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Stay Gold
男子大学生というのは性欲が盛んなくらいが健全だと思う。俺は何でもかんでも猥談を楽しめるわけではないけれど、人並みにエロいことに興味はある。例えば、誰かを弄んだなどの武勇伝は聞かないようにしているが、誰も傷付かない上にみんなの役に立つような、そう、男の自慰事情については積極的に参加した。
とは言え、俺は面白みのあることはしていないので主に聞き手に回るだけだ。一人暮らしを始めた年頃の男たちは本当に自由な自慰生活を満喫しているようだった。なるほど道具を使うのがアツいのか、と俺は大学の講義よりも真剣に心に刻んだ。
はっきりと覚えているのはそこまでだ。恐らく酒の勢いで知り得たあけすけな情報をすぐに活用したのだろう。俺はどうやらムラムラしたままアダルトグッズを注文したらしい。
その結果、目の前には男性器を模したおもちゃが鎮座している。
「いやそこはオナホだろ!」
なんでだよ! みんなでオナホの話してたじゃん! 俺も興味津々だったじゃん! なんでディルドなんて買ってんだよ!
何かの悪戯や間違いかと注文履歴を確認するがそれは確かにしこたま飲んだあの日に自らオーダーした物だった。ついでに閲覧履歴も遡ると始めの方は予定通りオナホをチェックしていたのに、ある時からディルドを検索し始めている。同じ様な商品を何度も表示しており不思議に思うとどうやらそれぞれサイズが異なっていることがわかった。
「吟味している……!」
酔っ払ってムラムラした俺が最終的に選んだ物が一体どんなブツなのか。俺は改めて箱を開け手に取った。
「もう絶対そうじゃ〜ん!」
それは予想通り、俺が世界で一番愛している男性器とよく似ていた。
俺の彼氏は格好良い。格好良くてセクシーでしかもちょっと可愛い。そんな人だから俺は当然べた惚れで、会える日はいつも抱いて欲しくて堪らなくなる。
しかしひとつ大きな落とし穴がある。俺のイケメンセクシーキュート彼氏は真面目でストイックに仕事を頑張り過ぎてしまうので、こんな食べ頃くそちょろ歳下彼氏を前にしてすやすやと眠ってしまうのだ。
だけど俺はそれでいじけたりしないし、責めたりもしない。それが大切な彼氏である楓さんの良いところなのだから。
俺と楓さんの仲を知る友達からは俺が歳上の男に遊ばれていると心配をされていたみたいだけど全くの杞憂だ。その証拠に、ほんの少し楓さんを会わせただけで誤解が解けてしまったのだ。
楓さんはいつも穏やかで、性欲なんてあるのだろうかと思うくらい爽やかだ。しかしこれがただのイメージ像とは侮れず、俺が誘わなければエッチなイベントは起きないのだ。
だから時々性欲のバランスが釣り合っていないと不安に感じないこともない。それでも楓さんは俺の誘いに応じるし断ることはない。これは恐らくだけど、元来禁欲的な思考のために性欲の扱いに慣れていないのではないかと思う。なので俺は急かさず楓さんのペースでエッチを楽しんでくれたら良いなと思っている。
という事情とは別に、溜まるものは溜まる。それが故理性を手放した俺はディルド召喚に至ったのだろう。男性器よりも後ろが寂しくなるなんて……身も心も楓さんを求めているのだと痛感した。
しかし心の準備もないままディルドと向き合うのはあまりにもハードルが高い。
こんなイカツイ無機物を体内に……? そう思いに商品に触れてみるが機械というよりは弾力のあるシリコン製でカチカチの勃起と思えば遠くはない。
でも無機物は無機物だ。これを使ってのオナニーは論外だ。
「せっかくだけど君に楓さんの代わりは果たせないよ……」
たとえ誰であってね、と心の中で付け加え、今日も頑張って働いているであろう恋人に思い馳せる。
そして用の無いおもちゃをどうしようかと考えていると友人の甲斐から着信がきた。甲斐がもうすぐ家に来るのだ。こんなものを見られてはいくら甲斐でも気まず過ぎる!
