているのは、浩司先輩がこういうタイプが好みなのかという点でじゃないかな。多分違うから別れたんだろうけど、そもそもどうして付き合ってたんだろうとか不思議でならない。それでも、今でも付き合いがあるらしいから人間として嫌いなタイプじゃあないんだろう。  ふーん……?

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