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第79話 こんなシーン、見たくなかった

 連休最終日は、辰はバイクで帰るというので俺と智洋は午前中に家を出て、また電車とバスを乗り継いで寮へと向かった。その途中で、ちょっと質の良いビデオテープも購入して、後で執行部の部室に行くつもり満々でいると智洋に呆れられてしまった。  昼飯代を浮かせるためにぎりぎり間に合うバスに乗る。相変わらず運転手を兼任している仁先生に、降車の時に一番最後に降りる際に菓子折りを手渡してお礼を言った。 「仕事なんだし気にしなくていいのに~。でも、嬉しいよ。ありがとうね」  ふんわりと微笑まれて、くすぐったくなりながらももう一度お辞儀をしてからバスを降りた。  そういえば、もしかしてまだ先輩たちは帰って来てないって可能性もあるのか……。  食堂で遅い昼ご飯を済ませた後、部屋で荷物の整理をしながら気付いた。  休みの間、夜はフルにバイトしてるって辰が言ってたし、だったら帰ってくるのって遅い時間かも。  まあでもいなくて元々だしな。取り敢えず携の部屋に行ってみるか。  一通り片付けて、残っていた宿題もやっつけると、もう十六時を回っていた。夕食時には多分会えるだろうけど、その前に二人でゆっくりしたくなって、智洋に声を掛けてから携の部屋に向かう。  休み中も色んな人に頭を撫でられたけど、そのせいか余計に携の手の平が懐かしくなってしまった。……懐かしいって変か……なんて言えばいいんだろう。他の手じゃ、なんか違うっていうのか、物足りないっていうのか。  やっぱりあの気功とかあるから違うんだろうか。  部屋の前に着いてノックをしてみたけれど応えはない。鍵も掛かっているようだし、もしかして本当にずっと執行部で仕事をしてるのかも。  ちょっと悩むところだけど、どうせ暇なんだしちらっとでも顔を見て、何か手伝えることがあれば手伝わせてもらおう。  そう思い付いたら早足で校舎に向かっていた。  休み前のことを思うと、一旦部屋に帰って智洋に付いて行ってもらった方がいいのかもしれない。だけど、他の用事ならともかく、ただ携に甘えたいとかそんなので智洋を頼るわけにはいかなかった。  大半の生徒は帰省しているし、校舎にいるのは部活動に熱心な人たちと執行部くらいのものだろう。それなら人気は少なくても、黒凌の生徒だっていない筈だ。  自分なりに判断して、息を切らしながら階段を上って行く。  全く、最上階なんて最悪だよな……。  四階の踊り場で足を緩めて息を整えながら、特別教室の並ぶ廊下を進んで行く。音楽室、視聴覚教室、美術室、書道教室、無線部、会議室、そして最奥に生徒会執行部。向こう側にも階段はあるんだけど、寮から来て近いのはこちら側の階段だ。  あー、ようやく着いた!  まだ美術室の前辺りで、廊下に無造作に置き捨てられているイーゼルをかわしながらゆっくり進んでいると、執行部の扉が開いて中から人が出てくるところだった。  え? 何だろう……外国の人?  銀色の見事なウェーブが肩まで届き、月夜に舞う妖精のように可憐で儚い美しさを宿した顔の人だった。菫色の大きな瞳を、けぶるような睫毛が縁取っている。その後を追うように出てきたのは携だった。  ドアが開いた瞬間から立ち止まって息を殺している俺には気付く素振りもなく、二人は大陸共通語で言葉を交わし微笑み合っている。  ──ああ……携も、あんな風に笑えるようになったんだな。俺以外に対しても。  俺と二人の時に醸し出しているあの優しい雰囲気で接しているのを見て、胸を抉られるような痛みが襲ってきた。  銀色の人が、少し身を屈めた携の頬にすりすりと頬を寄せ、くすぐったそうにその頬に携が唇を寄せる。  どうしてこんなの見なくちゃならないんだ……。  頭の片隅では、あんなのは大陸では挨拶だっていうことが解っていた。  ──でも、ここは日本で。  綺麗ではあるけれど、一瞬見間違うほどにユニセックスだけどあの人は男で。  そんなの、親しくないのにするような仕草じゃなくて。  何よりも携の表情が、俺を打ちのめしていた。

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