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第123話 【幕間】中和

 和明のうわ言のような言葉と、黒凌出身者たちからの聞き取りにより、今回使われた薬の作用の概要を知り、仁はすぐさま中和剤をこしらえた。但し、どの成分が効くのかははっきりしないため、構成する成分の内化学的に合成できるものに限られてしまう。もしもそれ以外の部分が作用するのならば、もう仁の手には負えないだろう。  和明の体を確保してから、もう半日が過ぎていた。その間、最初の発作を見てからは効き目が切れないように様子を見ながら鎮静剤を打ち強制的に眠らせている。しかし、それはけして良い手段ではないことも解っていて、出来るならきちんと中和して助けたかった。こうしている今も、ただ意識がないというだけでその体内では苦痛の原因となるものが暴れているのだ。体はそれに反応し、消耗している。点滴で最低限の栄養と水分を補給はしていても、体には負担が掛かり続けている。  それでも。  精神への負担を軽減出来ているだけマシ──携はそう自分に言い聞かせ、各所に連絡を取りながらもじっと医務室で付き添い続けていた。  白衣姿の仁が、すっと携の隣に立った。手には透明な瓶と針のない注射器を持っている。ベッドに肘を突いて組んだ手の上に顎を添えて俯いていた携は、胡乱気にそれを見上げた。 「試作品出来たけど、処置していいかな? それとも君がする?」  医療行為じゃないから構わないよと差し出され、反射的に受け取ってしまっていた。 「直腸の奥の方がいいみたいだから、これもね」  そういって封を切り、手の平と同じくらいの長さの真新しいチューブも渡される。  しばらくそれらを見つめてからもう一度顔を上げると、仁はもう何処かへと消えていた。  戸惑いながらも腕時計を確認すると、そろそろ鎮静剤が切れる頃合だった。今の内に試してみた方が、意識もなくて抵抗されないだろう。  携はごくりと唾を飲むと、立ち上がって横からそっと和明の片膝を曲げて秘所を確認した。諸々の処置のため顕わにされたままのそこは、以前に携の指で解した時よりも赤く熟れて少し外側に捲れて時折呼吸するかのように薄く開く。  出血はしていなくとも、どんなに乱暴に扱われたのかを如実に語っているかのようで、携は唇を噛み締めながら、ゆっくりとそこに指先を差し込み、それに添わせるようにチューブを送り込んだ。  腸内が蠢き、異物を押し出そうと蠕動する。それに抗いながらも内壁を傷つけないように奥を目指し、出来る限りの場所まで飲み込ませてから、今度は瓶の中身を注射器で吸い上げた。  静脈注射のように気をつけなくても良いものの、やはり緊張する。  どうか効いてくれと願いながら、瓶の中身が無くなるまで、何度も中へ向けて押し込んだ。  ベッドサイドで補助椅子に腰掛けたまま、いつの間にかシーツに突っ伏して眠ってしまっていたらしい。ふと眩しさを感じて目蓋を押し上げるように開いて上半身を起こした。  遮光タイプではないカーテンの向こうは明るくなっており、知らぬ間に夜が明けていたようだ。真夜中に試薬を入れてから昏々と眠り続ける和明の傍で、たまに口元を湿らせたり点滴を確認したりしている内に眠り込んでしまっていたらしい。  まだ頭が重い感じがするが、じきに良くなるだろう。動いていれば、ただの寝不足ならば気にならなくなる。  ふうと息をつきながら視線をベッドに戻すと、ぽかりと和明の目が開いていた。 「和明……?」  呼ばわる声が、掠れた。  そういえば自分も昨晩は飲まず食わずだったことを思い出し、喉の渇きを覚える。だが今はそんな場合ではない。  ぱちりと瞬きして、ゆっくりと首が動いて携の方へと顔が向いた。  何か言いた気に口を開け、それからひしゃげた苦鳴のようなものを漏らして顔が歪む。昨日あれだけ叫び続けたのだから喉を痛めているのかもしれない。 「待って」  腰を上げてそっと指先で唇に触れてから、室内の冷蔵庫の中にあるスポーツ飲料を持って戻った。  まず自分で一口飲んでから、もう一度口に含み、目と指で口を開けるように促してから口移しで飲ませる。それを数度繰り返すと、もう満足したのか口元を笑みの形にしてゆるゆると首を振ったので、残りは携が飲み干した。 「た、ずさ……」  はあ、と絞り出すような声。目を落とすと、また和明は顔を顰めていた。 「どうした? 辛くなってきたのか」  もしかしたらと、額に張り付いていた髪を掻き分けながら顔を撫でると喉の奥に悲鳴を押し込めるように唸り声を上げる。  効き目があるのが判り、仁は追加で調合してくれていた。机の上に置かれたままだった新しい瓶を取り、注射器共々和明の前にやってから説明をする。目にした瞬間、元凶である薬物を挿入された時の事を思い出したのか息を呑んだが、その後の言葉に頷き、震えながらも自分から膝を立てて両足を開いた。  一旦中のものを出した方が良いのかも知れないが、今は急いだ方が良いと判断し、携は先程と同じ手順でたっぷりと中和剤を中に入れた。待つほどもなく、細かに震えていた下半身が静まり体全体の力が抜ける。通常ならば異物を排出しようと排泄感が高まるものだが、仁が言っていたように腸内に溜まっているものがなく、また食事もしていないためにかそうは感じていないらしいのが救いだった。  また後で仁に一旦中を綺麗にしてもらい、新しいものを注入した方が良いかもしれないと考えながら、携は片付けをしてから再び腰を下ろす。  和明はしばらく点滴が落ちていく様子を眺めていたが、ふうと吐息して携の方に顔を向けた。 「ありがとう……俺、へましてばっかだな」  泣きそうになりながら微笑む顔は、この一日でげっそりとやつれている。 「和明、俺の方こそ、防ぐことが出来なくて、助けに行くのが遅くなってごめん。ごめんな、辛い思いさせて」  ふと気付いて、携はベッド脇に拘束された両腕の戒めを外した。ゆるゆると解かれていくバンテージと包帯を見つめる和明の両目には光が戻っており、今は正気なのだと示している。 「憶えてないかな。暴れて、自分の体を傷付けるから仕方なくてさ。でも、もう俺がそんなことはさせないから」  最初の注入と現在の時刻とを心の中にしっかりと書きとめながら、洗濯物の籠の中へとそれらを放り込む。 「ああ……そっか」  和明は納得して頷きながら、動かせなかった手の平を握ったり開いたりして確認し、またありがとうと囁いた。  そうして、続けられた言葉に、携は驚愕に目を見開くことになる。
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