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第85話 好きの種類が違うと思う

 うきうきを持続させるべく、一所懸命に携のことは心の奥の方へと押し込めて部屋に帰った。 「智洋~っお先! あのさ、今風呂で会長に会ってさあ」  興奮気味に報告する俺を、いつも通り呆れた表情で、それでも頷きながら聞いてくれる。ビデオテープの件は智洋も承知だし、ダビングしたら住所教えてもらって伴美さんに送らなくちゃならないしで、先輩の話に興味がないのは知っていてもついつい話をしてしまう。  ──携なら、良かったなって嬉しそうに──ダメダメ! 携にだって、もうあんまり甘えないようにしなくちゃ。辰だって浩司先輩のことなら携以上に楽しそうに聴いてくれるんだから。  そっか、今度からこういう話は辰とすればいいんだよな。同室の人って誰だろう……押しかけて大丈夫なのか学校で確認してみようかなあ。  智洋の入浴が終わるのを待ってから、二人で遊戯室の談話コーナーに行った。八畳敷きの畳コーナーに大きなテレビがある場所と、二人づつ腰掛けてヘッドセットで視聴するテーブル席の場所とに分かれている。丁度和室の方で目当ての番組を点けていたのでそっちにもぐりこんで一緒に楽しんだ。  半分くらいは知っている歌手もいたけど、新曲は知らないから結構真剣に観ちゃったよ。今度街でCD買ってこなくちゃだなあ。  夏休みに、お気に入りのMDを作っとくのもいいかもしんない。  そのまま消灯前までテレビを観て皆で笑い合って、点呼の後はちょっと早いけどすぐに寝てしまった。目を瞑って演舞のビデオやカタログの浩司先輩のことを思い浮かべては、幸せな気分になってそのまま夢の中へ……。  っていうのは殆ど自己暗示だけど。我ながら思い込みが激しいから催眠に掛かったように寝入ってしまったんだった。  金曜日、土曜日と改めて遠くから携の姿を視界に入れてなるべくさり気なく観察してみた。  清優学園にいた頃、女子に囲まれていることが多く、男子は近寄らなかった。近寄る時は好意ではなく敵意を持ったときだ。  仲良くなれるまでは、そんな携がいつも浮かべている笑みが腹立たしくて、ばっかみてえって思ってた。  今の携は、特定のグループとかではなくクラスの誰とでもそれなりに会話をしているように見える。これは全員男であることの最大のメリットなんだろう。だからといって、特に誰かと親しいというわけでもないけれど、役目柄か副委員長の青野と一緒にいることが多い。  昼休みとかも色々と用事が入るみたいで、正直学校では殆ど接点がない。ただ、毎日顔が見られるから安心感はあるんだけど。  そう考えると、実は中学の頃の方がいっぱい一緒にいて色々話もしたんだなと気付いた。それだけ俺が独占してたってことだろう。  今は違う。微笑を浮かべるときも、あの頃とは全然違うのが判る。ちゃんと目の色で、楽しかったり嬉しかったりするから笑みを浮かべているんだと判る。  そんな携を眺めて、現実感がなくてふわふわしてて。あんまり見つめすぎると気付かれて変に思われるから、そっと視線を外して窓辺に寄って行った。  掃除時間が終わり、もうすぐショートホームルームが始まる。そんな僅かな空白の時間だった。 「カズ~」  背後から、周の声。隣に並んで立ち、腕が俺の腰を回って囲うように窓の桟を掴んだ。 「──どうして寂しそうなのか、なんとなく分かっちゃった」  ひっそりと耳打ちされて、ごくりと唾を飲んだ。 「え……っ、な、なんでさ」  確かに俺なんでも顔に出るらしいけどっ! だからこそめっちゃ気を付けてたつもりなんだけども!  くす、と周の口元が綻ぶ。 「だって、好きなやつのこと、一番見るの当たり前じゃん。その視線の先が気になるのも当然っしょ」  う、と喉の奥で言葉が詰まってしまった。  好きとか、いつも凄くさらっと口にするけどさあっ。俺、言われ慣れてねえから、どきどきしちゃうんだよね……。 「心配性の氷見が忙しい上、なんか擦れ違ってるんだろ? でもそれを誰にも悟らせまいとしてる……違う?」  首を傾げて、二人でグラウンドの方を向いたまま続けられる内緒話。 「──違わねえ、けど」  泣きそうになるのを堪えると、どうしても怒ったような顔になってしまう。それを晒したくなくて、ひたすらグラウンドを睨むように見つめていた。 「ホント、健気だなあ。でも俺も健気だから、そんな風に他の男のことで心の中いっぱいになっててもやっぱり変わらずに好きだよ? というか寧ろそんなところも好きなのかも~」 「それって変態? マゾ? というか、俺の好きと周の好きを一緒の枠に入れんなってば」 「一緒一緒、心の中って容積は決まってるじゃん。その中をどれだけ占めてるかっていう問題なんだから、感情の種類が違っても同じことだよ」  ははっ、と軽く言われたけど、その言葉が妙に心に残った。予鈴が鳴って担任が入って来たから話はそこまでになったけど、窓から離れる時にさり気なくケツを撫でられてそっちに気を取られつつも言葉は頭の中でリフレインしていた。

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