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光のふわふわ大作戦

 とある金曜日、待ちに待った楓さんとのおうちデートの日だ。約束の時間にインターホンを鳴らすと少しやつれた楓さんが出迎えてくれた。  できるだけ一緒にいたいから、外には出掛けず家でごはんを食べたいとリクエストしたのは俺だ。一緒に食べられる物と少しのアルコールを買って来たが料理上手な彼氏はラザニアを作って待ってくれていた。 「楓さんわざわざこんなの作ってくれたの……?」 「冷凍していたのを焼いただけだよ。全然簡単」  簡単とは言え今日のために楓さんはこのラザニアを仕込んでいてくれたのだ。それはとても嬉しいけれど、それよりも楓さんの顔色の方が気になってしまう。隈はないから眠ってはいるのだろう。痩せてもいないから食べてはいるのだろう。それでも滲み出る疲労感が心配だった。 「疲れてるのにありがとう」 「光くんが喜んでくれるなら嬉しいよ」  疲れが滲んでいても嬉しいと言って見せる笑顔は輝いていた。俺と居る時間が負担になっていないなら安心だ。だけどご飯を食べて、お風呂に入って、映画を観始めた途端に眠ってしまった楓さんを見て俺は胸が苦しくなった。楓さんを起こさないように優しく抱きしめて強く感じた。  楓さんを癒したい……!  それから俺は彼氏を癒す方法を模索した。定番はやはりお風呂やマッサージだろう。また一緒に銭湯に行くのもいいだろうし、時間が作れないなら入浴剤を贈るのもいいかもしれない。できれば一緒に入りたいけれど、お風呂だけでは済まなくなるのが目に見えているのでそこは我慢か……。お風呂から上がったらベッドでたくさんマッサージしてあげよう。やったことがないのでやり方はよくわからないけれど、良い香りのするオイルを使えば癒し効果が上がるのではないだろうか。そう思い早速マッサージオイルについて調べてみると、日頃の行いのせいか、気付けばエッチな動画に導かれてしまっていた。  ………………ダメだ、純粋な楓さんは俺にスペシャルえちえちマッサージを施され「これって本当にマッサージですか?」と言いながら俺のお尻に腰を打ち付ける姿が想像できてしまう。こんなのは良くない。詐欺だ。冒涜だ。雷で打たれてしまう。(でもいつかやりたい)  彼氏を癒したいはずなのに抑えきれない愛と欲が俺の作戦の邪魔をする。どうしたものかと考えているとセーターの袖をぐいっと引かれた。 「これどこで買ったの? かわいー」  相手は一緒にお昼を食べている女子だ。ぼーっとして話を聞いていなかったが何度か声を掛けられていたらしい。 「あったかくて良いよ、柔らかくて気持ちいいし」  それは先週買ったふわふわのセーターのことだった。こちらは地元と違って非常に冷え込むので、今日は温かいインナーとTシャツの上にセーターを重ねて着ている。それでもまだ冷える程だ。 「ふわふわいいよね~。可愛いし温かいし、しかも彼氏がぎゅーしてくれる!」  彼女の発言に場が沸いた。彼女は彼氏と仲が良く時々みんなの前で惚気て見せる。俺は女子との恋バナは嫌いじゃないし、勉強になることが多いのでその子の話はよく聞かせてもらっている。一緒にいた友人たちは煙たい振りをして茶化したり、楽しそうに共感したりとリアクションは様々だ。聞けばどうやらクリスマスプレゼントに貰ったルームウェアが好評らしいのだ。 「おっきいぬいぐるみを抱っこしてるみたいで癒されるんだって!」  これだ、と思った。間違いない。  うざ~、とか、もうええわ、とか、バレンタインどうする? とか言う声の中俺は静かに確信した。 「うわ、たっか!」  後日、例の女子から聞いたルームウェアブランドのサイトを覗いてみたが予想を超える値段に思わず嘆いてしまった。その様子を見ていた甲斐にスマホを見せると事情を察したらしく買い物に付き合ってくれた。そして出掛けた先で見付けた手頃なふわふわに「あートイプーみたいでいいんじゃない?」という気の無いお墨付きを貰い、俺は早速楓さんとのお泊りデートにルームウェアを持参した。  