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第21話 旅の前

「葵さん、よろしくお願いします!」  ミドリは当座の着替えを詰め込んだバッグを抱えて、深々と頭を下げた。俺は「おう」と軽く返事をした後に、ソファを手で示してそこに座っておくようにと伝えた。  俺はキッチンへ行き、三人分のコーヒーを淹れ始めた。真夜中であるため、本当ならコーヒーでは無い方がいいのかもしれない。それでも、今は自分に馴染みのある飲み物の香りを嗅ぐことで心を落ち着けたいと思っていた。 「リョウ、少しだけクッキー出してくれないか? ちょっと疲れたから、何か口に入れておきたい」 「え……夜中ですけど、体調大丈夫ですか? 大丈夫なら昨日焼いたガトーショコラがありますよ。豆腐で作ったやつなんで、今くらいに食べても大丈夫かも」  リョウは冷蔵庫の扉を開けると、小さなケーキドームに入ったガトーショコラを出してくれた。それをナイフでカットして、小皿に取り分けていく。ミドリはこの家に来慣れているので、何も言わなくてもスプーンを出して添えてくれていた。  二人でカトラリーケースを持って話している姿を眺めていた俺は、それで何かが吹っ切れてしまった。あの二人は、二人だけで大丈夫なんだろうという思いがしっかりと固まって、迷いが全て無くなってしまった。 「よし、座ろうぜ、食べようぜ、飲もうぜ」  淹れたてのコーヒーを運び、それぞれの目の前に銘々皿にのせたガーショコラと共に並べる。三人がけのソファに三人で横に並んで「いただきます」をした。 「うおっ、うんまっ。やっぱりリョウのスイーツは最高ですなー」 「本当だあ。めっちゃくちゃ美味しい! 葵さんいつもこんなの食べてたんですか? いいなあ」 「え? 俺いつも作ったら必ず碧にもあげてたよ? だって碧にあげるために作ってたんだから」 「え?」  リョウの思いもよらない告白に碧は真っ赤になってポカンと口を開けていた。リョウもうっかり自分の秘密をバラしてしまって焦っている。俺はその姿を眺めながらコーヒーを啜って、ごくりと飲み込んだ。  そして、さっきと同じように二人の姿を少し堪能した後に、同居の話が出たらいつかは話そうと思っていたことを切り出した。 「なあ、お前達この部屋で二人で暮らさないか?」  すると、ミドリの顔色が変わった。「どうして? 一緒に暮らしてくれるんじゃなかったの?」と言いながら、どんどん表情が暗くなっていった。  俺はミドリの背中に手のひらを当てたまま、その目をじっと見つめた。怯えるミドリに、庇護欲が刺激されるのがわかった。だからこそ、近距離別居をしていたいという気持ちが大きくなっていく。 「一緒に暮らすのは全然いいんだけどさ、お前達も付き合ってるわけじゃない? それならそこに俺が一人でいるのもなんだかなあと思ってさ。俺たちも俺たちで、三人で会える時間ってそうそう取れないからさ。結構寂しさ感じるんだよね。だから、奥の部屋で三人で暮らそうって思って。お前達はここで二人で暮らして、俺たちとはお互いに合鍵を持って、お互いの家を自由に行き来できるようにしようと思ってる。どう?」 「で、でも高校生の男女二人で同棲って……後見人としてはどうなんですか?」 「基本的には問題ない。そのためにお互いの家への出入りを自由にするから。それに俺の住民票は動かさないよ。お前達の生活の面倒は見るから。ただ、寝る時は向こうの部屋に行くっていうだけ。それなら大丈夫だろう?」  リョウとミドリはお互いに顔を見合わせていた。これまでもほぼずっと一緒に暮らしてきたけれど、これからは本当にずっと二人でいられることになる。その意味を考えると、即答するのが卑しく思うから出来ないだろう。 ダメ推しになればと思い「だってお前達が部屋で楽しんでるだろうって時に、俺だけひとりぼっちなの嫌だから」と言うと、ミドリが爆発しそうに真っ赤な顔で俺を突き飛ばした。 