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第16話 惜別と誓い

◇◇◇  終業時間まで美咲さんを控室で休ませ、帰りにみんなで送って行った。美咲さんは実家暮らしなので、同居しているご両親に事情を説明し、高橋さんが行方不明になっていることに関しては、警察に届けてもらうことにした。    高橋家を後にしてからは、大通り沿いを三人で歩いた。まだ誰が誰になんの理由で狙われていたかがわかっていないし、リョウは実際に襲われている。暗がりを通って帰るのは危険だろうと思い、多少遠回りをしてでも人通りの多い道を選んで帰った。  その道中、ミドリがふと何かを思い出したように微笑むのが目に入った。笑ってはいるがどこか寂しげで、ほんの少しだけ痛みを含んでいるような表情をしていた。 「なんだよミドリ、どうかした?」  俺が問いかけると、ミドリは慌てて手を振り「あ、いや、なんでも無いんですけど」と言い淀んだ。しかし、俺がそれを見咎めていると振っていた手のやり場に困り始めた。さらにじっと視線を向け続けていると、「もう、わかりましたよ、言いますから!」と諦めたように教えてくれる。元弁護士のしつこさを舐めてもらっては困る。 「さっきのさあ、なんかめちゃくちゃ羨ましかったんですよ」 「さっきのって? なにが?」  対向車線を走る車のヘッドライトが、リョウのピアスのブラックダイヤをきらりと照らしていった。イヤーマフを外した耳に光るダイヤのピアスは、襲われた次の日には店に置いてあったスペアと交換した。  新品同然なので、光を受けた時の輝きが鋭い。  リョウは、自分が羨ましがられるような存在であることを自覚していない。そのため、ミドリが何を羨んでいるのか、全く見当がついていないようだった。ブラックダイヤを手で弄りながら、不思議そうな顔をしてミドリに問いかけている。 「リョウは一緒に住んでいる保護者が卒業式に来てくれるんだなーって。大切に思ってくれている人が来てくれるし、そう言う人と暮らしてるんだなあって。私は二人と家族なわけじゃ無いから、良くしてもらってても時々ちょっとそうやって卑屈になっちゃう時があるんだよね」  俺としては予想通りの答えだった。ミドリにしてあげられていないことがあるとすれば、同居だけだからだ。それ以外は、リョウと同じようにしてきている。  俺自身もいつ同居に踏み切ろうかと迷っていた。そのうちにその機会を逸してしまったのだ。 「あのなあ、俺にとってはミドリも娘同然だぞ。明日はミドリにとってのハレの日でもあるだろ? お前には同居してる親がいるから、あまり出過ぎたことは出来ないけど、リョウと同じように大事に思ってるからな。家が暮らしにくいんなら、うちにずっといてもいいぞ。話なら、俺がちゃんとつけてやるから」 「そうなんですか? でも、葵さんは私のことだけはリョウと同じように後見人になって面倒見ようとはしてくれませんよね。私も葵さんの家族になりたいんですけど。だめですか?」  ミドリはその言葉を口にすると、下を向いて黙り込んでしまった。おそらくミドリは、自分に理由があって俺が同居を許可しないのだと思っているのだろう。でも、実際の問題はそこではない。そんな風に不安にさせていることは、申し訳なく思っている。 ——その話もしないといけない時が迫ってるなあ。  あの母親の性質を考えると、本当は三人で暮らすべきなのだろう。でも、あまり三人の距離を近づける過ぎると、二人が恋人でいることも難しくなる。  ミドリにはリョウと家族でいたい思いと、特別な関係でいたい思いがせめぎ合っているはずだ。そう簡単に答えが出せるような問題では無いことくらいは察しがつく。  それに、俺の方にも問題があった。 ——俺が二人に言えてないことをそのままにしていたら、ミドリとの同居は無理だってのもあるしな。 「葵さん?」  俺がいつまでも返事をしないからか、二人が心配そうにこちらを見ていた。俺は慌てて笑顔を作り、少々おどけるように返事をした。 「いやだってさ。