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第102話 お願いだから、信じさせていて

「そ、そう……」  昨日、ウォルター先輩が俺に言った事が嘘だったわけはない。浩司先輩や辰がいるのに、会長の名前まで出して偽りを言うはずはない。  それなのに、どうしてそんな意味のない嘘を?  それとも、執行部以外になにか先生に頼まれている用事があるとか? 「執行部って大変なんだな」 「まあそれなりに」  一縷の望みを込めて鎌をかけたのに、あっさりと首肯した携は、食事に手を伸ばした。  ──執行部に、急ぎの用事はない。会長ですら午前で切り上げて部室は出たと言う。昼も晩も寮に戻らないで、それじゃあ一体携は何してたんだろう。  何処で、誰と……。 「じゃあ、昼休みとか時間ないかな? 図書室行きたいのは判ってるんだけど、たまにはさ」  それでもめげずに食いつく。浩司先輩に背中を押された今しか、勇気が出ないかもしれない。お願いだから今日少しでも話をさせてくれ。 「あー……昼休みは用事が」  咀嚼したものを飲み込んでから、歯切れ悪く答えられ、流石の俺も鼻の奥がつんと痛くなってしまった。  なんでだよ……。そりゃあ日課みたいになってることだからさ、行かないと何か納まりが悪いというかそんな気分になるのかもしれないけどさ。  でもここで俺が諦めたら、もう終わりって気がした。 「五分とか十分でも駄目? 大事な話なんだ」  俺にとっては。  全然食事に手を付けずに喋り続ける俺を、智洋が横目でちらちらと心配そうに見ている。もう泣きそうなくらい切羽詰まってるのは確かだった。  ようやく携も手を止めて、顔をこっちに向けた。自分でも判るくらいだから、今にも涙が零れそうな目になっているんだろうなって思う。わざとじゃないんだけど、これでも駄目なら……もう。 「ごめん。外せない用事なんだ。当分昼休みは潰れるし図書館にも行けない。放課後も多分無理」  心底申し訳なさそうに瞳が揺れて、箸を置いた手が持ち上がる。そのまま伸ばしかけた手が宙で止まりぎゅっと握りこんで自分の膝に下りていく。  その手と瞳を見ながら……俺は喉の奥で固まっていた息を飲み込み、すんと鼻を鳴らしてから顔をトレイの方に向けた。 「わかった……」  蚊の鳴くような声で呟き、ようやく朝食に手を付ける。  味なんて判らなかった。ただがむしゃらに詰め込んで咀嚼しては喉の奥に押し込むようにと嚥下する。その繰り返し。  信じるって、言葉は簡単だけど、実際には難しい……。  先輩に言われたとおり、俺がオンリーワンなら。こんなことってあるんだろうか。素直に自分が一番の親友だと思い込んでいた頃の俺を殴ってやりたい。そんなだから、今になって手を離される。見放されたんだ。きっといい気になって携の気分害してたんだ。  だって、どんなに忙しくたって、これから先放課後もずっと会えないだなんておかしいだろ。俺、ちゃんと五分でもいいって言ったよな?  ──日常生活って、無意識にいつもの行動をトレースしてるものなんだな。  殆どその後の記憶もないのに、俺はちゃんと自分の教室で授業を受けて、気付いたら昼休みになっていた。  給食の途中で放送部が流している内容に何か面白いものがあったらしく、片付けをしながらもクラスメイトたちはかしましく喋っている。辰と周も興味があるみたいで、行ってみようかなんて話し合ってて。内容も何もかもが耳を素通りしていくということだけ自覚したまま、ふらりとトイレに行ってから中庭に出た。  丁度藤が見ごろを迎えていて、淡い紫色の中には珍しい白の花も混ざっている。ここに来るまで見た事がなかったけど、ちゃんとそういう種類のものがあるって教えてくれたのも携だった。  藤色っていうくらいなのに、おかしいよな。  ふわりと微笑んで──。  両手を拳にして、藤棚を見上げたまま瞼を押さえた。そうしていないと、また涙が零れそうで。  秘密も隠し事も、少しくらいあったっていい。全部知りたいなんておこがましい事は言わないから。  ついた方がいい嘘とか優しい嘘があるっていうのも解ってる。  だけど、だけどさ……。  大野会長も、ウォルター先輩も、他の一年よりかは俺は近い場所に居る。そんなこと当然知っている筈の携が、ちょっと尋ねて回ればすぐにバレるような意味のない嘘を吐いたことにがっかりしてるんだ。  そう、がっかりっていうか……見くびられてるっていうことが悲しい。

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