購入したのはやや毛足の長いポリエステル100%のお安いオーバーサイズのパーカーとセットのパンツだ。本当はショートパンツが可愛いかなと思ったけれど甲斐の手前媚びているのが見え見えで気まずいのと、万が一楓さんにはまらなかった時が辛いので足首まですっぽり収まるフルレングスを選んだ。色はベージュでテディベアっぽさを意識したのだがどうだろうか。触り心地は悪くないと思うのだけれど。 「今日はパジャマなの? ふわふわで温かそうだね」  別々に入ったお風呂から上がると楓さんはシンプルなクルーネックの柔らか素材のパジャマにいつもの通りカーディガンを羽織っている。昼間は見られない眼鏡姿は非常にレアで、乾かしっぱなしにしたさらさらの黒髪がちょっと野暮ったくてめちゃくちゃ可愛い。期待を裏切らない優等生パジャマルックに対して俺はいつもスウェットだのTシャツにジャージだのの雑魚着を披露していた。寝間着貸して♡と言えば彼氏の匂いがたっぷり染みたパジャマを貸してもらえるのでそれが狙いというのもある。 「新しく買ったんだ! すっごくふわふわで気持ちいいよ!」  ソファーに座った楓さんの横に勢い良く飛び込んだ。自分で自分の腕を撫でて触り心地が申し分ない事を確かめる。楓さんは良いね、と言って笑っただけで冷蔵庫から出してきたビールに手を伸ばした。ちょっとだけ目の下が窪んでいるように見える。 「あったかくて、柔らかくて、すっごく良いんだよ!」  身体ごと楓さんに向けてアピールすると楓さんはビールを開ける前にこちらを見た。そういえば楓さんは元々スキンシップが下手だった。 「絶対、触った方が良いよ」  少しだけ腰を浮かせて包み込むように大きな身体を抱きしめた。いつも頑張っている楓さんの気持ちが僅かにでも解れるといい。そんな気持ちで優しく、しっかり、包んであげたい。 「わあ、ふわふわ……」  疲れた身体を抱きしめてあげるとふにゃんとした声が聞こえてきた。これはまさに作戦成功だ!  楓さんは癒しアイテムのビールを開けることなく、しばらくの間は俺に促されるままにふわふわを抱っこしてくれた。充分ふわふわで温かい上に大好きな彼氏からのハグで正直俺は暑いくらいだったが、耳元で漏れるふにゃふにゃの声には抗えなかった。  それから憧れのバックハグをしてもらい、その体勢で映画を観た。楓さんの癒しの光くんぬいぐるみになれたことはこの上なく幸せだ。多幸感に加えて身体の密着と来ればどうなるかは決まっていた。俺はいそいそとズボンを脱ぎ、膝を立てて露わになった太腿をアピールする。背中によりずっしりと楓さんの体温を感じ首筋に吐息が掛かる。結局こうなっちゃうよなあと罪悪感を覚えつつ、それもこれも仲良しな印だよねと正当化して楓さんの手を自分の素足へ導いた。  導いた。  ……導いたよ?  肩に凭れた顔を覗くと黒い睫毛は穏やかに伏せられていた。どうやらお疲れの恋人は温かい抱き枕を抱っこして夢の世界に旅立ってしまったらしい。 「楓さん寝るならベッドで寝ようね」  安心した顔で眠る楓さんの眼鏡をそっと外すとむにゃむにゃした様子で顔を上げた。それが堪らなく愛おしく感じて、直前に覚えた劣情はすべてほっこりした愛に変わった。もしかするとこの人を大切にすることが俺の幸せかもしれない。そんな優しさに満ちた思いで楓さんとベッドに向かった。  ベッドの中でも抱き枕にされたのは色々と窮屈だったけれど楓さんが気に入ってくれたのなら万々歳だ。平日冬のお泊りデートはなるべくふわふわパジャマで包み込んであげようと心に決めた。  が、次のおうちデートで現れた楓さんは黒い上質なガウンを身に纏い、俺をふわふわで包み込んでくれた。  いわく、「光くんのふわふわパジャマが凄く気持ち良かったから光くんにも体験してほしくて買っちゃった!」だそうだ。お利口なお疲れ紳士と違い、好きと性欲が直結している男子大学生に彼氏の匂いと体温が染み込んだふわふわガウンは刺激が強過ぎた。  結局その日は楓さんを癒すどころか疲れた身体に鞭を打たせ、ふわふわに包まれながら汗を掻いたのであった。

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