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第98話 先輩に打ち明け中

「すみません、ご迷惑かけて」 「いいよ~。じゃあ俺風呂入ってから娯楽室でも行ってるから、ごゆっくり」  流れるようにウインクして立ち去ろうとする背中に、つい声を掛けてしまった。 「あのう、差し出がましいようですが、来週はビリヤードしないで執行部の仕事してください」  ぴたりと足を止めた金髪王子が、にこやかなまま振り返る。 「え?」  しまった、怒らせちゃったかな……。  悪寒が走ったけど、もう言葉は取り消せない。 「だって、今日も携はずっと仕事してたんじゃないですか? 夕食の時間にも来なかったし」  開き直って背筋を伸ばして直視すると、先輩は僅かに首を傾げた。 「そんなに切羽詰まった仕事があるとは聞いてないけどなあ」 「でも、あの……」  本当なら越権行為というか、たまたま仲良くしてもらえているだけで二学年も下の俺がこんなこというべきじゃないのは承知している。だから、これは俺のただの身勝手な言い分なんだろう。だけど……。  ふう、とウォルター先輩は息をつき、今度は優しそうな感じで笑った。 「会長に確認してみるよ。まあ俺からしたら、休日って休むべきなんだよなあ。ホントこの国の人っておかしい」  腕組みをして、ちょっと呆れた感じで。 「すみません……」  先輩の言い分も尤もだから、俺は頭を下げて、「いいよ」と去って行く後ろ姿を見送った。  やっぱり俺からじゃなくて、ビリヤードのこととか会長に言ってみたら良かったかもと後悔した。 「入れよ」  ドアを開けたまま遣り取りしていたから当然浩司先輩にも聞こえていた筈で、いつの間にか背後に来ていた先輩に背中を抱かれるようにして中に入る。  いつだったか先輩が眠っている姿を見てしまった日のことを思い出して、どきんと胸が高鳴った。  ああ……あの時の先輩、めっちゃ色っぽかったよな。キスマークとかいっぱいついてて……。  カーッとなってると、勉強机から椅子を引き出して座るように勧められる。位置からして、こっちがウォルター先輩のなんだろう。お借りしますね~。  浩司先輩は、すぐ傍でマグカップに暗褐色の液体を注いでいる。コーヒーの香り。俺たちの部屋には置いていないから持込みなんだろうけど、キャスターの付いたワゴンにコーヒー豆とかポットが置いてある。  へえ~。確かに禁止されていないからいいのか。思いも付かなかったよ。部室にならシゲくんが色々置いてくれているんだけどね。  差し出されたカップを両手で受け取って、礼を言ってから口を付けた。  ああ、結局俺って本当に弟気質なんだなって自覚するのはこういうとき。誰かに何かしてもらうのに慣れすぎていて、自分で居心地良くしようとか給仕しようとか、思い付かないんだ。こういうの、悪いとこだよな。  クリームパウダーがたっぷり入った甘い飲み物に、胃だけじゃなくて心も落ち着いてくる。先輩は斜め前くらいの位置で同じように腰掛けてブラックで飲んでいる。  やっぱりかっこいい……!  て、見惚れてる場合じゃなかったっけ。 「前に、会長に言われたんです。仲の良い友達と距離を取りたくなったら、浩司先輩の方が頼りになるって」  半分ほど飲んでから、膝の上に置くようにして両手で包み込む。  片手で持ってもう片方の腕を背あてに載せるようにしてカップを傾けていた先輩は、訝しげに眉根を寄せた。 「ええと……まず俺が泣いてた理由、話しますね」  そうして、訥々と今までの経緯と今感じていることを有りのままに話した。  中学校の二年間、ずっと二人で一緒にいたこと。携と周囲の人の関係性。そして今現在の携と、それに対して俺が感じてしまった疎外感と独占欲。  そんな自分が嫌で、仲の良い友人の一人になりたくて……それが出来るように心の中を整理するには、どうしたらいいのか。  そんな内容のことを、今まで感じた通りに自分の言葉で話した。  浩司先輩は黙ってそれを聞いてくれて、最後に唇を結んだ俺の頭に手を載せると、いつもするように撫でてくれて。また涙が出るかなと構えちゃったけど、昨日の辰のお陰か少しは落ち着いたみたいで……先輩の前でみっともない顔晒さずに済んだ。 「なるほどな……それにしても大野のやつ……」  ふんわり撫でてくれながらも歯噛みして、浩司先輩はふうと息をついた。 「相談っていうかな、結局はそれって時間が解決してくれるんだけどな……俺の場合はバイクで走ることにハマって、それが逃げ道にもなったんだ」  前置きのようにそう言って、先輩はどう説明しようかと思案しているようだった。

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