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第92話 この想いは恋じゃない──と思う
「……あ、ごめん。なんとなく解ってきたとこ」
目を合わせると、携が息を呑むのが分かった。
ありゃ、なんか変な顔になってんのかな。ヤバイヤバイ。
自分の両手でパチンとほっぺを叩いて、表情を引き締める。
「ええと、文章にするの難しいな。霜が消えるみたいに、自分も消えてしまいそうなほどに恋しい……そんな感じかな。そういう風に想像したら、なんとなく解った」
「解った……のか? 自分だと思ったら?」
戸惑いながら問い掛けてくる携の瞳は揺れていた。
あー……俺には恋の歌なんて理解できねえって思ってたんだな。まあ、確かにそうなんだけども!
忘れない内に書いておこうとノートに書きこんでいると、暫く黙っていた携が話し掛けてくる。
「恋……してるとか? 今」
「えー? してねえよ? けど、恋じゃなくても似たような感情は湧くもんなんだと思って」
よし、書き込み終了! 一応次の歌にも手を付けといた方がいいのかな。
次の歌は『かきくらし 降る白雪の 下ぎえに 消えて物思ふ ころにもあるかな』だ。うん、全然わかんねえ。
古語辞典も持って来るべきだったかと思いながら、携のを借りることにする。
「携―、辞典借りるな」
「ああ、うん」
応じてくれるのは判っていたので、ちょっとケツを浮かせて奥に置いてある辞書を手にとってぱらぱらとめくった。載ってるけど、余程特別な言葉なのかなんと歌の訳が丸ごと載ってる! ってことは、別の意味を自分で考えろ的な単語なのかこれ。
「下ぎえってなんだろ」
教えての意味も込めてちらりと携を見ると、物思いに耽っていたのかハッと瞳に光が戻った。
「ああ、書いてあるのは雪の下の方が融けて消えるように、だよな」
おおう。何も見なくてもすらすら出てくるんだな。流石携!
「空を暗くして降る雪の下の方が融けて消えるように、すっかりめいって物思いに沈む今日この頃であるよ。って書いてあるってことは、そのまま答えちゃ駄目ってことだよなあ」
「だろうな」
携も腕を組んで頷いている。
は~。すっかりめいってとか物思いに沈む今日この頃とかって、今度こそまんま今の俺のような気がしてならないんだけどさ。
「わざわざ『下ぎえ』と表現するからには、表面上は判らないってことなんじゃないかな」
しみじみと、携が言った。
お? 当たりそうなとこじゃねえから一緒に考えてくれるのかな。
「見ただけじゃ判らないけど、実は下の方は融けてしまって雪じゃなくなっている。そんな風に誰にも気付かれないように心の奥で鬱々と考え込む……そんな状況じゃないかな」
「そっか……うん、そんな感じだな」
やっぱり、携のこと、ちょっと心の距離を置こうとしていることを隠そうとしている俺と一緒だ。うん、この歌なら凄く良く解るな……。
無意識のうちに溜息をついてしまっていた。
あ、マズイ。携に凝視されてる。
「和明、何か隠してる……?」
ヤバイヤバイヤバイ! そんな目で見ないでー! 全部ゲロしたくなるからっ。
「会長と、視聴覚室で何話してたんだ?」
ずばり切り込んできましたね! ひいいっ、半眼になってる! 怖いようっ。
「ああああれはっ、伴美さんと辰に演舞のビデオダビングしてもらってただけでっ」
「ともみ? たつ?」
「智洋のねーちゃんとクラスメイトの難波! 二人とも浩司先輩のファン!」
ああ、と頷く携に畳み掛ける。
「いやあ、連休中にも一緒に遊んで仲良くなってさ! なんと辰って浩司先輩と同じチームなんだぜー。しかもたまたま家でうちの姉貴の持ってる通信販売のカタログに浩司先輩が載っててさ、モデルやってんのも知ったし。すげえ収穫あったんだよ、今回の帰省」
少し表情が解けた携に向けて、俺はとうとうと話し続けた。連休中のあれやこれや。智洋の家に猫がいて、それがめっちゃ可愛いことも熱弁した。まあ、辰にキスされた辺りは流石に言わなかったけどさ。携に追求されないようにと必死で喋り続けましたとも。
これで誤魔化されてくれたらいいんだけどと内心冷や汗を掻いていると、トントンとノックの音がした。
ひょっとしてこれで話の矛先変わるかも?
なんて安堵したのがいけなかった。
入ってきたのは、あのシャールさんでしたよ……。
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