「なんてこと言うんですか! もう、本当にデリカシーってものを身につけてください!」 「あはは。ごめんって。でも、大人になるとそういう寂しさって耐えるのが大変なんだよ。だから、俺のためだと思ってOKしてくれない?」  珍しく俺から真剣にお願いをしてみると、二人はなぜかとても嬉しそうな顔をした。俺はその視線が恥ずかしくて「なんだよ」と問いただすと、「葵さんが頼ってくれてるのが嬉しい」とキラキラした笑顔で俺の手を取ってくれた。 「そう言うことなら、喜んで協力します!」  二人が俺のために仕方なく協力してくれることになり、今度は俺が当座の荷物をまとめることになった。 「奥の部屋の後藤さん、実は瑞稀さんのお姉さんとお子さんなんだ。お姉さん達には階下の角部屋を用意したから、お姉さん達の引っ越しが完了したら俺たちもこのフロアの奥に引っ越すよ。だからミドリ、それまではずっと一緒だからな」  ガトーショコラを口に運びつつ、ミドリに向かって微笑むと、ミドリも柔らかな笑顔を返してくれた。その時、コーヒーの横に置いていたスマホが震え、後藤さんからメッセージが届いた。 「ん? さっきのどう言うことだってなんだ? さっき、さっき……え? 小さな子はいない? そうだっけ、じゃああれは……」  俺が独言ていると、リョウが「奥の家って、小さい子がいるんじゃなくて、よく遊びに来てたんですよね。それでも小学生とかでしたよ」と教えてくれた。「それがどうかしたんですか?」 「いや、お前が耳を潰された時に病院いく前にさ、うちの前に車輪の後みたいなのがあったんだよ。それがベビーカーみたいな跡だったから、てっきり小さな子がいるんだと思ってたんだよな。あれ、なんの跡だったんだろう」  俺がそういうと、リョウが耳たぶをスリスリと触りながら「ああ、俺も気になりました。それに……」と言いながら逡巡している。 「それに、確か聞かれたんですよ。どなたか車椅子で生活している方がいらっしゃるんですか? って。タイヤの跡が車椅子みたいだからって言われましたよ」  そう言われてみると確かに車椅子と言われれば適当な幅だったかもしれない。ベビーカーでなかったのであれば、ストレッチャーか車椅子だろう。あの日、あの跡に気がついたのも、うちから優希を運んだストレッチャーの跡と似たものが反対に伸びていたからという理由だったのだから。 ——でも、向こうの家の人が知らないものが、なんで向こうの家から伸びていたんだ?  俺にはこれがやや気になっていた。ただし、今それを考えても情報がないので推理のしようもなかった。 「まあとりあえず、今日は寝るか。リョウ、今日から俺たち部屋入れ替えな。お前とミドリは俺の寝室で寝て。俺はお前の部屋で寝るから。変なこと考えるなよ。ただ単にベッドが広い方が寝やすいだろうから貸してやるだけだからな!」  そう言ってニヤける俺に向かって、ミドリが「だからセクハラなんだってば!」と言いながら、嬉しそうにケラケラと笑い転げていた。 ◇◇◇  リョウとミドリが同じ部屋で暮らし始めて、二週間が過ぎた。いくら思春期真っ只中の二人とはいえ、毎日学校へ行った後にカフェでバイトをしているため、帰宅後に残った数時間では二人の仲は進展しようも無かった。   「あ、葵さんのアイスコーヒーだ。ありがとうございます! これに豆乳入れてラテにしよう。やり方教えてもらったんですよ。甘さは黒糖で出すようにしてるんで、よかったら優希さんも同じの飲んでみませんか?」  ミドリは、僕から渡されたお土産のコーヒーを開けながら僕に笑いかけてくれた。 「リョウ、アーモンドタルト焼けた? もうコーヒー出してていい?」  僕がオールソーツによってコーヒーを買ってくるよと連絡を入れたところ、リョウがアーモンドクリームとドライフルーツがたっぷり入ったタルトを焼いてくれていた。その香ばしくて甘酸っぱい香りが、食欲を刺激してくる。 