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第71話 ひらりと、舞って
初めて実物を前にしてしげしげと見つめていると、心の中の声が辰にはバレバレだったらしい。
「勿論、浩司さんの好みじゃねえよ?」
「あっ! ひっどーい、たっちゃん! そりゃあ好きにはなってもらえなかったけどさあ。顔とかは可愛いって言ってくれたもん」
「それでも女にはなれなかったんじゃん」
ズケズケと突っ込みを入れる辰。唇の端をちょっと上げて笑う顔とか、浩司先輩と似てる。
「えーん! イジメだぁ~ヒロくん慰めてよぉ」
嘘泣き顔の翔子さんは智洋の正面から首に腕を回して抱きついた。ひええ……っ!
扱いに困っているのか、戸惑い顔の智洋は、自分の手を何処に置いておくべきかという風に両手が宙を彷徨っている。
「ヒロ、付き合ってみたらー? 尽くすタイプだよ、翔子さん。外見と反対だから」
楽しそうですね、辰史さん。
「そうそう、お買い得だよっ。料理はイマイチだけど裁縫は得意だからね! なんなら今から結婚式に向けてドレスとモーニング縫っとくよ。そうと決まれば既成事実作りにホテル行こっ」
顔と顔を至近距離にして喋る翔子さんに、智洋は手の使い道を見つけたようだ。
「無理無理無理」
片手で翔子さんの口を塞いでもう片方の手で自分の首に絡まっている腕を解いている。それでも翔子さんはめげない。
「無理?」
解かれた腕を今度は背中に回して抱きつくと、片手を前に回してなんと股間に手の平を当てて動かした。
「ちょっ、あのな、」
完全に赤面している智洋は、たたらを踏んでなんとか持ち堪えた。
俺は掛けるべき言葉もなにも思いつかなくて、ただただ呆然と見守るのみ。
近くにいた知らない人たちもギョッとして注目している。当たり前だよね……。
止めなくていいのかと辰を見れば、変わらぬ微笑でのほほんと構えている。いいのか……野放しなんだ……。
しばらくして納得したのか、翔子さんはチェッと舌打ちして体を離した。
「ホントだー。勃たないや、残念」
勃たなかったんだ、智洋……。
俺が同じコトされたら多分半分くらいは硬くなっちゃうだろうな、童貞だし。……自分で自分に止めを刺してしまった。
「つまんないなあ。オトコ欲しいよう」
唇を尖らせている翔子さん、心の声駄々漏れです。
ちょっとだけ、もう少しだけ試してみようよーなんてまだ智洋に迫っているところへ、柄の悪そうなのが割って入ってきた。私服でボンタン履くとか有り得ねーし!
「ねーちゃん、オトコ欲しいんなら今すぐ付き合うぜえ?」
二の腕を捕まれて、翔子さんが動きを止める。
「たっぷり御奉仕してくれんだろ」
目の前でそんな不埒なことをするやつを、いくらその気がない相手とは言え智洋が黙って見過ごす筈はない。瞬間、目つきが険のあるものに変わって何か言おうと口を開きかけた。が、
「きたねえ手で触んじゃないよ」
そのままの姿勢で今までより一オクターブは低い声を発し、静かにヒールで背後の男の足を踏みつける翔子さん。
「何すんだこのアマ!」
怒声を発した瞬間、ノーガードの顎に、振り向きざま頭突きが炸裂し、うっとよろめいた所にひらりとミニスカートとその下の白い足が舞った。取られた腕もそのままに体を反転させてのハイキックが見事に顔面に入る。堪らず男が尻餅をつくように倒れ、暢気に傍観していた辰はパッと身をかわしてその体を避けた。
腕が自由になり、着地した翔子さんはスカートの裾をぱたぱたと整えている。
「見えちゃった?」
ちろりと俺を振り返ったときにはまた声音が戻っていたけど、いつの間にか両手にナックルはまってます。どっから出てきたんすかそれ。
唖然としながらもぷるぷると首を振った。
実際、足が綺麗で見惚れてしまって、付け根の方まで意識がいってなかったという。
ほんとだってばさ。
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