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第127話 失いたくないもの
点滴も終わり体調が落ち着いているようならば自室に戻っても良いという話になった。但し、定期的に中和しなければならないため、一時的に携の部屋に引越す形にして、学校では保健室、寮では携の部屋で処置が出来るように準備するという。
後はきちんと時間の管理をして、発作が出る前に各部屋に辿り着けるかどうかが鍵だった。
肝心の体の方はといえば、二食抜いている分と暴れた分だけ消耗はしているけれど、他は日常生活に難が出るほどではないようだ。腕の拘束も布テープだったせいで特に血行障害も跡もなく、後孔も若干の腫れと擦り傷で済んだ。どちらかというと自分で抉った下腹の傷が一番酷いような気がする。
黒凌のやつらとしても、勉強に差し障りのあるようなものをわざわざ躾に使う筈もなく、要は定期的に受け入れさせて体を慣れさせるためと精神的に屈服させるために使うのだろうと思われた。
「あのさ……今回は、あいつらの処分ってどうなんの」
パイプベッドに腰掛けたまま、携が持って来てくれた服に着替えながら恐る恐る尋ねた。
携は仁先生の用意した大きな鞄の中に処置に必要なものを詰め込みながら、ああと唸った。
「流石に前回の奴等と同じわけにはいかないな。薬物使用、暴行、監禁ときておまけに俺たちの到着が遅れていれば危なかったんだぞ、和明──傷害致死がついていたら完全に警察沙汰だ」
眉根を寄せた表情の真剣さに、俺も黙って頷くしかない。
俺だって逆の立場で目の前で携の息が止まっていたら──そんなの、考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。
「実はもう処分は決定している。五人とも退学だ」
だけど。
動き続ける白い手を見つめ、それからもう一度携の顔を見上げた。
少し丈の長いスウェットの裾が床に当たるのもそのままに両足を床に着けると、折りたたみ式の薄手の鞄に突っ込まれている腕を、ぎゅっと握り締める。
「五人って、どういうこと? 携。だって、周は! 周は関係ないっ!」
動きを止められて、ふうと吐息して伏せていた瞼を上げた切れ長の目が、しんと俺を見つめた。二、三度瞬き、宥めるように優しく覗き込んでくる和いだ眼差し。
「そうだな、直接は」
「だったら!」
「川上は、一足先に心療内科へ送られてな。谷本は、自分から退学願いを出してきた」
「そんな……」
星野原に入学できて、凄く楽しそうだった周の表情が、めまぐるしく脳裏に浮かんでは消えていく。
買い物と称して出掛けた街歩き、日曜日ごとのビリヤード、そして毎日一所懸命に練習した応援団の演舞に体育会での様子──。
最初に迫られた時、確かに怖かったし、嫌悪感も抱いちゃったけど、俺は周のことを嫌いになんてなれなかった。昨日あんなことになって、それは全部周のせいだって川上が言っても、俺だけは絶対に違うって、そんな風には思ってないって心から断言できるのに……。
「あ」
俺、まだ周に言ってない。
周は、知らない。俺の気持ち。
目の前で、ただ涙を流しながら犯し続けられる俺を見て、周はどんな気持ちだっただろう。
こんなことになったのは自分のせいだって言われて、好きな相手は他の男たちに汚されて、そんなこと目の前でされているのをただ見ているしか出来ないなんて、どんなに苦しいだろう。
被害者になりきれずに高みから見下ろしているみたいで自分が嫌だなんて考えていたくせに、俺は周のことにまで気が回っていなかったんだ。
確かに、川上のことも憎みきれない……だけど、その川上はもう正常な学園生活は無理だと判断されていなくなってしまった。他の三人に関しては、名前も知らないままだったけど実行犯に間違いはないんだから学園側の処分にも納得できる。だけど、周は。
「会うか? 谷本に」
利き手の動きを封じられたままの携が、反対の手の平をそっと俺の手に重ねた。
「会えるの?」
いつの間にか俯いて一人でぐるぐる考え込んでしまっていた俺は、ガバッと顔を上げた。
「部屋にいる筈だ」
目を細めてこくりと頷いた携は、きっと俺が何を言い出すのかも解っていたんだろう。荷物を片手に提げて、反対の手を俺の腰に回すと、支えるように体を寄せて立った。
前日に打ち上げ会と言う名のどんちゃん騒ぎをしていた名残か、いつもより何処となく埃っぽい廊下には誰かが拾い忘れたらしきクラッカーの紙テープが落ちている。俺と携の起こした風でカサリと音を立てたそれを一瞥し、人気のない通路の両側に並ぶ室内には気配を感じつつ足を運んだ。
この休みは、殆どの生徒が寮に残っている。いつもならば開場と同時に賑わう食堂も、遅くまで飲み食いして未だ寝ている人が多いのだろう、開店休業状態のようだった。
目的の部屋に辿り着き、俺は躊躇なくノックした。
「──どうぞ」
誰何もなく応じる声に戸惑いながら、そっとドアを押し開けて体を滑り込ませた。黙って背後に続く携が音もなくドアを閉めたとき、奥の勉強机の前に腰掛けていた周が顔を上げた。
「カズ……!」
目を見開いて腰を上げたその足元には、ボストンバッグがあった。ブラックジーンズと長袖のシャツを身につけているその姿から、もういつでもここから出て行けるようにと片付けもあらかた済んでいるのだと気付かされる。
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