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第129話 エゴイスト
退学願いは取り下げるという言質を取り、内線で携が直接学園長にも一報を入れてくれた。それでひとまず安心して、荷物を取りに自分の部屋へと足を向ける。今度はドアの外で足を止めた携は、そのまま近くで待つと言った。
別に一足先に部屋に行っていてくれてもよいんだけど、色々心配だから傍にいさせろと言われては強く断れない。
まだ寝ているかな、でも智洋のことだからもう起きてご飯も済んでるかな。
寝ている場合も考えて、静かにドアを押し開けて体を滑り込ませた。
カーテンは開けられていて、ベッドも整っている。視線を奥へと遣ると、物音に気付いた智洋が椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がったところだった。キャスターが転がり、椅子は掃き出し窓のガラスに当たって止まった。
「和明っ!」
思わずという感じで漏れた名前が叫び声に近くて、智洋自身も驚いて口元を押さえると、気遣わしげにそのまま俺の全身を見つめた。
「智洋、心配させてごめんな」
周ほどやつれてはいなかったけど、それでもいつもより顔色の悪い智洋を見て、よく眠れずにいたことだろうと察した。
何時に帰ったのかは判らないけど、昨日は翔子さんと街で遊んでいた筈で、晩御飯の前か後かは判らないけど、部屋に帰っても俺が居なくてそのまま一晩中居ないままで。
逆の立場だったら、俺だって不安で堪らない。事情を知らなくても心配だし、知っていれば尚のこと。
「あのな、聞いてるとは思うけど、体調戻るまで携の部屋に行くから」
何処まで知っているのかも判らず、取り敢えずと声を掛けると、うんうんと頷いて智洋がこっちにやって来た。
「それなんだけどさ……ここにいたんじゃ駄目なのか? 発作がどうとかって」
ぱっと見た感じ、今の俺は何処も悪そうには見えないだろう。腰やら後孔に違和感はあっても、よく見たら少し歩き方が慎重かなっていうくらいのものだ。だから智洋が怪訝に思うのも仕方ないと思う。
俺は携に借りたスウェットの上を捲り上げると、下も少しずらして下腹部の傷が見えるようにした。滅菌ガーゼとテープで保護してはあるけれど、そこには絆創膏では済まない位に深く抉れた傷があり、必要ならばガーゼも剥がすつもりでいた。
「え……なにこれ」
案の定、それがどういうことなのか判らないで眉を顰めている。
俺は自分の手でテープを剥がすと、自分自身の手で抉ったその箇所を晒した。
ハッと息を呑み、智洋は痛々しそうに傷と俺の顔とを交互に見て、そっと手を伸ばしてきた。
「俺が自分でやったんだ。発作が起きると、そうでもしないと耐えられなくなる。ベッドに縛り付けて鎮静剤を打つまで叫び続けて……だから」
「もう、いい」
智洋は、俺の手に自分の両手を重ねて、俯いて首を振った。
「今は中和剤も調合してもらっているし、時間通り処置すればそうなる前に抑える事が出来るんだ。だけどやっぱり、そんなとこ見られたくねえし、だからさ……」
黙ったまま首を振る智洋は、手を重ねたままガーゼと服を整えさせてくれて、それからギュッと抱き締めてくれた。
「ごめん、一番辛い時に傍に居られなかったんだな、俺──」
「謝んないでよ、智洋は悪くねえだろ」
きっとそんな風に自分を責めると思ってた。だけど、本当に何も悪くなんてないし、それ以前に辛い時にずっと傍に居てくれた。それだけでも、凄く迷惑掛けてるし、それ言うと怒るから感謝だけをずっと伝えてきた。
「ありがとな、智洋。暫く留守にするけど、これからもルームメイトとして仲良くしてくれる?」
「当たり前だろっ」
腕に更に力が篭って、ちょっと苦しいけど、それは幸せなことだなって口元が綻んでしまった。
知っていて、俺に触れられなくなった周と。
知っているからこそ、こうやって惜しみなく抱き締めてくれる智洋と。
どちらにも、ごめんなって思いながら、それでも傍にいて欲しいと思う。俺ってすげえ我侭。
俺、携のところに行くね。
だけどずっと俺のこと好きでいて、傍に居てね。
心の中で、繰り返しては自嘲するエゴイスト。
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