130 / 145

第130話 事件のあらまし

 荷物をまとめてから一旦携と合流して、三人で朝食を済ませた。なんだか久し振りに三人でゆっくり食事って感じがする。  まばらだったけど他にも食事に訪れる寮生もいて、ちらちらとこっちを窺う感じに見られているなと感じることもあった。  そういえば一般生徒には今回どういう風に伝わっているのか聞いていなかったと思い出したけど、今ここでというのも憚られて、胃がびっくりしない程度にゆっくり食べ終えてから、改めて荷物を持って携の部屋へと移動した。  昼前に一度処置しなければいけないから、その前に少しでも課題を済ませておかないと。  部屋に着いて勉強道具を机に出しながら、先刻の疑問を口にしてみた。 「ああ、そうか……それなんだけど」  携は申し訳無さそうに瞼を伏せて、横向きに椅子に腰掛けた。俺は真っ直ぐに座ったまま向きを変えて、そんな携をおずおずと見守る。 「あの時、トイレに行ったはずなのに戻るのが遅いからと、軸谷先輩が探しに出ていたんだ。  だけど、一番近くのトイレに居なかったし、一応部屋も確かめたけど不在で、校舎の方にまで探し回ってくれていた。  そこに俺と会長も居合わせて讃岐も加えての大捜索さ。そうやっている内に時間がどんどん過ぎて……寮へ戻ると、単独で探していたらしい谷本があの部屋に入るのを見たというのを聞いてな。それで確信した俺と讃岐でドアをぶち破った」  あの事件のあらましを説明し始めた携に、俺は目を丸くする。  まさかそんな大事(おおごと)になっていたなんて思ってもみなかった。俺がトイレから出たときに廊下に人が少なかったのは、そうやって皆が校舎とかへ探しに行っていたせいもあるんだろう。  それに俺が行ったのは、娯楽室から少し離れたトイレだったんだ。なんでか知らないけど、たまたま清掃中で、仕方ないからもう一つ遠い方のトイレに行ったらあんなことになってしまった。  今思えば、あれも全部あの連中が仕組んだことだったんだな。 「谷本が言うには、ひとしきり探した後に部屋に寄ったら、川上からのメモが机の上にあったらしい。あの部屋への呼び出しだよ」  そうか……それであの時周は、中で何が行われているかも知らずにやってきて。  呼び出しは、川上が勝手にやったこと、だったんだ。道理でひとりだけ嬉しそうにしていて他のやつらは狼狽してた筈だ。  ──ただ、周を傷つけるためだけに……。 「酷い……」  思わず零れ落ちた言葉だった。  ただ、無性に悲しかった。  そこまでしなければいけないほど、川上の心は追い込まれていたんだな。深淵が深すぎて、俺なんかには到底想像も出来ないくらいに。  人を好きになるのに、理屈なんてない。  どうして俺のことなんかって思っても、そうやって自分を貶めたら俺のことを好きって大事にしてくれる携や智洋や浩司先輩のことまで貶めてしまうことになる。  だから、誰かが悪いんじゃなくて……ただ、悲しくて。  どうしようもない悔しさだけが、転がってる。  涙が滲んできて、慌てて拳で擦った。  俯いていた顔を上げると、やはりすまなさそうな表情の携と視線が絡む。 「そんなだったから、何かが起こったっていうのは、なんとなくにしろ皆が感じていると思う。おまけに俺も焦って、和明のこと抱えたまま普通に廊下を移動したからな。結構な人数に見られているよ。学園側がどういう風に説明するのかは、まだ聞いていないんだけど……。きっと明日には色んなヤツに話し掛けられるから、覚悟を決めておかないと」 「うん、わかった」  どういう風に説明するか、決めておかないと……。  でも、それも先生たちと口裏を合わせておかないとボロが出るわけで。  こんなことで頭を使うことになるとはと情けなくなっていると、キャスターを転がして近寄って来た携に、そっと頭を抱き寄せられた。 「取り敢えず、ひとりひとりに説明するのは大変だから、明日の朝ホームルーム前に俺がクラスの皆に言う。他のクラスのヤツはそんなに直接は知らないだろうから、当面はそれで落ち着くと思う。和明は、ぎりぎりに教室に入ったらいいよ」 「ん。ありがと」  携の提案にほっと息をついて、頭に載った手の感触が嬉しくて、そのままじっとしていた。  コンコンと、強くはないけれど迷いのないノックの音がして、携は俺から体を離した。二人揃って扉を注視して「はい」と答える携に外から返されたのは…… 「突然すまないね。クリードだが」  大人の男性の声に目をパチクリさせている俺の隣では、飛び上がる勢いで携が腰を上げた。 「学園長! すぐに開けます」

ともだちにシェアしよう!