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第113話 演舞本番

「赤組のーーーーっ、勝利を願ってーーーーっ、さんっさんっななびょおーし!」  浩司先輩を役員席正面中央に、その後ろに二列横隊で整然と並んだ俺たちは、掛け声からの三三七拍子。大太鼓は森本先輩が全て一人で叩く。細く見えても力持ちだ。  それから二本の演舞に入る。全て太鼓の音だけが頼り。観覧席もこの時ばかりは息を詰めてじっと見守っている。  ドン、ドッドド、ドン、ドッドド。単調でゆっくりめな音に合わせて舞うのは、ニューエレガンス。普段はニューエレと呼んでいて、習ってはないけれど部活動で正式な団員になるとエレガンスという型も習うらしい。太極拳のように流れるような円を描く動きが特徴で、見ている分には優雅だけど中腰で片足ずつ捌いたりするからめっちゃ下半身の筋力いるんだよな。  舞い終えて、ドンっと一旦基本姿勢に戻る。次はマドロスだ。誰が名前考えるんだろうね?  ドドドドドドドドドンドンドンドン、聞いているだけでも森本先輩の筋力が並みじゃないのが判るテンポの速いリズムに合わせて、素早く直線的な動きが特徴のマドロス。剣舞と似ている感じかもしれない。  全員が足を捌く度に、シュッとかバサッとか衣擦れの音が空を切り裂く。俺たちは短ランだけど団長の浩司先輩だけは長ランで、殆どが中腰なものだから裾なんて勿論地面について砂だらけだ。本番以外着られない訳だよ……。  受験の時もこれくらい集中してたなって後から気付く位、頭の中を真っ白にして兎に角爪先から頭のてっぺんまで意識して舞った。「あした!」と全員でお辞儀すると、わあっと割れるような拍手と歓声に包まれて、退場してから皆で次々に肩を抱き合ってお疲れ様と言い合った。  自分でも、凄く凄く頑張ったと思う。  何よりミスをせずに浩司先輩の足を引っ張らずに終わって良かったと心から安堵した。  三年生同士で背中を叩き合っていた浩司先輩がやってきて、「おつかれ」と頭を撫でてからギュッと抱き締めてくれた。  安堵しながら、視線は観覧席をうろうろと彷徨う。  携、ちゃんと全部見てくれたかな……。  ゆったりと余韻に浸る間もなく、さっきまで自分たちがいたグラウンドに白組が整列しているのに目を遣る。他のメンバーも当然退場門のぎりぎりラインにずらりと並び、敵の演舞に見入った。  みっくんは、普段はにこにこしていてアイドル的存在で優しさを体全体で感じさせる人だ。だけどちやほやされるだけじゃなくて、ぐいぐいと皆を引っ張っていく、そんな魅力も備えている。発声だって、浩司先輩よりは高いけれど太くてしっかりした声が出るし、きりっと引き締まった表情はとても男らしい。浩司先輩は笑顔がレアで、みっくんは真剣な顔がレア。言ってしまえば、そんな風に対極的な二人が敵同士になっているなんて、流石生徒会長は慧眼だ。  俺たちとは違うリズム、異なる振り付けの演舞が終わり、同じく割れんばかりの拍手に送られて、白組の連中も退場門に向かってくる。俺たちは道を空けながら口々に挨拶を交わした。  さて教室で学ラン脱いでこようかなと思ったところに、間近で静かなシャッター音。音の出所を探すと、片膝を突いた会長が一眼レフを構えてシャッターを押し続けていた。俺が気付いたことに気付いてカメラから顔を離すと、手でもっと寄れという合図を送ってくる。いつもの眼鏡は折り畳んでジッパーを少し下げたところに引っ掛けてあった。  寄れってどっちにとか考えていると、ぐいと肩を抱かれて心臓が飛び跳ねる。 「はにゃっ」  咄嗟に変な声が出て、プッと吹き出したのは浩司先輩だった。 「俺もー俺もー」  なんか声がして反対側に森本先輩が来て、会長がパシャッ。 