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第77話 男同士でも、良かったなんて言えない

「浩司くんって男の子にも人気あるんだねえ。というか、星野原の女子は浩司くんのことは避けてるみたいだし、競争率だけなら低いんだけど」  座り直してジュースを飲みながら、伴美さんはほうっと息をついた。 「避けてるというか、寄せ付けないってうちの姉なんか言ってますけど」  俺が口を挟むと、なるほどと頷く。 「寄せ付けない、か~……そうだね、私のことも相当面倒くさそうだったし。ただ、友達がウォルターのこと凄く気に入っちゃってね、ウォルターは来るもの拒まずだから、一緒にいるときは遊んでくれたんだ。  キツイけど、浩司くんって根っこのところ優しいじゃない? だから『絶対男女の付き合いはしない』って前提の下に、皆で遊ぶっていうシチュエーションなら大丈夫だったんだよね」  手元を眺めながら話す声に、辰も紙面から視線を外して伴美さんを見ている。 「だけど、去るもの追わずもウォルターの性格だから、友達がついに断念しちゃってね……押そうが引こうが恋人にはなれないって解ったから、もういくら好みでもそれ以上追い掛け回すのが空しくなっちゃったみたいで。 そうしたら、私一人じゃあもう浩司くんには会えないんだよね」  淡々と話す事情が、切なくて。  そういうのを表に出さないようにしているんだろうけど、やっぱり悲しそうで。釣られて目頭が熱くなってしまった。 「いいなあ、男の子なら浩司くんの傍にいられるでしょ? 恋人なんておこがましいことは言わないから、せめて友達としておしゃべりしたりしたいよ。もっと私と智洋がそっくりだったら、変装して星野原にもぐりこみたいくらい」  漫画に没頭しているのかと思ったら、智洋も聞いていたらしく。最後のところで「げっ」と声を出して、顔は俯けたまま視線だけ伴美さんの方を確認していた。  伴美さんくらいバイタリティーあれば本当にやりかねないとは思う。けど幸いなことに、全然似てねえし。男装しようが何しようが、伴美さんもどう見ても男には見えねえ容姿だし。  良かったなあ、智洋……。  それにしても、伴美さんの話は身につまされるというか、どうにも切なくなった。  もしも俺が女だったら……。  あの時、助けてはくれたけど、その後出会う確率は低かった。ようやく見つけてお礼を言えていたとしても、今みたいに一緒に応援団で練習したり、ビリヤードを教えてもらったりとかの接点はなくなっていたんだ。  俺が女だったら、確かに一目惚れしていたかもしれない。  それでも、どうにもならない。  伴美さんくらいポジティブで可愛い人でも付き合ってすらもらえなくて。翔子さんみたいに強引で、でも可愛くて喧嘩も強い人でもすぐに別れて。俺だったら箸にも引っ掛からないだろうことは明白で。  だけど、同じ男だから……学校でも寮でも会えるし、口も聞いてもらえるし、遊んでもくれるし。  それ以上は望んでいないから凄く幸せだけど、そんなことすら出来ないんだもんな。  なんか、男でごめんなさいって気分になってきた。 「まあでも」  しんみりした空気を払拭しようというかのように、伴美さんは拳を握りつつ顔を上げた。 「私が勝手に好きになったんだし、追いかけるのは自由だもんね。いつ見掛けてもいいようにカメラ持ち歩いてるし、隠し撮りしてファンとして楽しむんだ~」  うんうんと頷きながら、心の中でそっと涙を拭う。  伴美さんって、本当に前向きですげえ!  俺が女だったとして、そんな風に受け止められるかというと自信ない。全力でバックダッシュかますかもしんねえ。 「俺で良ければ、写真撮れたら焼き増しします! 体育会もうすぐなんで」  声を掛けると、きゅぴーんと瞳が煌いて、足に縋り付かれてしまった。 「ああん、カズくん大好きー! ヒロくんなんか全然協力してくんないしっ。二人でファンクラブ作って会報出したいくらいだよっ」  そのままぎゅうって両手を握り締められて、かあっと顔が熱くなる。 「ええとー、じゃあ手紙も書いて送りますね~」 「やああーほんとにー!? カズくんが弟だったら良かったのにぃぃーっ!」  感極まってついには首にかじり付かれてしまい、姉貴も含めてそんな熱烈にハグされた経験のない俺はうろたえまくった。  隣の辰は、ハハハと笑っていたけど、肝心の智洋は疲れたように苦笑するだけで完全にスルーしてるし。  演舞のビデオ、コピーのコピーじゃ劣化するから、学校のマスターテープを辰のと伴美さんのとダビングさせてもらえるか頼んでみようと心に刻み込んだ。  その後、友達と約束があるからと伴美さんはまた出掛けて行き、俺たちはまた静かに読書タイムに戻った。  それにしても姉弟って性格全然違うよな~。うちと反対というか。うちの姉貴は物静かで俺がひたすら喋ってて、だから俺がいないと、きっと食事の時とかこんな感じでシーンとしてるんだろうな。  膝の上のセイジの温もりに癒されながら、いつのまにか隣の辰との距離も縮まっていることに気付く。俯いてページをめくるその腕を載せている足が、僅かに俺の足と触れ合うくらいの微妙な距離。  さっきカタログ見たときに鼻突き合わせるように見入ってたんだもんな。そりゃあ近くにいて当たり前か、と思い直す。  昨日は【Homeless】で失言続きで何となく辰に対して気が引けちゃうというか、構えちゃう感じになっちまったけど、なんだかんだと大騒ぎしているうちに普通に喋れて助かっている。  伴美さんは特に指摘しなかったけど、うちの姉貴みたいに辰の事かっこいいとか思わなかったのかなあ。  浩司先輩とちょっと似ているところもあって、伴美さんの好みかと思ったんだけど……やっぱり翔子さんと同じで、性格が好きだから好みの路線とは離れているけど好きになったってことなんだろうか。  難しいなあ……誰かが誰かを好きになる基準って、一体なんなんだろう。  むー、と声が漏れていたらしく、辰が「どうかしたのか」と訊いてきた。

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