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第106話 【幕間】届かなかった想い
その光景が目に入ったのは、本当に偶然だった。
同室者は一足先に登校していて、鍵を掛けながら何気なく視線を向けた先に、あの忌々しい存在がいて、同じクラスの学級委員と真剣な顔で向き合っていたのだ。
二人がこっちへ向かってくる時にさり気なく背を向けてやり過ごし、ポケットに鍵を入れながらすぐ後ろをついて行く。
特に何かを話すでもなく、何かしら硬い雰囲気の二人をいぶかしみながら……。
だから、偶々先ほどちらりと見えた物体が、端っこを手提げ鞄の外ポケットから覗かせているのを見た時、殆ど意識することなく手を伸ばしてしまっていた。
中身は紙切れ一枚だろう薄っぺらいペパーミントグリーンの封筒を指先だけで摘まむのは簡単だった。特に力を入れなくても歩行の振動に合わせてするりと抜け出し、それをそのまま自分のポケットに収めた。
これを持っていたのが逆だったなら、手は出なかったかもしれない。けれど……。
以前に一緒にいるのを見かけたときには、もっとずっと幸せそうにしていた二人が硬い表情をしているのを見て、これは何かあるとつい手が出てしまった。
こんな状況だから、この中にはきっと大事な情報が詰まっている筈だ。
ひとりほくそえみながら校舎に入ると、一旦教室に鞄を置いてから足早にトイレに向かった。念の為個室の鍵を掛けてから、ぺりぺりと糊で封をされている部分を剥がす。
読み進めるうちに、これは使える、と心の中で快哉を叫んだ。
仕掛けるタイミングは、近い。
もう一人の騎士 役さえ離れている時を選べば、計画を実行できるだろう。
暗い笑みを浮かべて優太郎は封筒ごと手紙を握り潰し──思い直してそれを広げてから、上着の内ポケットにギュッと押し込んだ。
親愛なる携へ
突然手紙なんか渡してゴメン。元気かな。毎日会っているのに変だよな。忙しくしているみたいで、体調崩していないか心配です。太陽には弱いけど、頭脳労働がメインみたいだし、大丈夫なのかな。
それにしても、年賀状さえ出したこともないのに、なんだか変な感じです。
でも、ずっとずっと言いたかったこと。きちんと伝える時間がとれないようなので、苦肉の策として手紙にしました。
実は智洋の提案なんだ。智洋も、俺と携がぎくしゃくしているの心配してくれています。
勉強の合間にでもいいから、すぐじゃなくてもいいから、いつか読んでもらえると期待して書くことにしました。
携、俺、中学の時にほとんど無理矢理にくっついて回って、今ではとても反省してます。仲良くしてくれてありがとう。一番長く一緒にいた携が、最近あの人と一緒にいるときに見せる自然な笑顔が苦しくて、それを誰にも言えなくて。
俺にとって、携は一番大切な存在だったんだと、今になって気付きました。
何をしても、携はこう言ったとか、思い出します。
携にとって、俺がどういう存在なのか、またいつか教えてくれたら嬉しいです。それがどんな答えだったとしても、納得できるから。出来るようになるから。
ただ、俺にとってはかけがえのない存在で、あの人に向ける笑顔が俺だけのものじゃなくなったことに勝手に腹を立てて、挨拶だってわかっているのにキスするのを見ては悔しくなって。
俺だけを撫でていてくれた手の平が、もう傍にはないこと。思い知るたびに胸が痛いです。
重いことばっかり書いてゴメンな。本当は直接伝えたかった。だけど部屋にもあまり戻っていないようだし、戻っても勉強に追われているみたいだから、せめてと書いてみたよ。
これについて、気持ち悪いとか鬱陶しいとか、そんなのでも構わないから。
いつか時間が出来たら、話をして欲しいです。
大好きな携と、このままどんどん疎遠になるのが怖くてたまらないから。
どうか、何処が駄目だったのか教えて欲しい。
直すように努力するし、そんな問題じゃないほどに距離を置きたいのなら、もう、一人のクラスメイトとして以外に近寄らないから。
和明
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