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第114話 ほかの誰よりも
同じように教室で着替えていた連中も外に出て、俺もと続こうとしたところで智洋が速足でやって来た。
あの後もなんやかやと翔子さんにくっ付かれては精神的にお疲れ気味のようだったけど、もう帰っちゃったのかな?
「翔子さんは?」
「あー……明日街で会うことにして帰らせた」
ちょっぴり息を弾ませたまま後ろ髪を掻き、バツが悪そうにしている。
別にデートしたって駄目なわけじゃねえのにな?
「それより、和明、このまま待ってて」
「え? もうすぐキャンプファイヤー始まるんじゃ」
「いい! 氷見来させるから。いいからここにいろ」
首を傾げている俺を押し留めて教室内に逆戻りさせると、もう一度念押ししてから智洋は駆けて行ってしまった。
携、連れてきてくれるんだ……。
キュッと心臓が締め付けられる感じがして、右手で胸を押さえた。
ドアを凝視しているのも身を乗り出して廊下を見ているのもなんだか滑稽な気がして、ぽてぽてと窓際に寄って行く。
続々と生徒たちが戻ってきていて、薪を囲むように円になっているのが見えた。
高鳴る鼓動を宥めながらじっとそれを眺めていると、外のスピーカーから『遠き山に日は落ちて』が流れ始め、からりとドアが開く音がした。
ファイヤーキーパーの大野会長が、聖火ランナーのようなトーチを下げて薪の脇へと立ち、ぼうっと点火される。炎が徐々に大きくなっていくのを視界の隅で感じながら、俺はゆっくりと振り返った。
「携」
鴉の濡れ羽のように艶やかな黒髪が、ここまで僅かに届く炎の色を反射して紅に染まっている。駆けてきたのか、少し乱れている息を整えて薄く開いた唇が何かを紡ぐ前に、俺はポケットから引っ張り出したものを目の前に広げて見せた。
くしゃくしゃになって、何度も広げて手で伸ばしたそれ。
開いていた口をそのままに凝視して、さあっと血の気が引いていく顔色。いくら空が赤く染まっていても、毎日ずっと見てきた俺には判った。
携は、真実、驚愕していた。
「ど、して……それ」
「当日に、焼却炉にあったんだって。隣のクラスのヤツが後で届けてくれた」
責めるつもりなんてない。なるべく今までのように何でもないことのように言えてるかな、俺。
声にならずに、そんな、と呟く携に、もう一つ確認しなきゃならないことがある。
「なあ、携。開封した?」
口を閉じて首を振るのを見て、俺は足を踏み出してその手の中に封筒ごと握らせた。
「じゃあ、今読んで。俺の気持ち、そこから変わってねえから」
淡いペパーミントグリーンの筈の封筒も、今は朱色に染まっている。携はそれをじっと見つめてからもう一度俺と目を合わせ、俺が頷くと恐る恐る綺麗な指先が封入口を捲り便箋を取り出して目を走らせた。
ざっと読んでからもう一度ゆっくり吟味するような目の動きを見ながら、俺はあんなに高鳴っていた鼓動が落ち着いていることに気付いた。
──緊張してたのに、本人目の前にしたら安心するだなんて。
それが、俺にとっての携っていう存在そのものなんだな。
長い睫毛を震わせて何度も瞬きして、そっと目を伏せながら携が手紙を自分の胸に押し当てる。
その仕草の意味なんてわかんねえけど、ただ、結果がどうでも今一緒にいられることが嬉しくて、静かにその時を待った。
ほうと息を吐きながら、凛とした切れ長の眼差しが俺を射抜く。
「和明」
「うん」
いいよ、どんな言葉でも、俺は受け止めて消化して納得するから。
「──俺の気持ちも、ずっと変わっていない。和明のためならなんだって出来る。一番大事だ。
清優で、モノクロだった味気ない生活をカラーにしてくれたのは和明だ。お前がいない世界に、俺の生きる意味はない」
これ以上ないくらい真摯に見つめられて、言い募られて。
それでもその言葉の意味が脳と心に浸透するまでには時間が掛かった。
「いいか、只の友人にこんなことは言わない。好きなんだ、他の誰よりもお前が大事で愛している。お前にとって親友でもいいと思ってきた。けど、お前から垣根を越えてくるのなら、もう遠慮はしない」
いつの間にか詰められていた間合いがゼロになり、互いに目を閉じる暇もなく唇が重なり、強く抱き締められた。
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