お前たち兄妹とか姉弟とかになると困るだろ? そうなると結婚できなくなるぞ」  俺が少しニヤニヤした顔でそう言うと、ミドリは汚いものを見るような目で俺を見てきた。 「うわ、ちょっと感動してたのに。台無しにしないでくださいよ。おっさんだ! おっさんのいやなところだ!」 「でもそれがお前の理想のお父さんぽくていいんだろ?」  俺がそう言って笑うと、ミドリは「いやどんな勘違いですか。嫌ですよそんなの」と、顔の前で思い切り手を振りながら全力で否定した。そして、諦めたのか大きくため息をついた。 「まだ隠すんですね。いつかは教えてもらえるんですか? 葵さんの秘密」  ふて腐れたようにそう聞かれた俺は、「うん。ごめんな。もうちょっとだけこのままで居させてくれよ」とミドリに頼む。 ——もう少しだけ、俺の汚い部分を知らずに居て欲しい。もう少しだけ、大人を信じていてほしい。 「まあ、待ちますよ。この五年間、大切にしてもらいましたからね。そういう意味での信頼は出来ます。私に問題が無いのならそれでいいです。私が嫌いだからとかじゃ無いですよね?」  その言葉に俺はおかしくなってしまった。心の底からありえないと思うと、面白くなってしまうものなのだと初めて知った。 「そんなわけないだろう? 嫌いな奴に一生懸命勉強教えてやるほどいい人じゃねーぞ、俺は」  ミドリは空を仰いで「あ、確かに。お金も払ってないのにギフテッドからスーパーわかりやすい指導受けてました」と笑った。 「母親のように優しい優希さんと、父親のように頼りになる葵さんがいて、リョウがいて。本当の家族は、見向きもしない。あの二人よりも、よっぽど三人の方が家族らしい関係性を築いてます。少なくとも、自分にはそう感じます。だから、困ってることが起きたら、相談するならお二人です。その時は聞いてくれますよね?」  切羽詰まったような表情で、ミドリは俺の上着の袖を握りしめた。ミドリにこんな顔をさせる人間は、この世に一人しかいない。まだその関係性に苦しめられているのかと思うと心が痛んだ。  俺はミドリの体を引き寄せて、腕の中に包み込んだ。そして、リョウにしたようにギュッと力を込めて抱きしめた。 「当たり前だろ? なんでも言ってこいよ。俺は色恋の相談以外ならめちゃくちゃ役に立つと思うぞ」 「よかった」と言ってミドリは涙をこぼした。その様子が気になったので「今言いたいことがあるのか?」と聞くと、一瞬黙り込んだ。 「あります。でも、もう少しだけ心の整理をつけたいんです。それが出来たら、聞いてください」  そういうと、またポロッと大粒の涙を一つこぼした。 「わかった。……よし、今日は帰ったらリョウにクッキー焼いてもらおう。ミドリも食べてから帰れよ」 「やったー! リョウ、ありがとう」 「え、いや、俺何も言ってな……あーはいはい、わかりました。」  仕方なく了承したというふりをしたリョウの顔は、俺とミドリを喜ばせることが出来るという喜びで緩んでいた。 「よーし、帰ろう」    ちょうど冷たい風が勢いよく吹きつけてきた。「さむーい! 本当に春かよ!」と言いながら、三人で腕を組んで歩く。あのエントランスを抜けてエレベーターを上がれば、俺たちだけの暖かい場所が待っている。  これまでもたくさん厳しい時期を生きてきた二人を、出来る範囲で支えてきた。これからも変わらずそうしていくだけだ。  俺が二人を守るために用意した場所。ここで過ごす時間を支えに、これからも毎日を粛々と生きていく。 ◇◇◇  高橋正人の遺体が見つかったのは、卒業式の午後だった。中学の制服を着た最後の日の記念にと三人で笑って写真を撮った。その直後にサトルから連絡が入った。 「それ、本当か?」 「ああ、身元の確認は終わったらしい。亡くなったのは高橋に間違いないそうだ」 「そうか……死因は?」 「遺体が見つかったばかりで、死因は調べている最中みたいだった。それで、この後警察が研究所に来て色々話があるそうなんだ。だからお前との約束は無理そうだと思って、その連絡だ。それと……こんな話の後でなんだが、二人におめでとうと伝えてくれ」 「ああ、伝えておくよ。じゃあ、また何かわかったら連絡くれ」  高橋さんの遺体が見つかったことで、優希の証言の信憑性は高まった。