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番外編 キスで試さないで 〈周一郎✕辰史〉

「は~。ぬっくうー……」  梅雨に入ったというのにこれでは空梅雨だ。  今何月ですかというくらいの晴天の下、給食で満腹になった辰史は、グラウンドの外れにある木立の中で寝そべっていた。  こんな日は木陰で昼寝をするに限る。衣替えも済み、半袖カッターシャツの下には黒いTシャツも重ね着しているため日向では暑すぎるから、五メートルほどの楠とその周りを囲むツツジの潅木の中に埋もれるようにしてごろごろしていた。  隣には、体育会の前くらいから親しくなった周一郎が座ってグラウンドを眺めている。手足の長い周一郎は、片膝を立ててその膝頭に頬杖を突いて気だるげにしていた。  二人とも喋るべき時には喋ることが出来る社交的なタイプだが、二人きりの時には意外と言葉数が少ない。それでも居心地悪くならないのが気に入っていて、教室でも昼休みでもこうして行動を共にするようになった。  グラウンドではサッカーやバスケをしている生徒もいるが、その砂煙もここまでは届かない。適度なBGMのようにそれらの立てる音だけが僅かな風に乗り届くのも気に入っていた。  瞼を閉じていても僅かに明かりは感じ取れる。不意に翳った気がして辰史がぱちりと目を開けると、至近距離に周一郎の顔があり頭の両脇に手を突いて囲い込まれていた。 「え、と……どした? 周」  あまりにも真剣な表情だったから、なにがどうしたかも判らずに問うと、そのまま周一郎の顔が更に近付いて唇を重ねられた。 「んっ」  慌てて両手で胸を押し退けようとしても、それをいち早く察知してぴたりと体を寄せられて両手が胸に挟まれて動けなくなる。  一度興味本位で体を繋げたことはあるが、それきりだった。普段の周一郎は、冗談半分に体に触れてくるけれど、それは男同士なら許容範囲のスキンシップ程度だった。  だからまさか真っ昼間に学校でこんなことをされるなんて、思ってもみなかったのだ。  軽く唇を噛まれては吸われ、忘れかけていた甘い刺激が腰の奥をジンと痺れさせる。思わず空けてしまった隙間から侵入して来た柔らかなものに絡めては吸われ、先程二人で口にしたミントの味がする唾液を交換しては嚥下する。 「明日行っていいか」  ようやく解放されたと安堵すれば、耳の中に落とし込むバリトンに股間が反応した。  ああ、今日はまだ金曜日だった……。  ぼんやりと思い出し、果たしてそれまで我慢できるだろうかと唇を噛む。  体を離した周一郎がそれに気付き、口角を上げて目を細めた。 「それとも、今晩来るか」  先月末に急遽同室者がいなくなったまま、周一郎は二人部屋を一人で使用している。そのことを思い出し、頬を紅潮させながら辰史は小さく首肯した。 「はッ……やっぱお前感度いいわ」  執拗に体の裏側を攻められて、辰史の全身は細かく震えっぱなしだった。節くれだった長い指先がそっと中心線を伝い、その後を唇と舌が追う。ギュッと両手でシーツを掴み耐えている姿は、体をくねらせて誘っているようにしか見えない。 「ぅあ……も、やだ」  引きこもっているわけでもないくせに、日に焼け難く肌理の細かい肌が吸い付くようだ。数え切れないくらいの女と関係があっただろうに、一体どんな風に抱いていたのか想像が出来ないくらいに乱れ、周一郎の官能を刺激する。  口付けから始まり上半身ばかり刺激され、それでも白い肌は紅に染まり感じていることを示している。先刻から、我慢できずに溢れた透明な雫がシーツの上に敷いたバスタオルを濡らしているというのに、うつ伏せて背中ばかり愛撫されて辰史は気が狂いそうな快感の中に居た。  それなのに、手の平はつるりと双丘を撫でてはまた上がってくるから、一瞬期待した腰をマットレスに押し付けて背が弓なりになってしまう。 「ひど……周」  目の端に涙を載せて肩越しに振り返り、背後の人物を振り返る。今日はもうお互いに全裸になっているとはいえ、一人だけ乱れさせられているのが堪らなく恥ずかしくなるくらいに周一郎は平然と脇腹を舐め上げていた。 「俺が? 何処が酷いんだよ」 「だって……」  肝心なところは触れてもくれなくて、焦らされていると感じるのに。まだ抱かれるのが二度目の辰史には、そんなこと言えるほどに羞恥心は失われていない。  