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第104話 智洋からの提案

 夕食の席にも、携は現れなかった。  ただ、俺たちと入れ替わりに会長は食堂に来ていたし、ウォルター先輩も浩司先輩と一緒に食べているのを見掛けたから、多分執行部の用事じゃないんだろう。放課後も無理だろうって言ってたのはそういう意味か……これからは、朝食の時しか一緒にいられないのかもしれない。  そう考えると、例え智洋や近くの席に聞かれたとしても、食堂で言ってしまった方がいいのかもしれないとまで思ってしまう。  恥ずかしいし、携にも迷惑掛けちゃうだろうけど。  折角同じクラスでも、昼休み以降は他のクラスのヤツにまで話し掛けられることが多くなっている携には、容易に近付けそうにもない。かといって寮では朝しか会えない。  じりじりと追い詰められている気がして、これ以上疎遠になりたくないっていう気持ちがイライラを募らせる。  かろうじて応援の練習の時には集中していられるのは、浩司先輩の圧倒的なオーラのお陰だろう。だけど授業中にも不意に物思いに耽っていたりして、気付いたら起立の号令がかかっていることもあったりで、けして成績優秀なわけじゃない俺はヤバい状態に追い込まれている。  せめて自室で復習しておこうと教科書を開いても、全く集中出来なかった。 「なあ、和明。口出ししない方がいいと思ってたけどさ……やっぱ氷見と何かあったんだろ」  キィ、とキャスターの付いた椅子が軋む音がして、声に振り向くと智洋が立っていた。 「いや……何かあるほど話も出来てねえし。俺の気持ちの問題、かな」  実際、喧嘩できるくらいに心の中を吐き出している状況ならこんなことにはなっていなかった。ここまで、機会はあった筈なのに俺が自分でふいにしてきたんだ。言いたいことも言わずに、自分の頭の中で勝手に判断して決めてしまって。  そうしたら、今度こそ言おうと決心した途端に、出鼻を挫かれてタイミングを失ってしまった。  携は自分の仕事をしているだけだ。それに翻弄されて右往左往しているのは俺だけ。  椅子を回して向き合ってみたものの、経緯を思い返しても喧嘩も言い合いも何もなかったんだなと思い知る。智洋に言うべき言葉が見つからなくて俯いていると、今度はしゃがんで下から顔を覗き込まれた。 「前にさ、和明と氷見みたいな唯一無二の友人関係羨ましいって言ったよな……そうじゃなくなりそうで不安になってるのか? 同じクラスにいるのに、全然話も出来ないとか?」  こくんと頷くと、不思議そうな顔をされる。  そりゃそうだよな、一日何時間も同じ教室にいて、休憩時間に一言も話せないとか普通はないよな。  そこで今日の昼休み以降の騒動も説明すると、ようやく納得したように吐息した。 「朝さ……智洋も聞いてた通り、昼休みが全部潰れるのは解ったんだよな。あのシャールさんと携って凄く打ち解けてて仲もいいし、書記の仕事にも思えるけど一応あれだって執行部の仕事でさ。だけど、昨日から夕飯も食べにこねえし、一体何処で何してるんだろって。それは会長たちも知らないことなのに、朝まるで執行部の仕事してるみたいに言うから、それで悲しくなっちゃってさ……」  瞬きと同時に、雫が零れ落ちて、膝を突いている智洋の服に染みを作った。 「あっ、ご、ごめん!」  椅子から飛び降りて自分のシャツでそれを拭おうとしたけど、当然ながらもう沁みてしまったものはどうにもならない。  それでも未練がましく擦っていると、智洋の腕が伸びて抱き締められていた。 「んなのいいよ、いいからさ」  互いに床に膝を突いたまま、ぎゅうっと肩口に顔を埋めて、Tシャツ越しに伝わる体温に安心する。 「そういうすれ違いってさ、つれえよな……」  感情をぶつける相手がいなくて悶々とするのが、俺には不似合いだというか。それもあってどうしたらいいのか判らなくて。しかもすぐに顔やら態度に出てしまうもんだから、こうやって周囲に心配と迷惑掛けて……。  しばらく背中を擦ってくれていた智洋が、ふと思い出したように顔を上げる気配がした。 「こないださ、うちの姉貴に手紙書いてたじゃん。時間がないなら手紙に書いて渡してみたら? それならいつかは読んでくれるだろ」  え?  思ってもみなかった案に俺も顔を上げて、至近距離で見詰め合う格好になってしまった。  確かにビデオテープを送るときに手紙も書いた。ただ、文章力がないから最近の浩司先輩の様子とか簡単に書いただけだけど、それでも喜んでくれたらしくてテンションの高い返事が届いてびっくりしたっけ。  そっか……手紙かあ。 「サンキュ! 智洋。伝わるような文章書けるか自信ねえけど、やってみるよ」 「ああ。このまま黙ってウジウジしてるより絶対マシだから。それに、元気な和明が好きなんだ」  てことは元気ないように見えてたんだな。ごめんな。 「智洋、ありがとな」  優美なラインを描いて吊り上がっている目を細めて微笑んでいる首に、噛り付くようにして抱き締め返した。  ついでにそっと首筋に唇を寄せると、慌てて体を離されてしまって。真っ赤になっている顔を見てつい噴き出してしまったら、「からかうなよ」ってこつんと軽く拳骨をくらってしまった。

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