そのため、これがもし殺人事件であるとするならば、犯人は高橋さんと四日前に会った人物ということになる。警察は高橋さんが四日前に退社してからの行動を確認し、併せて死因の特定を急いでいるそうだ。  三人で卒業式を終え、成長に感動して涙した直後の訃報だった。感情の振れ幅が大きすぎて、正直気持ちがついていかない。それでも美咲さんのことが心配で、急いで家に戻ると黒いネクタイを持った。そして、そのまま三人で高橋家に向かった。 「葵さん、リョウくん、碧ちゃん。来てくれたの?」  前日に倒れたまま、さらなるショックを受けたことで、美咲さんは寝込んでいた。その顔は青白く、疲労の色がこびりついていた。  あまりの落ち込みように、碧は美咲の気持ちを推測った。 「美咲さん、もしかして高橋さんのこと好きでした?」 「ミドリっ! 今そんな話するな……」  あまりにストレートすぎる物言いに、俺とリョウはびっくりしてしまった。もしそうだとして、その相手を失ったばかりの人の傷をわざわざ抉る必要は無いだろう。  しかし、どうやらミドリには俺たちのそんな浅い思いよりももっと深い考えがあったようだ。毅然とした態度のまま、美咲さんの方を向いていた。  美咲さんはそんなミドリを見て、ポロポロと涙を流し始めた。 「うん……うん、そう。でもずっと誰にも言えなかった。正人さん本人にも言えなかった。年の差がありすぎて、断られるのが怖かったし。それに、昔のことを考えると、正人さんも周りも、なかなか受け入れられないだろうと思って」  そう答えた美咲の背中をさするミドリを見て、俺たちは何も言え無くなった。  ただの年齢差カップルとは訳が違う。ペドフィリアに狙われた過去を持つ人が、一回り上の人を好きになった。美咲さんの周囲は、それを受け入れ難いだろう。 「あまりに歳が上の人と一緒にいられると、襲われた時を思い出すって実際に言われたことがあるのよ」  悲しそうに微笑みながら、美咲さんはそう教えてくれた。過去にそう言われたことがあるのであれば、尚更高橋さんとのことも反対するだろうなと思うはずだ。  真っ赤なピアスは、場違いだと言われたとしても外すわけにはいかない。美咲さんを襲った向井の治療はほぼ終了しているが、今も計測と投薬は続いている。二人が鉢合わせしてしまった時のフラッシュバックを避けるためにも、ピアスは必要だ。 「高橋さん、いつここに戻ってくる予定ですか?」  高橋さんの遺体は、オールソーツの裏の路地で見つかった。そこは、サトルが刺されて倒れていた場所と同じだ。ただ、外傷がなく不審死扱いになったらしい。  そのため解剖が必要になったので、今は遺体に会うことは出来ない。遺体に不審な点はなかったそうで、自然死として扱われるだろうと言われているのだそうだ。そうなると、すぐに戻ってこられるかもしれない。 「優希のスマホに届いたメッセージは、無視されるってことかな?」  リストに載った人間の言うことが信用に値しないとはいえ、メッセージは通信記録に残っているものだ。高橋から送られ、優希が受けたことは証明されている。  通信業者が警察に嘘の情報を提供したとしたら、罪に問われる。わざわざそんなことをする必要もないはずだ。そんな正確なルートの情報すら信用しないのは、一体どう言うことなのだろうか。 「どうなんでしょうね……。もう、なんだかそういうことを考えるのも、疲れてしまって」  気力が尽きてしまったのか、希望の無い目をして美咲さんは言った。声もか細く、絞り出してやっと聞こえるような大きさでしか離せない。 「美咲さん、高橋さんは俺にとっては大切な常連さんだったし、幼馴染の優希の大切な友達だった人だ。そんな人の死が有耶無耶にされたままなのは許せない。どうにかして真実を明らかにするよ」  今、正確に何をすればいいのかは、わかっていない。それでも、確実に向かわなければならない方向は決まっている。 ——犯人を明らかにしてやる。  サトルを傷つけた人間とも繋がっているであろうそいつを、絶対に野放しにはしない。俺は生まれて初めて、強い怒りを感じていた。 ◇◇◇  高橋さんが戻ってきて、葬儀後にお別れをしてから一ヶ月が経った。4月初旬の平日の昼下がり、まだ乾いた軽い空気に明るいベルの音が鳴り響いた。 「こんにちは。お久しぶりです」  そこには、一月前とはまるで違う印象を与える美咲さんが立っていた。 「うわー! すっごい変わったね。似合ってるよー! かわいい!」  ミドリが大きな声を上げるので、気になってその姿をチラリと見てしまった。そして、驚いた。彼女は、およそ同一人物とは思えないほどの変貌を遂げていた。  真っ黒で艶のあるウェーブヘアはストレートに変わり、色もハイカラーのアッシュになっていた。何よりも風に靡くロングヘアであることが多かった彼女が、ショートヘアになしている。その変貌に込められた思いに、高橋さんへの惜別の思いが見てとれた。  胸の内の痛みを隠したかったのか、いくつかピアスが増えていた。俺には、それがとても悲しく見えた。それと同時に、これは彼女の生きていく上での重大な決意なのだと感じて、その気持ちを支えてあげたくなった。 「いらっしゃいませ。何にしますか? あっまーいの、飲みます? それとも、苦いの飲みながら、スイーツいきます?」  美咲さんは、あえて触れてこない俺のやり方を好意的に受け取ってくれたらしい。ゆっくりと華やかに微笑んでくれた。 「今日は、甘くてミルクたっぷりのカフェオレをお願いします。ちょっとシナモン欲しいです。でもカプチーノじゃない気分」 「じゃあ、とっておきの一杯を淹れてあげますね。葵さんがね」  横からミドリが口を挟んできた。俺はわざわざ横槍を入れたくせに自分はやらないというミドリにお望みのツッコミを入れる。 「お前が淹れるんじゃ無いのかよ! 働けよなー。あ、美咲さんさ、なんならあいつの分までここで働いてくれてもいいよ」  美咲さんは一瞬、リョウのように「鳩が豆鉄砲を喰らった」顔をした。俺は美咲さんが何にそんなに驚いているのかと思っていたのだが、すぐに気づいた。冗談を冗談として受け取ってくれなかったらしい。 「え? あーそれいいですね。バイト探してたし、ここで働かせてもらおうかなあ」 ——おっと、これはまずいかもしれない……。  俺は店長だけれど、運営は任されていても経営は任されていない。特にスタッフを増やすかどうかはこの店ではとても重要な問題で、後藤さんでさえ即決出来ずにいたことだ。この冗談の延長で決めてしまっては、経営上問題になるかもしれない。 ——今夜のうちに後藤さんに相談しておかなくては……。  おそらくダメだとは言われないだろう。後藤さんもスタッフを増やそうとはしていた。問題になっているところが俺で解決出来うることであれば、協力すればいいだけの話だ。  美咲さんが少しでも前を向いてくれるのであれば、俺はその力になってあげたい。 「本当に働いてくれていいよ。今から入る? 接客ならすぐ入れそうだよね」  美咲さんはゆっくりと穏やかに微笑んだ。 「ありがとうございます。頑張りますね」  俺は美咲さんに笑顔を返した。 「よし、じゃあ仕事は先輩に教えてもらいましょう。ミドリー!」  バックヤードで消毒用アルコールの補充をしていたミドリに声をかけ、美咲さんに制服を渡すように指示をした。備品のチェックをしていたリョウにも、美咲さんがスタッフとして仲間になることを伝えた。  リョウは無言で頷くと、「美咲さんに(あお)とられそう…」と呟いた。俺はそれを聞いて、吹き出した。 「そうだな。でもお前たち今も学校でも一緒だろ? 目一杯楽しんで青春しとけよ。で、なんかあったら俺にちゃんと言えよ。でも残念ながら、色恋の話では俺は頼りにならないけどな」  今度は「そうですね」とリョウがふっと微笑んだ。俺は恋愛に関する一般的な感覚を持ち合わせていない。だから相談されても、相談してきた人を怒らせて終わることが多い。  リョウは何度かその現場に出会していて、その時のことを思い出しているのだろう。その手の話で揉め始めると、俺はいつもの自分が全く保てなくなる。どうしたらいいのかが全くわからずに慌てているその姿が、とにかく面白いのだと言われた。 「なんだよ、馬鹿にすんなよなー。