前回も散々焦らされたけれど、あの時は周一郎も体が辛かったからか適当に切り上げた。それが今回はもう一時間は経つと言うのに上半身、主に背中への愛撫のみと集中している。  勿論全く感じない相手にならば周一郎だとてこんなことはしないが、生憎辰史は体の裏側に性感帯が集中しているらしく、女しか相手にしてこなかった今まではそのことに気付いていなかったのだ。それを思い知らせる意味も含め、周一郎は丹念にそこを開発してしまう。自分でもちょっと変わっているかもと思うけれど、多少自分が我慢してでも相手を悦ばせたいと思うし、それが辰史のように性格も容姿も気に入っている相手ならば尚更だった。  もう耐え切れなくなったのか、辰史は自分から体を返すと足を開いた。恥ずかしさよりももどかしさの限界が勝ったようで、してくれないなら自分でと手を伸ばしたところで、周一郎の手がそれを阻止した。 「っ……く、それが酷いっていうんだよ……!」  恨みを込めて両膝の間から相手を見れば、瞬きした拍子に涙が耳の方へと流れ落ちた。  それを目にした周一郎が目を瞠り、苦笑して手を押さえたまま頭を伏せた。次の瞬間、先程まで我慢させられ続けていた場所が、熱くて柔らかなものに包まれる。驚いて硬直する辰史には頓着せず、周一郎はそのまま一息に口中に納めたものを舌を絡めながら強く吸い上げた。 「──っやぁ」  悲鳴に近い嬌声が上がる。周一郎は少し顔の角度を変えて上目遣いに辰史を見て、奉仕を続けながら言葉を発した。 「こうして欲しかったんだろ?」 「んぅ……いきなり、強すぎっ」 「我侭なヤツだな」  くつくつと喉の奥で笑いながら、吸う力を弱めて顔を動かしての愛撫に切り替える。はらはらと涙を流し続ける辰史は、首を振って甘い声を上げた。  長めの放出を全て受け止めた喉が動くのを、辰史は呆然と眺めていた。快楽の余韻でくたりとした太腿の間で、少し癖のある黒髪をかき上げながらもたげた視線がぶつかる。元々黒めがちな周一郎の瞳は、こんな闇の中では尚更感情を読みにくくさせている。吸い込まれそうになりながら、辰史はごくりと唾を飲んだ。 「──まじかよ」  女にだって飲ませたことはないというのに、躊躇なく全部嚥下されて戸惑う。  局所を口に含んだままフッと笑みを浮かべた周一郎は、そのまま舌先で鈴口を突付いた。 「ッ! んあっ」  敏感になっているときにそうされるのは辛い。腰が跳ねてなんとか振りほどこうとすると、弱めに吸われて更に悶えることになった。  涙を散らしながら白いシーツを掴み妖艶にのたうつ体を見ながら、周一郎は刻一刻と腰の後ろに溜まってくる情欲と戦っていた。  口を離すと、あふ、と吐息して全身を弛緩させた辰史の太腿に軽く噛み付き、小刻みに震える白い肌に薄く痕をつける。付け根に近い場所ならばそう遠慮しなくても他人には見えないからと、僅かな独占欲を満たすために所有印を刻む。そうしながら伸ばした片手でボトルの蓋をパチンと開けると、両肩に載せた太腿の間で半勃ち状態で揺れているものに垂らした。  一瞬、慣れない感触と冷たさに動きを止めた辰史だったが、手で掴まれて上下に掻かれてたちまち硬さを取り戻すのに合わせて熱い息を漏らし始める。  くちゅくちゅと卑猥な音に耳からも犯されて更に羞恥に肌を染め上げる頃、谷間に流れる雫を絡めながら、その奥へと指が沈んだ。  ん、と息を呑む辰史の気を逸らせるように竿を握る手が滑らかな傘の部分をくるくると撫で、入り口を解しながらすぐに本数が増やされる。反射で筋肉が締め付けるも、その度に太腿を吸われたり鈴口を刺激されたりして意識を散らされ、いつの間にか三本飲み込み解れた頃に、敏感な場所をそっと刺激された。 「あっ、そこ、駄目……」  悶え続けて辛くなってきていた腰を更にくねらせて逃げようとする。わざとレースカーテンのみにして薄く外灯に照らされた室内でそんな風にされても、周一郎の劣情を煽ることにしかならない。  こんなに極上の男は抱いたことがないと唾を飲み、周一郎は緩やかに指の腹で撫でては中を蕩かしていく。 「……ぁ、やっ……ひっ」  最早意味のある言葉は紡がれず、鈴口からは透明な雫がたらたらと零れ続け、決定的なものを得られないままのたうつ全身は陸に上げられ時間が経つ魚のように反応が薄くなってくる。 