「うわあ、相変わらずすごいね、リョウ。どうしてこんなに料理上手に育ったんだろう……僕全然ダメなのに」    手でタルトの香りを引き寄せながら鼻で幸せを堪能していると、リョウが楽しそうに肩を揺らした。その優しい顔は、もうしっかり男性の顔になっていて、僕が育てた可愛らしいリョウでは無くなっている。  普通は成長すると寂しくなったりするのだろうけれど、僕はもうリョウに変な気を抱く心配をする必要がなくなったことで、とても安心していられるようになった。だから、寂しさよりも断然嬉しさが優っている。 「優希さんって甘さ控えめの方がいいんですよね? これくらいでどうですか?」    ミドリともなんの躊躇いもなく接することが出来るようになった。味見用に小さなグラスに入れてくれた黒糖と豆乳のラテのほんのりとした甘みに顔が綻んでいると「よし、美味しいいただきました」と花が咲いたような笑顔を見せてくれた。 「ミドリもすっかりお姉さんだね。大人って感じだ」  僕がそう言うと、二人とも少し切なそうな顔をした。過去を大切にしたいけれど、今がベストだと言う気持ちには勝てない。二人と過ごした日々は否定したくないけれど、地獄であることに変わりはなかった。 「これからは楽しい思い出一緒に作ってくれませんか? 一緒にたくさん笑ってたいです」    真剣なリョウのお願いが、胸を打った。「うん。僕もそうしたい。これからは、年の離れた友人だね」と言うと、二人は心から喜んでくれた。    僕は今、リョウとミドリが暮らす部屋に初めてお邪魔しているところだ。一緒に、旅行の打ち合わせをしている。念の為、二人ともピアスをつけているけれど、それでもこんな日が来ようとは思いもしなかった。  リョウの耳には多少跡は残っているけれど、ほぼ元通りになっていた。それを確認出来た事が嬉しい。リョウにはずっと前から迷惑ばかりかけて、とても申し訳ないと思っている。それでも、これからも彼らとの縁はどうしても切りたくなかった。 「優希さん、ホテル咲耶荘って葵さんの実家になるんですか?」  連休中に宿泊する予定のホテルは、安全面への配慮をお願いするため、葵の実家である咲耶荘にしてもらった。  ただ、実家とはいえ葵はそこで暮らしていたわけではない。  社長であるお父さんと副社長であるお兄さんの蓮さんがあのホテルを建てたのは、葵が大学生になってからだ。その頃には葵は実家と絶縁状態になっていて、一度もホテルには行ってないらしい。 「うん、まあそうなるけど、葵自身は行った事は無いんだよ。理由は聞いたでしょ?」  葵はいわゆるギフテッドで、勉強はほとんどしたことが無い。一度聞けば大体のことを理解し、覚える必要のあるものは一度で覚えてしまう。大学受験の時期には友人から煙たがられ、毎日のように嫌味を言われていたらしい。  3年になってからは、友人との関わりがなくなり、ほぼずっと一人だった。  ちょうどその頃、ペドフィリアで悩んでいた僕は図書館へ逃げることが多かった。そのうち、葵とそこで顔を合わせる事が増え、自然といつも一緒にいるようになった。  そうして二人で一緒にいるようになったところ、葵の継母に僕の存在がバレてしまい、大問題になった。 『そんな汚らしい存在と一緒にいたら、家名に傷がつきます! すぐに縁を切りなさい!』  そう怒鳴りつけた継母に、葵は自分のポリアモリーを告白して『俺だって普通じゃない。気に入らないなら二度と会わないでくれ』と吐き捨てて家を出た。僕はそれをお兄さんの蓮さんから教えてもらった。 「経緯は聞きました。でも、葵さんのお父さんとお兄さんなら、そんな事を言う人と一緒にいたら嫌だと思うんじゃ無いですかね……よく離婚せずにいますよね」  ミドリがそう呟くと、リョウは察したようで「それはほら、継母ってことは沙枝さんのお母さんだから……」とミドリを嗜めていた。 