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第84話 会長にお願いしてみた

 時間が早いせいか、浴場は空いていた。体を洗って壁際まで行ってから、ゆっくりと四肢を伸ばして湯に浸かると、涙を忘れるどころか今にも嗚咽して溢れそうに体の中からせり上がって来る。  瞼を閉じて上を向いて、ひたすらに念じる。  俺は大丈夫、あれは携にとってはめでたい事なんだから。あの銀髪の人が誰か知らないけど、携が心を許すくらいだからきっとすんごくいい人なんだそうに違いない。  携は俺一人の傍に留めておくには勿体無いやつだ。今までの同級生が見る目がなかっただけで、ここのやつらは流石に目が肥えてて、例外も居るけどいい人ばかりだ。  だからいいんだ。ちょっとの間、この寂しさは続くだろうけど、清優で出会うまでは俺だって色んなやつらと遊んでたんだから……そうやって、生きてきたんだから。  時間が経てば、慣れて……特別なただ一人じゃなくて、仲の良い友人として、その中の一人として、やっていけるだろ……。  繰り返し繰り返し、物覚えの悪い子供に言い聞かすように自分に念じ続けていると、 「具合でも悪いのか?」  と、すぐ近くから声を掛けられた。聞き覚えがあるなあとそっと目を開けて顔を戻せば、大野生徒会長が眉を寄せてこちらを凝視している。一メートルも離れていなくて、こんな距離に誰かが来たことにも気付かないなんてとちょっと焦った。 「いえっ、ちょっと考え事してただけなんで」 「そうか? 風呂はゆったり考えるには向いているが、うっかりしているとのぼせるからな。気を付けろよ」 「……はい」  生真面目に心配されて申し訳なく思う反面、驚いてすっかり涙も引っ込んでしまったことに感謝したりする。 「あの、会長」  思いついて呼ばわると、ん? と首を傾げて瞬きで促される。 「あのー、前にウォルター先輩に応援団の演舞のビデオを借りたんですけど……もう二本、コピーさせてもらったら駄目でしょうか……?」  流石に言いにくかったけど、執行部のことなんだしと恐る恐る尋ねてみた。 「演舞」  呟いて、顎に手を当てて思案する表情になり、ああと頷いた。 「あの赤組のやつか。そうか、軸谷の演舞ね」  意味有りげに流し目されて戸惑いながらも、辰と伴美さんのために引くわけには行かない。最悪、今借りているコピーからのコピーでも喜びはするだろうけど、あんな何回も再生して画質が落ちているやつからよりマスターテープからの綺麗な画像でプレゼントしたい。 「お願いします! 俺よりもっと浩司先輩のこと大好きな人たちにも見せてあげたいんです」 「ふうん? ちなみにその二人とは?」 「──同室の栗原の姉貴と、クラスメイトの難波です。二人ともプライベートで浩司先輩と知り合いで」  ちょっと迷ったけど、ここは素直に白状した。知れたからどうということもないだろうし、くだらない噂話のネタにはしない人だと信じてる。 「そうか……分かった。じゃあ、土曜日部室から視聴覚室に場所を変えるか。あそこのデッキを使えば、シナリオをやっている間にダビングも出来るし、執行部の部室からも近いし僕も移動が楽だ」  淡々と承諾してくれる会長に飛びつきたいくらい嬉しくなって、今きっと満面の笑顔なんだろうなと思いながら、「ありがとうございます!」とついつい大声を出してしまった。  ──あ、やべ……。空いてるとはいえ、二十人くらい居る全員に注目されちゃったよ。  苦笑している会長に、ごめんなさいと頭を下げた。  興奮しすぎちゃいました。

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