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第124話 これで最後にしよう

 意識が浮上して、ここは何処だとまず考えた。真上を向いて寝転んだ目に入るのは、真っ白い天井。寮の天井はクリーム色だからここは自室じゃないと思い、それから体を動かそうにも縛められて動かせないことに気付く。  咄嗟に、意識を失う前に見た携と讃岐は自分の願望が見せた幻だったのかと恐怖に襲われた。  あの出来事は続いていて、俺は違う姿勢で拘束されているだけなんだろうか。  じわじわと増してくる痒みを懸命に堪えながら、深く息を吐いた。その時、自分を呼ぶ声が耳に届いた。 「和明……?」  少し掠れていたけれど、間違えようもない大好きな人の声。  聞こえた方へと首を動かすと、驚いてはいるものの嬉しそうに微笑を湛えた携が、ベッド脇に座っていた。  ここは医務室だったんだ……。  以前に寝かされたと同じパイプベッドだと認識している間に、呼びかけようとして痛みに引き攣れる喉に焦燥する。それだけで察してくれた携がペットボトルのスポーツ飲料を手にやってきて、そのまま口移しで飲ませてくれるのを黙って受け入れた。  柔らかな唇が重なり、舌を差し込んでは少しだけ体温の移った液体を送り込み離れる。何度も繰り返され、いつかシャールさんの頬に寄せられているのを見ては自分もと望んでいたものがここにあるんだと思うだけで興奮した。   つい少し前にももっと深く口付けてくれたのに、それでも。  欲しくて、欲しくて堪らなかった。  ──でも。  乾きが癒されて、思い出してしまった。  俺、携にこんな風にしてもらう資格、ないんだっけ……。  こうしてはっきりと意識があるのは久し振りな気がするけれど、夢現に自分が何か叫んで訴えていたこと、そしてそれ以前にあいつらにされた様々なことを思い出して口を噤む。  そうするともう要らないと受け取ったのか、ボトルに残ったものは携が飲み干した。少し顎を上げて嚥下する仕草が色っぽくて、そう感じることが申し訳なくて……それから、下半身をじわじわと苛み続ける痒みに顔が歪んだ。 「た、ずさ……」  哀願になりそうな声を噛み殺し、どうにか名前だけを紡ぎ深呼吸すると、 「どうした? 辛くなってきたのか」  そっと額の髪を掻き分けてそのまま包み込むように頬を撫でてくれる。その優しさが嬉しくて、でも辛くて、身の内を責めるどうしようもない痒みを止めて欲しくてそれを強請りそうで。口に出してはいけない言葉を喉の奥に押し込めて唸った。  そうだ。  あんな奴らと同じような獣じみた行為を、携にさせちゃいけない。  いつか──最終的にそうなることもあるんだろうと甘く夢見ていた行為の一つではあるけど、それはこんな風にこっちの都合だけで押し付けるもんじゃねえだろ。  こんなことになる前は、素直にその腕に飛び込めた。好きの種類ははっきりしていなくても、一番大事なのは携だっていうことは真実だったから……。  黙っている俺に、携が中和剤について説明してくれた。精液と同じような成分で調合してくれたらしいそれは、俺の意識が混濁している間に一度使用して効果が見られたこと。それと同じものをまた携が注入しても良いかという確認。  なんだ、作れるものだったんだと、携に強請らずに済んだことにほっとして、最初こそ注射器に恐怖を感じてしまった自分を叱咤して膝を立てて足を開いた。貫頭衣のような簡素な布切れ一枚を着ている俺は、その下には何も着けていないのは見なくても判った。これからも定期的に、発作が起こるたびに処置されるなら恥ずかしがっている場合じゃない。それに、あいつらに弄られたその場所なんて、もう隠しておくほどのもんじゃないよなとか半ばやけっぱちになっているのもあった。  汚されてボロボロになっているその現場を、当の携に見られちまってるんだもんな……。  確かに、精液そのものを付けられた場所の痒みは治まるけど、それ以前の行為は「痒い箇所を掻いて欲しいのに届かない」もどかしいけれど痛みが痒みを誤魔化してくれるというだけの苦痛でしかない行為だった。出血こそしていないけれど、擦過傷で入り口付近はじりじりとした痛みを訴えていて、細い管だけ差し込んで直接中を癒してくれるなんて、願ったり叶ったりだ。  汚い部分を携に見せてしまうのは不本意だったけれど、これが最後と思えば黙って耐えていられた。  そう、もうこれを最後にしよう。  生温いものを体内に満たされる感覚は、満腹なのに無理矢理胃の中に食べ物を突っ込まれているように何とも言えない圧迫感を与えてくる。けれど、そうされることで激しかった痒みがすうっと引いていくのも事実だった。  不思議と凪いだ心で、ぽつぽつと落ちる点滴の袋の中身を眺めて、処置の後もしばらくぼうっと考えてしまった。

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