俺はひとまずベッド下の収納スペースへディルドを入れた箱を押し込んだ。
***
今日は楓さんが家に来る日だ。そろそろコタツを出そうかな、という話から一緒に鍋を作ろうということになったのだ。すぐに使えるように楓さんの到着までにコタツをセッティングしようと思っていたのに俺としたことが寝坊をしてしまった。家の掃除の最終チェックをするだけで時間切れになってしまい、黒のタートルネックが格好良いやら可愛いやらで大変なお兄さんが到着した。
「コタツ準備しておこうと思ったのに寝坊しちゃった、ごめん~」
「そうなの? ありがとう、一緒に準備しようね」
楓さんはすでに鍋の具材を買ってきており、手土産と一緒に渡された。一緒に仲良く買い出しをしたかったのに、と思っていたところでお互い好きな具材は後で買いに行こうね、と言われてしまい驚いた。どうやら買ってきてくれたものはネギや白菜や豆腐など基本的な鍋の材料らしく、割り勘派の俺が負担する金額を減らしてくれたのだ。ああ……スマート……好き……。
俺は有難い気持ちで渡された具材を冷蔵庫に片付けた。手土産を確認すると、それはちょっとお高い缶詰のおつまみだった。お昼は何がいいだろうかと考えながらリビングへ戻ると楓さんはベッドの脇に腰を下しており、お願いした通りコタツを出してくれていた。
「そこに入ってるでしょ? 布団は洗濯してあるからすぐ使えると思うんだけど、やっぱり一回干した方が」
俺は言葉を失った。うきうきでコタツの収納ケースを引っ張り出す楓さんのすぐそばに、いつか酔っ払って買ったディルドの箱が置かれているのだ。
「今日は天気が良いから一応干しておこうか」
「ちょーっと待って待って待って!」
楓さんはコタツに夢中でまるでディルドには気付いていないようだが、それは確実に楓さんの手で日の目を見ているのだ。
「どうしたの、虫でもいた?」
俺の慌てようを見て楓さんは立ち上がり辺りを見回した。違う、やめて、ターゲットはあなたの足元で動かないから……!
「楓さん……あの、それ、見ちゃったよね……」
俺は腹を決めた。だってもうどう考えても暴かれてしまったのだ。変に触れずにいるのも不自然だし、何よりこのチンコ型おもちゃで自分を慰めていると思われるのが嫌だった。ここは素直に事実を伝えた方がよっぽどダメージは小さい。
「酔っ払った時に買っちゃったみたいで、閉まったままにして今まで忘れてたんだ」
話しながら耳が赤くなっていくのがわかった。楓さんはなんだかわからない様子で足元のディルドの箱を拾い上げた。
「これのこと?」
コタツ以外に出された物はそれだけだ。パッケージに思い切り商品の写真がプリントされており、何をどう見てもアダルトグッズでしかない代物だ。それをよりにもよって清楚代表のような美人彼氏が落として傷付けたりしないよう、彼が万物にそうするように、大切に両手で持って俺に示した。正直絵面がヤバ過ぎる。
「うん、でもね、一回も使ってないんだ、ほんとだよ」
こんな下品な物と相対して楓さんは一体どんなことを考えているだろう。はっきりと聞いたことはないけれど、恐らく楓さんは自慰に情熱を注ぐタイプではない。というかそもそも自慰をしない説まで囁かれているのだ(俺の中で)。
それが浅ましい形をした卑猥な道具を俺が所持していたのだから、とんでもない淫乱だと軽蔑されてしまうかもしれない!
「これ何なの?」
「え?」
え?
ディルドじゃん、絶対。楓さんの「これ何なの?」は(怒)でも(圧)でもましてや(ニヤリ)でもない。「これ何なの?(なんだろう?)」だった。
いや、絶対ディルドじゃん! しょっちゅう抱いてくれっておねだりしてる性欲強めのあなたの恋人が持て余した欲を発散するためにケツに入れて善がる道具じゃん! 使ってないけど!
