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第115話 伝え合う気持ち

 シャールさんにしていた、優しく押し当てるようなキスとは違う、熱を伴ったそれに圧倒される。  食われるかと思うくらいにいつになく強引な携が、歯を立てて唇を食み息継ぎと共に開いた口を割って侵入したものに蹂躙される。辰がしたような遊び半分のじゃない、欲されていると本能で感じる熱さが、とてもいとおしくて。  二人の胸の間で行き場を失っていた両手でその頭を掻き抱いていた。  ちゅくちゅくといやらしい水音が耳からも犯されているような錯覚に陥らせる。  何度も舌を絡ませたまま吸われ、どちらのものともつかない唾液を嚥下し、際限のない快楽が頭をじんと痺れさせて思考をシャットアウトする。  指と舌で口元を拭われて唇が離れる頃には、俺は息も絶え絶えに携に身を任せてしまっていた。 「た、ずさ」 「和明。寂しい思いをさせてゴメン。伝わってる? 俺の気持ち」 「携」  縋りつくように頭に手を回したまま、俺は必死で頷いた。  外の音楽は、いつの間にか『オクラホマミキサー』に変わっていて、誰とも判別できない赤と黒の影が賑やかに踊っている。  肩と腕を抱き締めるように体を支えていてくれる腕の中で、いつまでもこのままでいられたらいいのにと願った。 「これからも、中学の時みたいに一緒にはいられない。それでも、待っててくれるか? 信じていてくれる? 俺のこと」  ゆっくりと腰を落とす携に合わせて、二人とも床に膝を突いた。回されていた腕が、あやすように背中を撫でる。 「うん、俺、携がいなくちゃ駄目なんだって気が付いたから……あんまり傍にはいられなくても、携が信じろって言うなら、他の誰がなんと言おうと、ずっと携のこと信じてる。だけど時々はこうやってギュッとしたり頭撫でたりして欲しいよ……シャールさんばっかに、キス、しないで」  思い出すだけで涙が零れそうになる、あの執行部の廊下で初めて見た光景。  あんな思い、もう二度としたくないから。一番だっていう確信が欲しい。  なんて欲張りなんだろ、俺。  恥ずかしくて、それだけ伝えてから口をぎゅっと瞑った。  背中から手が離れて、あ、呆れられた? と不安になる。  頭に回していた腕も剥がされて、イヤイヤをする子供のように頑是無く首を振り続けた。 「ご、ごめっ、俺、」  言い募ろうとして、ひたと瞳を覗き込む視線に言葉を封じられる。いつだって凪いだ湖面のような携の瞳が、炎を宿しているように見えた。 「こんな所で煽るなよ、和明」  チュッと音を立てて、唇を吸われる。  え……と、煽るってなに?  首を傾げたところにまたキスを落とされて、これは喜んでいいことなのかと戸惑う。ひとしきりキスの雨を降らせた後、また腰を上げて窓際に足を運ぶ携に釣られて、俺もその隣でグラウンドを眺めた。 「俺な、実は極秘でSSCの情報処理の講習受けてるんだ。放課後、あっちの別棟で。だから寮に帰るのも消灯間際だし、それから自習したりしてるから本当に自由時間取れなくてさ。シャールは個人的にはとてもいい人だと思っているけど、それだけだよ。社長の関係者だから、そう無碍にも出来ないし」  携にしては珍しくいい訳めいた口調で説明するのを聞きながら、思わず笑ってしまった。 「いいんだよ、携にとっては俺と別の意味でシャールさんが大事なのも判ってる。だけど、見たら心が揺れるから昼休みも参加しねえし、もう執行部の辺りもうろつかねえ。シャールさんが悪くないのは判ってるよ……けど、ホントに嫌なんだもん」  最後の辺りでちょっと唇を尖らせてついつい恨みがましく上目遣いに睨んでしまって、あっまた嫌なやつになってると慌てた瞬間にまたチュッてキスされた。 「だから煽るなって」  えーと……だから、煽るってなんのことさ?  急ぎじゃないけれど、体育会の報告書とかまとめる仕事があるとかで、炎が消えるのを待たずして携は執行部へと上がって行った。  あの部屋にはまたシャールさんも来るのかななんて、胸の奥がなんだか焼け付くような痛みを訴える。それでも、信じろって言ってくれたその言葉だけに縋るように、徐々に輪から離れていく連中に混じって寮へと帰った。  少し遅い時間に部屋に戻って来た智洋は、特に何も訊いては来なかった。明日は早めに昼ご飯を済ませてから街へ出るから夕飯も先に済ませておいてと言われ、応援団は午後に打ち上げがあるから菓子の食いすぎで飯が入んねえかもなんて冗談半分に言っては二人で笑い合う。  おじいさん役も似合ってたよって言ったら、複雑な表情で苦笑していた。ダンスの所で笑ったのは勿論内緒。  それから、改めて「ありがとう」って心を込めて伝えた。  困ったように口の端を上げたり下げたりして、それから泣きそうな顔で「良かった」と呟いた智洋には、いくら感謝してもしきれないと思う。  大好き、智洋。  それは口に出さずに胸の中でだけ告げるよ。  だって俺の一番は、携しかいないから──

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