「そう、沙枝さんを愛していた葵が、お父さんに離婚はしないであげてくれって頼んだんだよ。継母さんはキツイ人だから、お父さんや蓮さんが間に入ることで守ってあげて欲しかったんだって。かっこいいよね、葵」  それを聞いて、ミドリは眉根をギュッと寄せて俯いた。「どうした?」とリョウが声をかけると、「優しすぎるんですよ、あのセクハラ親父は」と涙目になりながらも葵を揶揄していた。 「そうだね。葵は優しいよ。何度救われたかわからない」  僕がそう言うと、リョウは首がもげそうなほど頷いていた。 「優希さんたちとは、現地まで同行してもらえるんですよね? そのあとは基本的には別行動なんですよね?」  リョウとミドリは、ホテル側に葵から事情を説明してもらっていて、保護者のいない未成年だけでレストランに行かせるのは危険だと判断し、部屋で食事をとらせてもらうことにしている。  それ以外は、基本的に自由に過ごしていいとも言われていた。 「でも、子供だけの客に部屋食の提供をお願いするなんて、そんなに融通がきくものなんですね」 「お父さんは葵を溺愛してたんだよ。それでも再婚してからうまくやっていけなくて、そのことを気にしてるんだよね。だから、今回の葵からのお願いは、全部聞いてあげたいみたいなんだよ」 「葵さんってなんか孤独感ある人だなと思ってたけど、実家との関係が薄いからなんですかね」 「うん、そうだと思うよ」  僕はそう答えながら、実家と疎遠になった頃の葵の激怒した顔を思い出していた。 『俺の大切な友人を汚いもの扱いするような人がいる場所には、二度と来ないからな!』  あの頃、全くと言っていいほど味方のいなかった自分にとって、葵は唯一の味方だった。いつも守ってくれて、僕が守ってあげることは無かった。それが今でも心に引っかかっていた。 「ところで二人はさあ」  少しトーンの下がった声で話題を変えた。ミドリは少し構えてしまった。  やや怒気を含んだ声で話始しめた勇気を前に、ミドリは落ちつかずにソワソワしてしまった。 「な、なんですか?」  僕はミドリが所在なくしていることに気がつき、慌てて両手をブンブンと振った。 「あ、ごめん。僕ちょっと怒ってた? 二人に怒ってるわけじゃないから……ごめんね」  明らかに怒りの態度を見せてしまったけれど、すぐにいつもの僕に戻した。しかし、話したい内容が内容なので、すぐにまた怒りを噛み潰したような声になった。 「あの日のこと覚えてる? リョウがピアスと耳を潰されて、僕が麻酔過多で倒れた日」  ミドリは顔を優希に向けたまま、意識だけがその日に戻って行ったような顔をしていた。  あの日、リョウはミドリの部屋に来ていたらしい。卒業前の思い出作りに、クラスの数少ない仲のいいメンバーで日帰り旅行に行こうと言っていて、その話を具体的に詰めていたということだった。   「あの日は、山に行こうって話しをしていました。山登りをして、受験に勝った感を出そうってクラスメイトが言ってたんです。その子は高校受験で志望校に落ちていて、滑り止めの学校に行くことが決まってました。それでも未来に希望を見出したいから、山頂から全てを見下ろしたいんだよ! と熱弁してました」  ミドリがその時の状況を思い出しながら、僕に説明してくれた。それはそれで納得できる。問題は、その後のことだ。 「僕はあの日、葵の部屋……つまり、この家のリビングでリョウに気絶させられた、そう言うことになってるよね?」 「は、はい。確かそうでした」  リョウが当時警察から言われた事を思い出しながら返事をする。すると、普段穏やかな優希が明らかに怒気を孕んだ声で即座に言い返してきた。 「おかしいと思わない?」  リョウとミドリはわずかに怯んだ。それでも、あの優希がここまで不快感をあらわにするのであれば、その理由を聞かなくてはいけない。 「何がおかしいんですか?」  優希はさらに語気を荒げて、ほぼ叫ぶように言い退けた。 