衝撃に固まり何も答えられない俺の返答を諦めたのか楓さんはついにパッケージの説明文に視線を落とした。伏せられた美しい瞼はすぐに見開かれ驚きの声が漏れる。
「これ、ジョークグッズとかでは……」
やばい。楓さんの辞書に『ディルド』が追加されてしまったようだ。美しい言葉や優しい言葉、知性に溢れた言葉しか載っていない辞書に、俺のせいで『ディルド』が追加されてしまった。恐らく意味は『光くんがお尻に入れて使う物(?)』だ。
「変な物見せてごめん! 忘れて! こんな物覚えなくていいから!!!」
楓さんの手からディルドを奪い取るが彼が受けた衝撃ははかり知れない。楓さんの視線は未だにディルドに向けられておりその真っ白な顔には「これを……お尻に……」と書かれている。
「こんなの持ってるなんて引いたよね……」
俺は恥ずかしさや情けなさ、後ろめたさでいっぱいだった。酔っていたとはいえ、いや、酔っていたからこそ、これが俺の根底にある欲望であることが暴かれてしまったのだ。
「そうじゃないけど、こういうものがあるんだなって思って」
その表情は確かに軽蔑とは別の色をしているように見える。決して快く捉えているようには見えないが、どこか悲しみを感じるような雰囲気だ。もしかして憐れまれているのだろうか……。
「これは身体の負担とかは無いの?」
さすが楓さん。一番に気になる点が恋人の性事情よりも安全性だった。
「わかんない、怖くて使ったことない……。でも結構柔らかいみたいだから大丈夫だと思うよ」
最後の一言は半分くらい下心から付け足した。引かれたわけではないのなら「そんなことを知ってるなんて本当はいつも使っているんでしょう?」とか「どんな風に使うのか僕に見せてよ」とか定番なエッチ展開を妄想した。楓さんが予想もできないような俺の欲望が露呈してしまったのだから、いっそのことAVよろしく強引に流してくれたらあとは俺が大いに盛り上げてみせる。さあ、来い……!
「うん、やっぱりちょっと怖いよね。しまっておこうか」
「そうだよね! この事は忘れてね!」
ちくしょう! 楓さんも苦笑いしてるし! もー!
やぶれかぶれになり、俺は諸々の感情と一緒に辱め棒を収納スペースに投げ入れた。
ベランダに布団を干し、その後はお昼を食べに外へ出た。ハンバーガーをテイクアウトして散歩がてら公園でのんびりと過ごした。本音を言えば部屋で食べた後はそのままいちゃいちゃしてあわよくば、と考えていたのだけれど、さきほどの件があるので少し頭を冷やしたかった。
うかつだった。せめて今日寝坊をしていなければ例のブツの第一発見者は俺だったはずだ。そうすれば楓さんは一生あんな俗物の存在なんて知らずに済んだはずだったのに。
「紅葉が綺麗だね」
俺は楓さんの言葉にはっとして顔を上げた。楓さんも目で何かを追っており、視線の先に目を向けるとそこには枝から落ちた紅い葉が舞っていた。
「山はもっと綺麗だろうな。今度一緒に行ってみない?」
耳を澄ませば一歩進むごとに乾いた葉が擦れる音がする。そんなことにも気が付かなかった。楓さんは俺といる時間を大切にしてくれているのに俺ときたら。
「行きたい、絶対行こう!」
飛びつきたい気持ちをぐっと抑えて、代わりに視線で熱意をぶつけた。
それからは気まずさも忘れて予定通りに過ごした。コタツを組み立ててひとしきりはしゃいだ後は買い出しに出掛けた。スーパーの商品を見ているだけなのにいくらでも会話が弾んだ。お互いの好きな食べ物や苦手な食べ物、味のこだわり、食事のエピソード……。どれもなんでもない話なのに、好きな人に関することならなんでも興味深くて楽しかった。
狭いキッチンはふたりで並んで料理をするには窮屈で、玄関と繋がっているため肌寒い。それでも一緒にいるのが楽しくて、俺はずっと楓さんのそばに立ち、指示をもらいながら鍋の準備を手伝った。そうして完成した水炊きはとても美味しくて、楓さんが持ってきてくれたおつまみと一緒にお酒も楽しんだ。
ここまで来たらさすがにもういいだろう。