「強情だな」  その口で強請られたくて我慢してきた周一郎も辛い。元々自分から誘ったのだ。  性欲がそう強いとも思わないけれど、今は中学時代のように頻繁に性行為もしていないため、それなりに溜まるものは溜まっている。もう特定の相手以外とはしないと決めたものの、辰史以外に抱きたい相手も見つからず、自分でも慰めてこなかったから、その部分は痛いほどに怒張している。  指を入れたまま、竿から離した手をマットレスに突き体を屈めると、濡れた瞳が見上げてきた。 「欲しいって言ってくれ」  ちゅっと音を立てて、軽く耳の下を吸う。  ぴくりと反応しながらもいやいやをするように首が振られ、食いしばるために閉じられている唇に何度もキスを落とした。 「言えよ」  キスの合間に囁かれる声が切なくて、どうして、と辰史はどうにか音になった言葉を零した。 「──好きだ、って言ったらどうする」  声が、震えていて。  真っ直ぐに自分を見つめている漆黒の瞳から、今にも涙が零れ落ちそうに見えて。  目を見張り息を呑む辰史の心臓が、何かに掴まれたようにキュッと痛くなった。 「絶対言わねえ、つったらどうすんの」 「質問に質問で返すなよ」 「どうすんの?」 「……このまま突っ込む」  むっとした顔で応える周一郎を見上げたまま、辰史はプッと噴き出した。 「そんなら訊くなよ」 「そういう問題じゃ……」  顔を顰める周一郎の腰に、辰史の足が絡みついた。腰と腰を近付けようとするその動きに、戸惑いながら視線で何故と問う。 「一緒に気持ち良くなろうぜ。それだけじゃ駄目?」 「いや……前は半信半疑だったし、それでも良かった、けど」 「けど?」 「お前は、外見も中身も、全部好みなんだって付き合っていく内に気付いた。だけど一回は興味本位で俺に近付いたのかもしれないけど、辰は元々がノーマル嗜好だろ。その次またしたいとは限らない。まして──」  不意に口を閉ざし苦しそうにしている周一郎の首に、辰史の両手が絡められた。 「だからあんな試すようなキス、したんだ」 「……そうだ」  吐息と一緒に吐き出された応えに、辰史はくすくすと笑った。周一郎は更に機嫌を損ねたように仏頂面になる。 「バカだなあ」 「も、いい。部屋帰れ」  引き剥がそうと体を浮かせる周一郎に、辰史はナマケモノのようにギュッとぶら下がる。 「俺だけ気持ち良くしといて、そりゃねえだろ」 「いい。もう誘わねえよ、悪かったな」  拗ねてそっぽを向くその顔がいつになく子供っぽくて、辰史はまたこみ上げてくる笑いを堪えるのに多大な労力を要した。ここで笑ったら友達ですらなくなってしまいそうだ。 「黒凌ナンバーワンの谷本周一郎。誰でも恋人気分で抱いてくれるってさ、初めはホントに興味だけだったんだ。男同士ってどうなのかなって」  唐突に語られる胸の内に、周一郎は顔を戻して瞠目した。 「だけど今は、誰も抱いてねえんだろ? 俺じゃないと駄目なんだろ? だったら抱けよ。俺もお前以外にこんなこと出来る相手いねえよ。性欲処理なら、街へ行きゃいくらでも綺麗なおねえちゃん寄ってくっし」  意地悪げに微笑んだ後、それに……とふんわりと笑う。 「周がいい。一番気持ちいい。それじゃ駄目か? 答えになってねえ?」  困ったように歪んだ顔をじっと見上げたまま、辰史は待っていた。周一郎がとても我慢強いことは知っていたけれど、同じ男としてこのままじゃ辛すぎるのも解っているから。 「来いよ……欲しいよ、周が。俺にだけ、頂戴?」  拒否していた言葉を唇に載せて、首に回していた手で周一郎の唇をなぞった。  ──心は、今はまだあげられないけれど。  もしかしたら……。  視界が閉ざされ、貪るように唇を奪われて中も犯されて。息も絶え絶えになったところで限界まで張り詰めていたものに貫かれる。  なんだか前とちょっと違うなと、熱に浮かされ喘ぎながらも頭の片隅に感じていたものが、体の際奥へと打ちつけられた灼熱により確信に変わった。  ──やべえ、煽りすぎた。生で入れやがったな、チクショウ!  それでも、次の瞬間にはまあいいかと思ってしまう。  意識が白いものに包まれて、全身から力が抜けていくのが心地良い。  ──俺だけっていうなら、ゴムなしでもいっか。  約束は、していないけれど。

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