「谷本も来いよ」  浩司先輩が声を掛けて、森本先輩に腕を引かれた周もファインダーに納まりパシャッ。  後はもう、カメラに気付いたみっくんや他の団員も寄って来て揉みくちゃにされながら、気が済むまで撮影されまくり。  いつか会長に言った〈浩司先輩とのツーショット写真〉、ちゃんと憶えててくれたんだなあ。  その間に仮装行列が始まり、いろいろな格好の生徒たちがトラックを回って本部席前でちょっとした出し物をしてから退場していく。水戸黄門をやっているところもあれば、なんとかレンジャーみたいな戦隊物もあり、そして智洋たちのグループはどうやらアルプスの少女らしかった。  おじいさん役の智洋も、「クララが立った!」のシーンの後は、女装したハイジ役の子やヤギの着ぐるみの奴らと腕を組んで飛び跳ねるように回って踊っていて、おかしくてついつい笑ってしまった。  うう、ごめんな、智洋。  その次は赤白対抗の騎馬戦だった。辰が大将で周が馬で出るって聞いてたけど、乱戦で見つけ出すのが大変だった。視線を彷徨わせている時にうっかりサトサトが目に入り、錯覚かと二度見してしまう。  うあ、ほ、本物だ……!  白組なんだけど、いつもの薄い表情のままひょいひょいと敵の手をかいくぐり背後からサッと鉢巻を奪っている。  うーん……意外な特技なのかも。  総合で赤組が勝利して、ほうっと息をついた。  最後の種目は、部対抗リレーだ。とはいえ、完全にイロモノ競技なのでクラスも組み分けも関係なく、どちらかというと部員勧誘目的のようだ。殆どが運動部で占められている中、人数が少なくて困っているらしい演劇部が参加していた。その中にさっき本物の女子みたいに可愛く化けていたハイジ役の生徒がいて、今度はドロシー役で出ていた。実を言うとその人だけじゃ判らなくて、ライオンとブリキの樵と案山子、それに犬の扮装をしているのを見てようやくピンと来たわけなんだけど。  テニス部も出ていたから、智洋がラケットにボールを載せて走っているときに声を掛けると、ちらりと視線を投げて微笑んでくれた。  そんなこんなで結局俺は着替えるタイミングを逃し、学生服のまま整理体操をして閉会式を迎えた。  集計の結果、なんと赤組の勝利! 何かの特典があるわけじゃないけど、慰労会も兼ねて明日は昼食の後も食堂を開放して軽食とスイーツ食べ放題にしてくれるらしい。応援団は談話室を貸し切っての打ち上げもやるらしくて、今から凄く楽しみ!  全員で校庭の後片付けをしながら、携の姿を探した。  この後十七時からは校庭でキャンプファイヤーがある。その時に薪にするから、看板に使っている木材も全部ばらしてしまうので、携もそれを手伝っていた。  俺は鉄杭を引っこ抜きつつロープを回収する作業をしながら、ちらちらとそれを確認する。  ひと段落したら、後で時間取れないか訊いてみよう。  もうこの際場所は何処だっていい。静かな場所で二人きりじゃなくてもいいから、とにかく携とちゃんと話したいと思う。  十六時半になる頃には、薪も組み上がり追加で燃やすという仮装の衣装も横に無造作に積み重ねて、それぞれ軽く休憩したり着替えをしたりとばらばらになっていた。  いつの間にか携の姿が消えていて焦りつつも、取り敢えず着替えようと教室に戻る。夕方になれば少し涼しくなるとはいえ、炎の傍なら熱い筈だし、借り物の学生服に火の粉でも飛んで来たら大変だ。クリーニングも学園側でまとめてやるとかで後で寮のホールに持参すれば良いらしく、軽く畳むだけにとどめた。  いつもの練習着と同じでTシャツとハーフパンツになり、その上からジャージも羽織った。ポケットの中には、あの手紙が入っている。  どうしても携に確認したいことがあるから……。

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