俺は清純デート中に踏んで押さえていた蓋から足を退けた。前に一緒に入ったお風呂は相当良かった。狭いし滑るし身の置き所が定まらない不便さがあるのだけどその縛り感が案外そそる一面を持っているのだ。その不便さを凌駕するほどの高まりが堪らない。それから壁の薄い部屋でのエッチを危惧して楓さんはおしゃぶりを使うのはどうかと提案してきた。もしもそんなとんちき羞恥プレイを持ち込まれたら俺はよだれ掛けを着用して挑む所存だ。
ふたり仲良く片付けを済ませた後、いざお風呂エッチを申し込もうと楓さんを振り返ると、六つも歳上の社会人の成人男性が小走りでコタツに潜り込む姿が見えた。
「はあ、暖かい……」
急いで追いかけてリビングに戻ると珍しく背中を丸めた楓さんが溶けかけていた。
「コタツでゆっくりするのずっと憧れてたんだ」
「コタツなかったの?」
「コタツはあったけどいつも争奪戦に負けてたんだ」
はあ、幸せ、と漏らす楓さんに向かって誰が「そんなことより風呂場でやろうぜ」などと言えようか。口が裂けても言えるはずがない。
「……じゃあ先にお風呂入って来るね」
「うん」
「そのまま寝ないようにね」
コタツで寝落ちなんてされた日にはエッチがお預けどころか、俺は気持ちよく眠る楓さんを起こす義務と一晩中寝顔を眺めたい欲望の狭間で葛藤することになるだろう。
急ぎ目に終えた風呂から上がると案の定楓さんはコタツで暖まっていた。まさか寝ていないかと心配になったが楓さんはすぐにこちらを振り返った。その目はぱっちりと開かれている。
「何見てるの」
「光くんと行く山、どこがいいかなと思って調べてた」
手にしたスマホの画面に綺麗な紅葉の写真が表示されているのが見えた。
「俺、山頂に着いたら楓さん大好きって叫ぶね……」
「えっと、それは嫌かな……」
きちんとノーが言えるのも楓さんの長所だ。
結局おしゃぶりが導入されることはなかったが、楓さんは俺のおねだりに応じてくれた。ベッドに腰掛けた楓さんの膝の間に蹲り、舌を使って丁寧にそこを育てる。意外な事に楓さんは下の毛を一切なくしている。初めて見た時は本当に驚いたが、今は口での愛撫がしやすいのでとても気に入っている。何より見た目が良いのでもはやこれが当たり前の姿のようだ。充分な硬さになったら早速ベッドに乗り上げて、楓さんにぎゅっと抱きつく。しっとりした肌が触れ合うだけでも気持ち良い。
「ねえ楓さん、俺のもうこんなになってる」
引き締まった下腹部に自分の勃起を擦り付ける。まだ触れてもいないのに張り詰めて、ほんの些細な刺激で先端からじわりと涎が滲み出た。
「本当だね」
すけべ親父みたいな呆れた台詞でも楓さんは優しく対応してくれる。長くて、案外無骨な指で俺の勃起を包み、撫でるように上下に扱く。その優しさは俺にとってもどかしく、大きな手の上に自分の手を重ねて力を込めた。
「うぅん、きもちいいっ……!」
楓さんの膝に乗り、思いのままに腰を振る。あっという間にくちゅくちゅと湿った音が鳴り始め余計に性感が高まっていった。
「あッ、それ、あっ……」
空いた片腕でぎゅっと楓さんの頭を抱き締めると芯を持った胸の先が刺激された。柔らかく吸われ、揶揄うみたいに舌先でくすぐられる。切ない快感を覚えるともう片方が寂しくなる。だけど楓さんの手は俺の勃起を扱くのと、俺がベッドから落ちないようにと腰を支えるのに使われている。
「もっと触ってほしい……」
名残惜しく身体を離してシーツの上に横たわる。楓さんは俺の望み通りに覆いかぶさり、優しく全身に触れてくれた。
今回も吐息が掛かるだけでも声が上がるほど仕上げられ、必死になって挿入を懇願する羽目になってしまった。もういいよ、もう入れて、おねがい、と何度もおねだりをして愛しいペニスに触れた。楓さんが納得するまで俺たちは繋がることができない。泣きたくなるくらいそこは楓さんを求めているのに、俺はまた何度目かわからない淡い絶頂を迎えた。
「もういってる、何回も、もう優しいのやだあ、ちんちん入れてよお……!」