「だってさ、リョウが僕を痛めつけたいと思ったからそうしたってことでしょ? リョウってそんな子じゃなくない? それに、僕はなぜあの日、リョウと二人で葵のうちにいたのかが分からないんだよ。二人になる理由なんて全くない。ならない理由なら、たくさんあるけどね」  よほど腹に据えかねていたのか、一気に捲し立てると、今度はグッと言葉を飲み込んだ。そして、こう続けた。 「もしまたリョウに性愛を抱くことになったら、僕はサトルを傷つけることになる。それだけは絶対に嫌だ。だからリョウと二人きりになることなんて、絶対にしないはずなんだ。そしてそれは、相手がミドリであっても同じなんだ。サトルだけは何があっても失いたくない。サトルを失うくらいなら、僕は死ぬ覚悟を持ってる」  普段柔和な表情しかしない優希の顔は、怒りの表情に耐えきれずに顔が痙攣していた。その姿を見て、リョウとミドリは黙り込んでしまった。  その疑問は、実はずっとあった。その答えが見つからないままなので、みんな他のことに夢中になって考えない様にしようとしているところさえあった。そのことにそろそろ罪悪感も芽生えてきていた。 「実は私も、一つ疑問に思っていることがあるんです」  ミドリは、下を向いてフーッと息を吐いた。そして、少しだけ逡巡したかと思うと、一息で言い切った。 「リョウはあの日、私の部屋にいました。一緒に話してた内容まで覚えてます。でも私、その後の記憶が無いんです。次の日の朝までずっと眠ってました。それなのに、朝起きたら胸焼けしてたんです。前日に甘いものを食べたんだろうと思います。でも食べた記憶が無い。そんなのおかしいと思いませんか!?」  ミドリがずっと溜め込んでいた胸の内を吐き出した途端に、開け放った窓からざあっと風が吹き込んできた。  雨が降るのだろうか、やや湿り気のある匂いがしている。  春先らしい、土や花の匂いもする。  その匂いを感じるくらいの心の余裕は、三人にもまだあった。 「食べたものを無かったことにした人がいると思うんです。そう考えたら、食べたものに何か薬が入れてあったんだと思うんです。眠ってしまうようなものが。そして忘れてしまうようなものが。そんなことができる人は、どう考えても一人しかいません」  言い切った後に、目に涙を溜めて、リョウを見た。 「え!? え!? お、俺がしたと思ってるの?」 「そんなわけないでしょ! リョウも眠らされてたんでしょ!?」  ミドリが全力で否定すると、リョウはほっと胸を撫で下ろした。 「そうだけど……でも、だとしたら……」  リョウはあたふたしていた。でも、ミドリの覚悟を思うと、今更あやふやにする方がよく無い気がした。そこで僕はやや冷えた声でミドリに訊いた。 「ミドリ、お母さんを疑ってるんだね?」  ビクッと大きく体を震わせて、ミドリは止まった。そして、こくんと頷いたのだ。いつの間にか彼女の目に溜まっていた涙は、ぼたぼたと落ち始め、腰掛けていたソファに悲しいシミを作り始めた。 「お母さんがケーキとコーヒーを持ってきてくれていたとしたら、その中に何か混ぜてあったんだと思うんです」 「でも、なんのために二人を眠らせる必要があったの? 娘にそんなことする? しかも、リョウは、葵のうちにいたんだよ?」  ミドリは、感情の波に飲み込まれないように必死に耐えていた。  そろそろ、この話をさもはっきりさせなければならない。ぐっと拳をにぎり、その手に更に力を入こめた。  そして、自分の口からいうには一番辛い言葉を、どうにかギリギリと体の中から捻り出した。 「理由ははっきり分からないけど、そうすることで自分に都合が良ければ、あの人はやります。私に何が起きたって、全く気にしない人ですから。私のことなんか、どうでもいいと思ってるから。ずっとそうだから……」

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