一般的な恋愛感情がわからなくても、生きて行けるんだからな。あ、でも俺、最近新しい感情を知ったぞ。それがなんだか知りたい?」 「え? 感情の話とか、珍しいですね。何ですか?」  テイクアウト用のコーヒーカップの入った段ボール箱を移動させていたリョウは、かなりの重量のある音を響かせながらそれを棚に置いた。そして、くるっと俺の方を振り向いた。その顔が、狼狽えているのがわかった。 「怒り、だな」  それは俺の口から出ているとは信じ難いほどの冷たさと、重苦しいほどの熱量を含んでいた。自分の心の中にこれほど重たい感情があることを、俺は知らなかった。 「これまで感じたことがなくても、それが怒りだってわかるものなんですか?」 「うん、それはまあ、知識と実感が一致した感じだな。何も知らなかったら分からなかったかもしれない。いつもと違う、腹の底からゴーって音がしそうな、勢いのある気持ちがあるけど『なんだこれ?』で終わってるかもな」  これまでの一ヶ月を思うと、怒りが湧き上がっても仕方がないだろう。先輩が刺され、幼馴染が襲われ、育ててきたリョウも襲われた。そして大切にしている店の、大切な常連客の命を奪われた。犯人は、まだ捕まっていない。   「リョウ? 俺そんな怖い顔してるのか?」  リョウは俺の顔を見て、やや怯えているように見えた。いつもならそこで我に返るのだろう。それでも、今回はうまくいかない。  一緒に暮らし始めてからは五年だが、優希の幼馴染として紹介してもらったのは、おそらく十年近く前だ。優希がリョウの世話をするようになった五歳の頃。その頃から俺が負の感情を表すのを、見せたことが無かった。  そして、俺自身が負の感情が湧くようなことに出会うことも無かった。  悲しかったり、寂しかったりも、本当に少しだけ外に漏れ出ることがあるだけで、怒りというものには出会わなかった。    もしかしたら、俺は生まれて初めて追い込まれているのかもしれない。理解できないことが起きすぎて、初めて心を乱しているのだろう。そして、生まれて初めてそれを隠すことが嫌になっている。 「ごめんなさい。俺、驚いてるだけです。怒っていいですよ。葵さん、俺のために抑えてるところもありましたよね? 怒ってください。暴走した時は俺が止めます。今なら役に立てると思います。体も強くなったし」  俺はその言葉を聞いて、少しだけ怒りが弱まるのを感じた。リョウの言葉が嬉しかった。今、俺たちは初めて関係性の変化を迎えた。 ——ただ守ってあげていた子が、俺を守ろうとしてくれている。  でも、リョウは知らない。本当は、リョウの存在が俺をこれまでたくさん守ってくれていたと言うことを。  『お前はおかしくなったんだ。普通に戻れ』そう言われて逃げ出したあの日のことを、まだ教えていないから。歪だと言われた自分が、覚悟していた一生の孤独。それとかけ離れた幸せな時間を、俺は五年間も過ごさせてもらった。 「そうか。じゃあ、俺も心強いよ。我慢せずに素直に生きていけるのは、それだけで素晴らしいことだ」  俺がそう言うと、リョウは俺の方へ寄って来て、背中をバン! と叩いた。野球部で鍛えた体は体幹が強く、格闘技をやっている俺の体を簡単に揺らすほどに力がついていた。 「そうですよ。任せてください。解決するなら、一緒にやりましょう」  そう言って差し出してくれた手を、俺は受け入れることにした。そして、覚悟を決めた。 ——もし今日この関係性が悪く変わったとしても、俺は成人まではリョウの後見人を続ける。 「わかった。じゃあ、相棒には俺のことは全て知ってもらわないといけないよな。話すよ、俺の秘密、全部。嫌いになっても知らないからな」  例えこれで嫌われたとしても、俺を思ってくれたその気持ちに、正面から応えたい。  リョウは俺のその気持ちを聞くと、クッと表情を引き締めた。軽く顎を引くと、自分にも覚悟はあるという意志を示してくれる。 「大丈夫です。お願いします」  俺は優希とサトル以外では当事者しか知り得ない話を、今夜、リョウに伝えることにした。

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