「ああ光くん泣かないで、意地悪したいんじゃないよ」
楓さんは限界まで蕩けさせた受け口から指を抜き、慌てて俺の涙を拭った。ふやけているのではないかと思われる指がもはや憎い。優しい楓さんは俺の溢れた涙を見て細くて綺麗な眉を下げた。
「声我慢するから入れてよお、優しいのばっかりじゃやだぁ」
挿入されたい一心で猫なで声を出して媚びる。困った顔をした楓さんに俺はほんのりと罪悪感を覚えたが、こんな状態にしてもお預けを命じる楓さんは酷い男だ。そんな風に思うくらいそこに欲しくて堪らない。べた惚れする人に溺愛されている俺は間違いなく幸せ者で、その上わがままを言えるのだから贅沢者だ。
思い切りにゃんにゃんと甘えてキスで誘い、どうだ少しは絆されてくれたかと美しい顔を覗く。すると楓さんは思いつめた表情を浮かべていた。
「あ、ち、ちがうよ、俺楓さんの優しいところ大好きなんだけど、」
熱に浮かされた頭が少しずつ冷まされていく。もしや今の発言は楓さんの愛情を性欲のために踏みにじるように思わせてしまったのか。そうだとしたら俺はとんでもない重罪人だ。すぐにでも楓さんをケアしなければ。この人を傷付けるなんて俺には耐えられない!
「あのね、光くん」
楓さんの好きなところを千個くらい並べて俺の愛を伝え直そうとしたところ、楓さんの真剣な声に制された。
「もし嫌じゃなかったら、さっきのディスコ? いや違うな……ディルノ? ちょっと名前があやふやなんだけど、あれの使い方を練習しない?」
俺の胸は疑念と不安とほんの少しの期待で高鳴った。
「あ、ディルドだった」
楓さんは収納スペースの奥から例の箱を持ち出して一生覚えなくていい単語を改めて辞書に登録した。きっと賢い頭は二度とその俗物の名前を忘れて事はないだろう。
俺は楓さんの思いやりを無下にしてしまった後ろめたさからディルドを使うことを拒むことができなかった。もちろん俺が僅かにでも嫌という気持ちを滲ませれば絶対にそいつは収納スペースから出される事はないはずだ。しかしこうして楓さんがディルドを検品しているという事はつまりそういうことだ。
「もし痛いとか、怖いとか、なんか嫌って思ったらすぐ言うよ、俺大丈夫だよ!」
先手を打って高らかに宣言すると楓さんはきょとんとした。俺はその発言に嫌と言ったらやめてくれ、ではなく、嫌じゃないから躊躇うなという気合いを込めた。
「うん、約束だからね」
念を押した楓さんの方がよほど怖がっているようだ。
検品作業が済んだ後、超甘々の溺愛ダーリンは実は既に心身ともに受け入れ態勢万端な俺にまた軽い愛撫を施し、仕上げに中の具合も確認するものだから割とくたくたになってしまった。
「ああっまたいく、いく、いっちゃうぅ……」
それでも先の過ちから急かすこともできず、俺は力なく絶頂を受け入れるしかなかった。勝手に反り返る背中が震え、両手で枕をきつく掴んで甘ったるい波が過ぎていくのを待った。
「じゃあそろそろ使ってみようか」
楓さんは人肌の色をしたディルドを手に取り避妊具で覆った。さらにその上からローションを塗り込んで少し心配そうに俺のヒクヒク痙攣する孔を覗いた。俺は準備が十分であることを伝えるためにあられもなく股を開き、腿の裏を手で支えた。ここまでさせてまだ躊躇うのなら、さすがに抗議してもいいだろう。
そしていよいよ楓さんはディルドの先を俺のそこに沿えた。待ちわびた孔は吸い付くように触れた部分に激しく反応する。恥ずかしくて止めたいのに身体が喜んでしまって抑えが効かない。ずっと早いままだった鼓動がさらに加速し、興奮に息が上がる。早く、早く、腰が浮き卑しく誘った。
「少し進めるね」
さすがに楓さんは「大丈夫?」などとは聞かなかった。それほど俺の身体の反応は明確なようだ。
宣言の通りそれが身体の中に押し込まれた。散々慣らされたそこに抵抗らしい抵抗はなく、棒の先端がぬるぬると入って来る。その質量と硬さには覚えがあるが体温よりも遥かに冷たい感覚が無機物の侵入を主張している。しかしばかになった頭にはその感覚すら興奮材料だった。
