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第99話 「あいつを信じろ」

「手っ取り早い解決方法なんてねえよ。それに俺の場合とカズの場合とじゃ、決定的に違うもんがある」 「違うもの?」 「そ。俺の親友の場合、嫉妬の対象は恋人。女だったからな。  つまり、俺は親友としてのポジションは失ってねえんだよ。ただ、優先順位が変わって……それまでは毎日一緒にいて、なんでも話し合ってお互いに知らないことなんてないくらいだったのが、それぞれの時間が出来て……。  まあ最初は受け入れられなくて、彼女じゃなくて親友の方に嫌味ばっかり言ってさ、今思い返すだけでも自分が最低だったと思う。それでもあいつは俺のこと待っててくれたな……。  今は本校の方で彼女と仲良くやってるよ。俺も、その彼女にとって男の中で一番の友人なんだとさ」  苦い笑みを浮かべてふいと窓の外に振られる視線。寮の中庭や向こうの山を見ているんじゃないだろうなって思った。 「だから、アドバイスなら出来る。絶対後悔するから、氷見にもそのシャールってやつにも態度に出すな。  自分が傷付くのはいい。それも含めて自分の感情で……そりゃあ、俺からしたらカズが傷付いて項垂れたり泣いたりしてんのは気になるしほっとけねえって思うけどさ。だけど、どんなに苦しくても八つ当たりしないこと。それくらいかな……まあ、結局はそれだって自分のためなんだけどな」 「自分のためになりますか……」  いい人で居続けることが自分のため? 体裁が悪くなるからとか? 「俺みたいに元から周囲から浮いてる存在ならともかく、お前がそれやったら性格悪いって悪印象が広まって、いじめられたりするかもしれねえだろ。  それに、俺のときみたいに許して受け入れて親友のままいられない。少なくとも心の中での立ち位置がな……氷見の中で、ただのクラスメイトとか、昔は仲良かったけど今はいなくてもいい、なんてなりたくねえだろ?」  ──今はいなくてもいい。  ふと、視聴覚室から出て行くときに見せられた、心のない表情を思い出す。  あの時の胸の痛みを憶えているから。その後いつもみたいに笑いかけてくれたときにどんなに安堵したかも思い出すから、それだけは絶対に嫌だと断言できる。  嗚咽が込み上げてきて、それを抑えようと必死になっていると体が震えてしまっていた。 「ごめん」  頭から滑り降りた先輩の手の平が肩を撫でて、両手でぽんぽんと肩を優しく叩いてから包み込む。 「もうちっとやんわり言えたらいいんだけどな……」  肩から腕へと擦りながら、首を振った俺を宥めるように、また言葉は続く。 「けどな、俺から見ている限りじゃ、あいつにとっての一番はお前だよ。ほかの大勢の中で一人になんてなれっこねえ。オンリーワンだ」 「え……?」  どうしてそんなこと断言できるんだろう。  ぽかんと見上げる俺に苦笑しながら、これって本当は秘密だったんだけどと呟いた。 「前もって言っとく。俺は誰がどう言おうと、お前のことは後輩の中で特別だったしこれからもそうだ。だけどな、それって俺の心の中の問題で、他のヤツにはわかんねえだろ? だからさ……四月のいつだったかな。まあ入学して一週間かそこらでさ、氷見がわざわざ俺に頼みに来たんだよ。カズのこと、気を付けて見守って欲しいって」 「え……!?」  ますます目を見開いてしまう。そんなの全然知らないし! 「そりゃあ必死だったぜ? あん時の氷見。まるで生死がかかってるみてえな真剣な顔でさ……。自分一人じゃあ目が届かないからって。そんなの、普通の友達だったらわざわざしねえだろ。殆ど口もきいたことない俺相手に頭下げてさ」  浩司先輩は少し上を見上げて、その時のことを思い出したのかくすくすと笑った。  だからな、ともう一度俺の目を覗き込んだ先輩は、真摯な眼差しで静かに断言した。 「あいつを信じろ」  先輩の声が、しっとりと耳に、心に沁みこんで行く。  ──携を、信じる。  それは、少し前の俺が無条件で無意識にしていたこと。  それなのに、いつから俺は……?  確かに、こんな状況になったのは初めてで。もしも中学時代に他の誰かと携が親しくなっていたら、今と同じような心境になっていたのかなんて、想像したってわかりっこない。 「言うのは簡単だけど、実行するのは難しいよな。無条件に信じるなんて、そんな相手がいるなんてさ、それだけで大したことだと思う。一生掛かっても、そんな相手には巡り逢えねえかもしれないだろ」  そうだ。会長もそんなことを言ってたっけ……そこまで親しい人間がいるのが羨ましいと。 「その上で、今のカズの気持ち、率直に言ってみろよ。本人には言えてないんだろ? 我慢して泣いてるくらいだから。ちゃんと氷見に伝えてみろよ」 「携に」

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