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第109話 智洋がルームメイトで良かった

 呆然としたままの俺をベッドに腰掛けさせて、智洋が寄り添うように隣に腰を下ろす。手紙が入ったまま、封筒はまた手の中でくしゃりと握り潰されていた。 「どうしよう、智洋……これ、どういう意味だと思う……?」  一番好意的な考えは、読み終えてから捨てた、だろうと結論した。封があいていたかどうかも尋ねるべきだったと後悔する。  読まずに捨てた──どっかのヤギの歌みたいに笑える状況だ。それが最悪のパターンだろうというのも解っている。だからこそ、一縷の望みを込めて、読み終えて不要になったから捨てたんだと解釈するしかない。  だけど、それでも。  古くなって置き場所に困ったならともかく、俺だったら絶対に手紙をそんな風にして捨てたりなんかしない。差出人の目に付いた時、それが相手を傷つける行為だっていうのは解りきっているじゃないか。  それを承知でそうしたってことは……相手が傷付こうがどう思われようが、構わない。そう、思っているってこと……なのか?  無言でただ俺の肩に載せている智洋の手に、力が込められた。痛いほどに。 「俺、ホントにもう、携にとってどうでもいい存在になっちゃったのかな」  震えすら止まるくらいに、行き着いた答えに打ちのめされる。項垂れて、後はもう言葉も出てこない。情けなさ過ぎて、涙すら出てこない。  そうか……俺はもう、友達の枠にも入ってないんだ……。 「っくそ!」  きっと智洋も、色んなパターンを考えてくれていたんだろう。口には出さないけど、同じように思ったからこそ漏れたのだと思われる罵声。拳でマットレスを殴りつけ、それからゆっくりと深呼吸した。 「いいか、和明。本人に確認が取れるまでお前はもう何も考えんな。こうなったらもう白黒はっきりつけるしかねえだろ。いいよな? 俺が介入しても」 「……え? 何する気なの」  介入って。  思わず見上げてしまった。 「俺が直接話させてやる」  意志の強い光を宿した肉食獣のような瞳に見つめられ、そのまま身動きを忘れて見入ってしまう。  不思議だ……智洋が断言したら、それは当然出来ることなんだって確信して安心する。波間に揉まれる小船のように不安定だった心が安定して、すうっと凪いだ水面にたゆたうかのように。  こくりと頷いて、ありがとうと囁いた。  少し遅くに、久し振りに智洋と二人で大浴場に行った。あれだけ嫌がっていたのに、入学当初の頃みたいに同伴してくれたのは、一人にするのが不安だったからだろうと思う。それから演舞のテープを持ってもう一度談話室に向かった。いくら落ち着いてきたといっても、動揺は隠せない。もう本番は明日だというのに、これじゃあ皆にも浩司先輩にも恥を掻かせてしまう。  もう何度も観たビデオテープを真剣に見つめて、心の中から手紙のことを追い出そうと努めた。そんな俺に黙ってずっと付き合ってくれた智洋。きっと自分だってやりたいこととかあるだろうに……。  いつも迷惑掛けてごめん。  そう言うと嫌がるから、いくらでも言うよ。ありがとうって。  智洋がルームメイトで良かったって、心からそう思った。  点呼の後、脳内で演舞のイメージトレーニングをしながらいつの間にか眠ってしまっていた。  こういう時って単純な自分で良かったって思う。とにかく余計なことは考えないように、ひたすら演舞のことだけ考えて、智洋と二人でジョギングに出た。帰ってからシャワーを浴びてゆっくり目に食堂に行くと、丁度携が食器を返却しているところだった。  胸の奥から込み上げてくるものと戦いながら挨拶を交わすとき、携の瞳が何か言いた気に揺れるのに気付いた。  なんだ……?  もしかしたらと淡い期待が膨らむのを止められない。  今からでもいいから、手紙のことを何か言って欲しい。うっかり失くしてしまったから、体育会の後で少し話をしないかって。  それだけで、俺は信じていられるから。頼むから、言って……。

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