先端は難なく進んだがやはり俺の目に狂いはなかった。俺が吟味して手に入れたディルドはそんなにしょぼい物ではない。俺の愛する人のそれは少しの隙間もないくらい俺を愛で満たしてくれるのだ。そのために大きく張り出たそこを飲み込む際には孔の縁が引き攣り、奥へ進むほど大きな圧迫感と満足感を与えてくれた。
「全部入ったよ、頑張ったね」
「あ、はっ、だめ、それ、キュンってしちゃう」
いつのまにか腰の下にクッションが置かれ、俺は快適な状態で楓さんに秘部を晒した。伸びきった孔の縁を感心したように楓さんが指先で撫でるものだからゾクゾク痺れて堪らない。
「うん、すごく可愛い。あ、またキュンってした?」
ご指摘の通り、ディルドを咥えた俺の孔と馬車馬のごとく働かされている心臓がキュンとときめいた。もう恥も何もない。楓さんの思うまま可愛がってもらえたら俺は幸せだ。
「光くん大丈夫そうだね。よかった。少し動かしてみてもいい?」
緊張していてたのは楓さんの方で、俺が善がるとそれだけ表情が和らいだ。楓さんが安心できたのならもう何も問題はない。
「大丈夫だよ、ゆっくり動かしてみて」
「うん。……どうかな?」
「はっ……はあ……、うん、いいよ、だいじょぅぶ、ん、」
にちにちと控えめな音を立てながら楓さんは遠慮がちにそれを出し入れした。ゆっくりと摩擦される感覚と身体の中を優しくひっぱり、押し込む感覚は楓さんとのセックスと似ている気がする。そう思うと余計に感覚が貪欲になり気持ちが高まるのがわかった。
「楓さん、じょうずだね、きもちいい、」
「本当? よかった」
褒められて嬉しそうに笑う楓さんが単純に可愛かった。俺が苦しくないとわかり安心した楓さんは俺の反応を見ながら責める手を速めた。
「う、あっ、良い、あ、はぁ、きも、ちいいっ……!」
「あ、そうだ」
手首を滑らかに稼働させスムーズにディルドを抜き差し、楓さんは豊かな奉仕精神を披露した。すっかり感じ切ってゆらゆらと揺れる俺の勃起に手を伸ばしたのだ。
「いつも触ってあげたいと思ってたんだけどなかなか同時にはうまくできなくて……。これならどっちも触ってあげられていいかも」
にこ、と微笑む楓さんから慈愛のオーラが溢れている。より光くんを愛したい、もっと光くんを喜ばせたい、そういう綺麗な想いが伝わって来る清らかな笑顔だ。
「あ゛あぁッ、それ、やばぃい! どっちも、あっ、いく、すぐいく、どっちもいっちゃうぅうッ……!」
対称的に俺の口とぐちゃぐちゃにされた陰茎と後孔からは汚い愉悦がどぼどぼと溢れ出た。溺れるほど愛撫をされて全身が敏感に楓さんを求めている中で一番の性感帯を同時に愛されてしまっては為す術がない。散々焦らされた身体は楓さんの動きひとつひとつに一歩、また一歩と快楽の階段を登らされた。
「あ! 光くん」
「はっ、はぁあ、すみません……」
本格的な全力の責めを食らい天国が見えた矢先すべての快感が没収された。代わりに「む!」の顔をした楓さんが静かにしろと俺を叱った。混乱したまま素に戻ってしまい反射的に謝った。
「じゃあ次は自分でできる?」
「へ?」
俺のことをとろとろに甘やかしてくれた恋人はまた無垢な顔で特殊プレイを提案した。もしかしてディルドを怖がっていた俺にはいきなりは無理だから、快感で脳みそがふやけた頃に「ひとりでやってるところ見せてみろよ」を受け入れるように仕向けていたのだろうか。まさか楓さんがそんな羞恥プレイが好きだったなんて……。
「うん、わかった、俺いっぱい気持ち良くなるから楓さんちゃんと見ててね……っ!」
「え、あれ、そんないきなり、乱暴にしないで……!」
俺は返事をする前に楓さんからディルドを奪い取りすっかり味をしめたそこにずっぷりと奥まで差し込んだ。見せつけるように腰を持ち上げ、気持ちいいところに当るよう思い切りディルドを突き上げ、硬く勃ち上がったそこを扱き上げる。
ああ、気持ちいい、最高だ!
