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第97話 甘い尋問

「カズ?」  うわああん! 浩司先輩、背中から抱き締めるみたいにして耳元で呼ぶの反則です~! 「ちょっ、あの……暫くしたらいつも通りに出来ると思うんでですね、放っといてもらえると……。どうぞお気になさらずビリヤードしてて欲しいなーなんて」 「気になってゲームどころじゃねえんだけど」 「動きが不審だよー?」  ウォルター先輩の声、心配してるというより楽しそうなのが判ります。こんな短い付き合いだってのに。  そういえば辰は何も言わないな……。  もしかして、後悔してるとか? 勢いで同情だけで致しちゃったけど、一晩経ったらなんで俺男同士であんなことやっちゃったんだろうとか気持ち悪くなってたりとかさ……。  そうだよな、辰はかっこいいから俺は見惚れたりとかうっとりしたりすることあってもさ、辰から見たら俺なんてちんくしゃだし、せめて女の子なら慰め甲斐もあるってもんだろうけど、ただのクラスメイトの男だもんさ。  ふええっ……まだ五月なのにこの後クラス替えまで毎日どんな顔して会ったらいいんだよー!  ってか、まさに今だよ今! ごめんなさいして部屋に帰りてえよ。どうやってここから脱出したらいいの! 予測できなかった俺、超間抜けすぎる。  カッカしてた顔は、血の気が引いたような気がする。  嬉し恥ずかし浩司先輩の腕の中だってのに、今は辰の方が気になってうっとりも出来ない。いやしてる場合じゃないことは百も承知なんだけども。  爪を立ててコルクをぎりぎりやってると、その上に手を重ねられた。先輩の手は緩んでいない。てことは……? 「カズ? 落ち着いて」  右横にすうっと顔を寄せてきたのは、辰だった。秀麗な口元は、微笑を湛えている。  そのことにちょっと安心した。  触っても平気? なら気持ち悪いとか思ってない? 「大丈夫」  辰がどういう意味を含めてそう言ったのかは解らないけど、それだけでまた安堵感が広がる。どきどきしていた心臓も落ち着いてきて、涙が出そうなくらいにうろたえていたんだと気付いて呼吸を整えた。 「あの、浩司先輩。もう大丈夫みたいです」  名残惜しいけど、勿体無いけど、辰だって浩司先輩のこと大好きなのに目の前でこんなことされるのは凄く気が引ける。だから壁から手を離して先輩の手を解いてもらおうとしたのに、何故だか逆に力を籠められてしまう。 「なんだ? 辰と何かあったのか」 「え、いやそういうんじゃなくて」  怪訝そうな声に狼狽する。  なにかっていうか、そりゃあ何かはあったんだけども! 辰は何も悪くねえしっ。誤解されて辰に迷惑掛かったら困るよ。だけどどう言ったらいいんだ……。 「可愛い泣き顔見せてもらっただけですよ?」  俺が頭の中で色んな言葉と悪戦苦闘していると、しゃらっと辰の声がした。 「あん? 泣いたのか、カズ」  それは本当だから、黙ってこくりと頷く。  それからふと会長が言ってた言葉を思い出した。  『その件に関しては、軸谷の方が頼りになるかな』って。携の件で相談というか、泣いちゃった時、そんな風に言ってたのを思い出した。  てことは、浩司先輩にも相談しろってことなんだろうな。距離の取り方が解るって言ってたよな。  それさえ出来れば、こんな風にみっともない姿晒さなくてもすむわけだし。  何か言いたくて仕方ないという風に耳元で唸られて、また心配掛けているんだと申し訳なく思う。 「浩司先輩、良かったら後で話聞いてもらえませんか」  ぎゅっと抱き締められたまま、お互いに顔が見えないままに囁くようにお願いした。 「勿論。じゃあ、メシの後で部屋に来いよ。あいつはどっかに追い出しとくから」  ちょっと嬉しそうな浩司先輩の声とは逆に、 「ええー、それって酷くない? 俺の部屋でもあるのにっ」  ちょっとわざとらしいくらいにウォルター先輩の歎く声が聞こえた。  その後暫くして周もやってくる頃には俺達は台の周りにいた。和やかに皆でゲームしながらレクチャーしてもらって、いつも通り夕方に解散。そのまま食堂に向かう。  今まで気にしてなかったけど、辰は先輩たちと一緒に食べていた。でも周と一緒の時もあったし、特定の人と一緒なわけじゃないのかも。誰と一番親しいっていうのもわかんないくらいいつも違う人と行動してるか一人だからなあ。  すぐに智洋も席に来て、今日はちょっとスピンのこつが分かった事とかぽつぽつ話しながら夕飯を済ませた。  今日も携は仕事してるのかな……。てか、もしかして俺らとビリヤードなんかやってるからウォルター先輩の仕事のしわ寄せが行ってるんだったり?  今更気がついて、それって大元の原因は俺じゃんと落ち込む。浩司先輩は王子のサボりは知らないのかもだし、俺がちゃんと言わないと駄目だよな。この後部屋に行ったら先輩に訊いてみよう。  いつもの時間になっても姿を現さない携を気にしつつも、俺と智洋は部屋に戻り、食休みしながら月曜日の準備を済ませてから風呂に入った。  ちょっと早過ぎるかなと思いながらも、浩司先輩の部屋のドアを十九時半にノックした。 「開いてるぜ」  声がして、ドアレバーを握ったら中から先に開けられる。出てきたのはウォルター先輩だった。やっぱり早かったかな?

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