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第101話 嘘
「あの、ウォルター先輩、シャールさんはいつもは何処で生活してるんですか?」
一人で色々考えている顔を三人に見つめられていたらしく、視線を戻すとばっちり目が合ってしまった。
「シャール? ああ……そうだな、あっちにいるのかな」
ゆったりと肩を竦めて、その隣では多分会話の内容がさっぱり理解できないだろうに黙って辰が俺を見つめている。少し心配そうな顔で。
「あの人はねえ、まあ社長もそうだけどさ、あっちとこっち行ったり来たりしてるけど基本的には別館の執務室近辺にいるよ。ただ、承認されていないと通路自体が繋がらない。俺と携は行けるけど、一般生徒は立ち入り禁止だからね」
なんだかそれって秘密なんじゃないのと思うようなことをさらりと言われ、浩司先輩までもが不審そうに眉根を寄せた。それを見て、ウォルター先輩がしいっと唇に人差し指を当てる。
「これ以上は内緒」
ふふ、と微笑んだ顔はいつもの先輩だったけど、俺たちの間には微妙な空気が漂ったままだった。
先刻の言葉を頭の中でリピートする。
金髪王子と携は入ることが出来る──これって、省略しているだけかもしれないけど、もしかしたら本当に二人だけしか入れないのならば。つまりその中には生徒会長も含まれていないってことだ。
どういうことなんだろ……。
ウォルター先輩は、外国人繋がりで何か別の関係があって、ただの生徒と社長の関係じゃあないんだろうけど。
じゃあ携は? シャールさんと仲が良いから? それだけで立ち入り禁止の場所に入れてもらえるのかって言ったら、流石にそれはないだろうと即座に否定した。
「ま、点呼までには戻るだろ」
浩司先輩が、背中を抱いてぽんぽんと励ますように叩く。
「大丈夫だよ、何か問題があれば三年で対処する。カズは明日の朝ちゃんと笑顔でメシ食えるようにしっかり眠ること。な?」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、そっと覗き込んでいる浩司先輩の優しい瞳とぶつかり、手の温もりと相まって肩の力が抜けて行った。
悪い方にばかり考えちゃ駄目だ。俺だって携に言っていないこととか、最近は増えちゃってるし。だったら携だって、俺に言えない事があるに違いないんだから。
今日はもう無理でも、明日学校で話し掛けたらいい。いつなら時間が取れるか確認して、二人きりで今度こそ俺の思っていること、感じていることを隠さずに言うから。
そうしたら、きっと……前みたいに当たり前に信じていられると思うんだ。
消灯前の点呼の時に何とか確認出来たのは、ぎりぎり携は帰寮が間に合ったらしいということだった。何しろこっちの部屋はどちらかと言えば入り口から近い位置にあるのに対して携の部屋は一番奥の端っこだから、廊下で整列して待っているときに「居るな」っていうのは判っても表情とかが判るような距離ではない。昼でも星が見えるほど視力が良い人たちならともかく。
余程消灯後にこっそり行こうかと思ったけど、智洋に不信感もたれてもあれだし、大人しくその日の午後の話とか智洋と喋ってから眠った。
翌朝からジョギングがしたいと言い出すと、一も二もなく賛成してくれた。テニスをやってるくらいだし、そういう体力作りも好きみたいだ。最初は軽く園内の塀沿いの小道を走ることに決めて余裕を見て六時起きに決定。ちょっとわくわくしながら眠りに付いたんだった。
二人とも時間通りに目覚めてストレッチしてから走ってみると、結構沢山の人が走っているのを知った。特に三年生は殆ど全員じゃないかっていうくらいバラバラと様々なペースで走っていて、長距離が好きな人は申請して学園外のロードワークに出ていたりするらしい。皆熱心だなー!
そのまま汗を拭きつつ食堂に行くと、定時に携もやって来ていつも通りの挨拶を交わしながら首を傾げられた。
「もしかして走って来たのか?」
いつもは部屋着か制服だけど、今日は二人とも上下スウェットだからだろう。
「ん。応援の練習にも慣れて疲れなくなったし、運動不足になりそうだからさ。毎朝智洋と走ることにしたんだ。良かったら携もどう?」
ほんの少しだけ期待していなかったといえば嘘になる。三人一緒で構わないから、プライベートな時間を少しでも一緒に過ごしたかった。
携は迷っているようだった。箸を持った手を止めて、唇を薄く開いて嘆息した。
「いや……参加したい気持ちは山々だけど、無理かな。実は朝もぎりぎりまで勉強してるから」
「そっか」
一を聞いて十を知るとまでは行かなくても、応用力と記憶力に長けている携のことだから、授業や課題がそこまで時間を奪っているとは思えない。ずっと昨日も不在だったことを思えば、他の用事で拘束されて普段通りに出来ていないんだろうかと思う。
「あのさ、昨日さ……何処行ってたんだ?」
逡巡して、声を潜めて尋ねた。言ってしまった後で、これじゃあ余計に変だと気付く。普通の調子で軽く訊けば良かった……。
隣では智洋も聞き耳を立てているのが判る。その辺りは話していないから驚いているだろう。それでも手と口は止めずに、食事を続けて何気なさを装っている。
「ああ、もしかして部屋に来た?」
「うん、話があって。ほら、こないだも途中やめみたいな感じだったしさ」
なんでか後ろめたい俺とは逆に、携は普段と変わらないように見える。
「ごめんな。ずっと学校の用事で校舎の方に居たから」
──普段、そう……清優学園でそうしていたような笑顔を浮かべて。
携が、俺に、嘘を吐いた。
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