激しく体内を蹂躙する硬いディルドが容赦なく全身に快楽の波紋を広げ嵐のように搔き乱す。逃げ場のないように握り込んだ陰茎はすべてを搾り取るくらい強く苛烈にいじめ抜く。
強い快感に没入し、絶頂の手前できつく閉じた瞼を開く。インターバルで目に入ったのは珍しく頬を赤くした恋人の姿だった。
——やり過ぎた!
「あ、いや、あの、楓さん、ちがうよ、なんかごめん、ひとりですごい盛り上がっちゃって」
「ううん、大丈夫、僕の方こそ……」
楓さんが目を逸らした。いつでも真っ直ぐ瞳を見つめてくる楓さんが、気まずそうに目を逸らした。やばい、調子に乗ってしまった。オナニーもしない、AVも観ない、ディルドも知らない(※諸説あり)ピュア彼氏の前でAVみたいな強烈ディルドオナニーを披露してしまった。俺は楓さんの純情を穢したことで露出狂の類と同じ理由で罰せられるかもしれない。天使の偉い人とかに。
「ちょっとびっくりしたけど安心したよ。光くんディルド使うの上手だね、身体は痛くない?」
ああ……。ああ…………。
楓さんをびっくりさせるほど俺はディルドを使った激しいオナニーで巧みに気持ち良くなり、一方それを見た楓さんは衝撃を隠し切れず動揺しながらも俺の身体を案じてくれている……。そしてやはり正確に『ディルド』が辞書登録されている……。
「痛くないよ……でも楓さんが一番好きだよ……」
なんだか俺は情けないやら後ろめたいやらで複雑な心境だった。散々善がったディルドをベッドの外に放り楓さんに抱擁を求めた。緩く抱きしめ返してくれた体温にディルドでは絶対に得られない幸福感を覚えた。
「やっぱり本物が欲しい」
「え、本物って」
楓さんはぎょっとした。
「あっちは楓さんの偽物。こっちが本物でしょ」
「んー……」
そっと触れた本物のペニスはむくむくと形を変えた。
たっぷりとキスをしながら無遠慮に侵入してきた硬い杭はドクドクと脈打ち溶け合う体温が生々しかった。どれだけくっついても足りないくらい愛しくて両腕も両脚も触れられるだけ触れて楓さんを求めた。
「ねえディルドよりもおっきい、なんでぇ?」
ディルドは確かに楓さんの大きさや形と一緒だったはずなのに、今受け入れている物はそれよりも硬く内壁を圧迫し、強く存在を主張してくる。
「そんなのわからないよ」
「あぁあッ……!」
ドン、と力強く貫かれた。身体がばらばらになるくらい強い快感に襲われた。そのままの勢いで激しく腰を打ち付けられる。
「アッ! アアッ! すご、つよッ、い、……ッあぁ!」
感じたことのない快楽に身体が震えた。なんだかわからないうちにうつ伏せにされて、物みたいに腰を高く引き上げられた。ああ、このまま激しく貫かれるのだ。
部屋中に激しく交わる音が響く。ぱんぱんと肉同士がぶつかる音が鳴り止まない。とろとろにされたそこはぐぷぐぷといやらしい音を立てて熱いペニスを飲み込んだ。俺は快楽に泣き叫び、その悲鳴を枕に吸収させて激しく己の勃起を扱いた。
「ああ、光くん、ほんとは顔見ながらしたいんだけど、ごめんね」
向かい合っては俺の声が隣の部屋に聞こえてしまう。そういう配慮なのだろう。キスもできない、抱き合えない代わりに楓さんは俺を責めながら背中に被さり耳元で囁いた。それだけでも身体が震えて絶頂する。俺はこんなに愛してくれる楓さんにたくさん伝えたいことがあるのにまともに言葉を紡げなかった。必死になって好き、好き、とそれだけ壊れたみたいに叫び続けた。
