83 / 145

第83話 みっともない独占欲

「おつかれ~」  座ったまま笑みと一緒に声を掛けると、いつものように静かに微笑みながら、一番奥の席へと腰を下ろした。 「久し振りだな。二人ともお帰り。実家ではゆっくり出来たか?」  問いながら箸を持ち、いただきますと手を合わせる。俺も倣って、食事を開始する。 「うん、なんかしらねえけど姉ちゃんとも結構話したよ~。今まではんなことなかったのにな。あと写真もいっぱい撮って来いってカメラ渡されたし」  さり気なくあのミッションのことを匂わせておく。今から言っとけば撮り易くなるだろ!  今日のメニューは、雑穀ご飯に炒り豆腐、はりはりあえにひじきの五目煮、そして韮たま汁。ちょっとヘルシーなメニューだけど量があるから腹持ちは良さそう。  黙々と食事に専念して、余計なことは考えないようにする。  携が隣に居るっていうだけで、どうしてもさっきの校舎でのことを思い出しそうになるから……そうしたら、喉が詰まって食べられなくなる。  食べ終えて番茶をお代わりして飲みながら、ふと思い出して食堂を見回してみた。  浩司先輩たち、見当たらないなあ。まだ帰寮してねえのかな。  そんなに急ぐことでもないんだけど、浩司先輩にはお礼のミッションがあるし、ウォルター先輩にはダビングの件があるし、忘れない内に頼んでおきたいところ。  まあ大浴場で会うこともあるかもしれないし、もう少し後でもいいかな……。  程よく温くなっているお茶を啜っていると、智洋が椅子を引いた。 「そろそろ帰るか」  先に食べ終えていたんだけど、俺が終わるのを待っていてくれたらしい。三人一緒に食べ終えるタイミングなら一緒に席を立つこともあるんだけど、大抵は携だけが先だったり後だったりするから俺と智洋が二人で一緒に出る方が多いんだよな。ルームメイトの存在感って凄いなあと思う。他の人たちはどうだか知らないけどさ。  立ち上がる俺を見上げながら、携が声を掛けてきた。 「和明、後で部屋に来ない?」  ちょっと前まであんなに会いたくて堪らなかったのに、今は二人きりになるのが怖かった。そんな風に言ってくるだろうと予想してたから、用意していた答えを返す。 「んー、今日は早目に風呂入ってからちょっとテレビ観たいんだ。休み中にカラオケ行ったらしらねえ歌ばっかでさあ。世の中に置いていかれてるから、ちょっくら情報収集しとく」 「そうか」 「うん、ごめんな。また話聞いてな」 「わかった」  歌番組がある曜日なのを良いことに、逃げ口上を打ってしまった。  脱兎の如く携の部屋に向かったことを知っている智洋は怪訝そうにしてたけど、その場では何も言わずに食堂を後にした。 「何かあったのか? 氷見と」  案の定、部屋に帰ってすぐに真剣な瞳で見つめられる。 「ないよ?」  智洋にだって言うわけにはいかない。こんな子供じみた独占欲、みっともなくて晒せやしない。 「だって、帰ってから口をきいたのさっきが初めてだもん」 「そうか……いや確かに氷見もそうは言ってたけど……でもな」  しきりに首を捻る智洋に心の中でごめんと謝って、そそくさと着替えを持って風呂の準備をする。 「じゃあ先に風呂入ってくんね」  部屋を出て行く背に視線を感じたけれど、それが態度に出ないように必死で振る舞った。  いっそのこと何処かで一人きりで思い切り泣いてしまいたい。そうしたら少しくらい吹っ切れないだろうか。  俺以外に心を開かなかった携。女子からは秋波しか送られず、男子からは嫉妬の視線しか向けられず、自然無口になり表面上で愛想だけして何とか無難に切り抜けようとしていた携。  それでも、それは自分の保身のためだけじゃなくて、なるべく周囲を傷つけまいとする優しさからだって言うのも解っていた。  ここに来てからの携は、クラスメイトとも普通に喋れるようになったし、俺の知らないところでの知り合いや仲間も多くなってるみたいだ。だからもしかしたら、俺が今まで知らなかっただけで、ああいう風に打ち解けた雰囲気で心からの笑顔を向けることもあるのかもしれない。  俺の知らない携が増えていく……そのことが、どうしてこんなに寂しくさせるのか。俺ってそんなに狭量なやつだったんだと思うと、自分で自分が可笑しくて堪らなくなる。  馬鹿だ、俺。ホント、ばか。

ともだちにシェアしよう!