それからは俺がイキ過ぎて遠慮する楓さんを叱り、彼が射精するまで腰を振らせた。
お互いに満足した後は膝が抜けたり腰が抜けたりするのを支えながらシャワーを浴びた。その時間が楽しくて愛しくて言葉にできないくらいに幸福だった。
「今までたくさん我慢させてたんだね。すごく反省した」
楓さんがベッドに入る前にコタツに入ってしまったので一緒にコタツを囲んだ。その顔は少し元気がない。
「決して満足させてあげられてるとは思ってなかったけど、うーん……」
そう言いながら大きな両手で小さな顔を覆ってしまった。
要するに楓さんとのセックスが物足りないということだろう。
もしも楓さんに激しく求められて、毎日のようにセックスをして、泣くほど責め抜かれたらどうだろう。確かに性欲はすごく満たされるかもしれないけれど、それでおしゃべりしながら買い物をしたり、散歩をしながら次の約束をしたり、コタツでゆっくり食事をしたりする時間が無くなってしまうのならそんな関係はきっと虚しいだけだ。
「楓さん」
俺は傷付いた顔を隠す手を剥がした。楓さんはやっぱり悲しい顔をしていた。
「楓さんが優しくしてくれて俺はすごく幸せだよ。だから全部大丈夫だよ」
「全部大丈夫?」
伝えたいことはたくさんあるのに、胸が詰まってうまく言葉にできないのがもどかしい。
「優しくて、大切にしてくれてるのすごくわかる。俺はそれが一番幸せだよ。だからいつもの優しいエッチも今日みたいなエッチも楓さんだからどっちも好きなんだよ。触ってもらえるだけで俺は嬉しい」
楓さんの小さな口がむにゅっと歪んで強張っていた瞳の力が抜けた。安心してくれたみたいで俺もほっとした。
「もっと時間を作りたいんだけどなかなか難しくて」
それはもう十分に伝わっている。その気持ちだけでも俺は本当に嬉しいのだ。
「でもディルドのおかげで少し安心した」
俺はぶん殴られた気持ちになった。楓さんの笑顔が可愛いからではない。可愛い清純派彼氏の口から俺のせいで低俗な単語が飛び出したからだ。
「楓さん、ディルドって言うのやめて!!!」
「どうして? あ、ごめん配慮が足りなかったね……。でもね、ディルドのおかげで僕が臆病すぎたなっていうのもわかったし、光くんがディルドを買ってくれていてよかったかも」
「可愛い顔でディルドって言うのやめて! ほんとやめて! 罪悪感に押し潰されそう!」
「そんなことないよ、僕が勉強不足なだけだよ。物足りない時は言ってほしいけど、でもどうしても会えない時はディルドが使えるね。そうだ、購入動機を考えたら僕がディルド代を出すべき」
「可愛いお口を閉じなさい!!!」
ディルドのおかげで忘れられない夜を過ごすことができたが、楓さんの辞書を穢した罪は重い。
これからも俺たちは自分の歩幅で愛し合って行くのが良いと身をもって感じた。
俺は綺麗に洗ったディルドを誰にも見られず、かつ取り出しやすい方法はないか、楓さんが帰った後のコタツでネット検索するのであった。
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