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どんな男か見せてみろ

 体力に頼り切った不摂生を続けていたせいか、この度小学生振りに特大の風邪を引いた。腹の調子はすぐれず、熱は下がらず、夜中になると咳が止まらない。一人暮らしで食事も睡眠もままならないというのは精神的にもかなり堪えた。趣味のゲームもやる気にならず陰鬱としていると人の好い友人が見舞いに来てくれた。 「甲斐~生きてるか~? 熱辛いよなあ、ゼリー飲めるか?」  光は普段からいい奴だとは思っていたけれどこの時ばかりは後光が差して見えた。 「お前のこと天使に見えるわ……」 「まじ? 熱冷まし無い系? 持ってきてあげたら良かったな」  それから天使の光は分厚く皮が削ぎ落された角ばったリンゴとレトルトのおかゆを振る舞ってくれた。俺は無事に天使様の助けのおかげで回復し、翌日に大天使光様が高熱を出して大学を休んだのだった。  また風邪をもらっては仕方ないのでマスク着用の元、光の部屋に差し入れを持って行った。半分冷やかしの先輩も一緒について来たが、本格的に体調の悪い光を見てすぐに帰って行った。 「甲斐も帰りなよ、また風邪移っちゃうよ」 「免疫的なもんがついてるから大丈夫でしょ」  癖毛頭が爆発した光はかなり消耗しているようだった。発熱しては解熱剤で熱を下げ、薬が切れると熱が出るというのを繰り返し、咳も酷いのだろう声が掠れている。細身の身体は脱水もあり悲壮感すら漂っていた。いつも犬みたいに元気な姿からはかけ離れており、彼をこうした負い目からもう少し面倒を見てやろうと思い俺はひとり居座った。 「なんかまた熱出てない? 薬飲んだ?」  光がようやく飲んだスープの空き皿を洗い終えリビングに戻ると彼は厚手の部屋着の上にパーカーを着込んでいた。1Kで玄関と繋がったキッチンはひんやりと寒く、リビングはぽかぽかに暖かった。平熱の俺はすぐに暑いくらいに感じるようになったが光は顔色を蒼くして僅かに肩を震わせたままだ。 「今日二回飲んだんだけど、あれ飲むとすげー胃がキリキリして辛い……」 「……胃薬は?」  光は力なく唸り小さく首を振った。 「ベッドで寝たら?」  そう言うとだるさが強いのだろう、のろのろとベッドに向かい溶けるように横たわった。それから口元まで毛布を引っ張り、すっぽりと包まった。つい先日までの自分を見ているようでその辛さが蘇る。まだ咳が出ていない間に少しでも睡眠がとれれば良い、そんな心境だろう。 「あとなんかやってほしい事ある?」  買い物と、まあ洗濯くらいなら請け負ってやろうと声を掛けると大きな垂れ目がゆっくりと半分開いた。 「……お見舞い受け取ってほしい」  それは布団に覆われて不明瞭でやっとキャッチできた言葉だった。 「まだ誰か来るの?」  自分が寝込んでいた時は目の前の光と同様来客の対応はかなり堪えた。それがわかっていたから今日は光と繋がりがありそうな連中に声を掛けて人の出入りが少なくなるようにしたつもりだ。それでもまだ誰か来るというのであれば学外の人間だろう。 「カエデさんか」 「……うん」  光は小さく返事をした。  光には付き合っている男がいる。それも歳上の社会人で宗教をやっているような人らしい。光のバイト先の常連客として出会ったそうだが光はそのカエデさんとやらに惚れ込んでいるようで時々、相当酔っぱらった時など、惚気話のようなものを聞かされる。  正直、俺は怪しいと思っている。  詳しくは知らないが光は過去に辛いことがあったらしく、以前にパニックを起こしたことがある。朗らかで人より少し警戒心の弱いところのある友人が、人知れない心の傷があるというのに大人の食い物にされているのなら見過ごせない。  俺が光とカエデさんの交際をあまり良く思っていないのは光も薄々勘付いていると思う。だから俺は未だにカエデさんに会ったことがない。保護者面をするわけではないが一度は見ておきたいという気持ちがある。光自身が俺とカエデさんを遠ざけているとは思わないが俺が会ってみたいと言うとやんわりと断られてきた。  だからこれは良い機会だと思った。  光が語るにカエデさんは堅い仕事に就いており(何かは教えてくれない、怪しい)、優しくて、包容力があって、癒されるらしい。どれもなんだか抽象的だし、経験の浅い大学生に夢を見せるには難しくないイメージ像だ。それでも光はカエデさんと仲良くやっているようで、半年以上の付き合いになるようだが愚痴らしい愚痴は聞いたことがない。 「仕事終わったら来てくれるって」  こんな状態の光に会うって?  俺は真っ先にそう思った。男の趣味はわからないが光は可愛い顔をしていると思う。身体も華奢で色も白い。それでこの性格できゃんきゃん尻尾を振っているのなら、好きな男は好きなのだろう。それは必ずしも恋愛的な綺麗な意味ではなく、単純に性的な嗜好としてもだ。扱いやすさも相まって、光が最も忌避する気に入られ方をしているのならそれは悲劇だ。こんなに体調を崩して寝込んでいる状態に鞭を打って相手をさせるなんてろくな大人ではない。 「……わかった、カエデさんが来たら俺が出てやるよ」  そう伝えると光は安心したように目を閉じた。  別に俺は情に熱いタイプではない。だけどそういう人間に使命感を湧かせるくらいに光はいい奴なのだ。  そして光が眠り一時間ほど経ったところでインターホンが鳴った。光が微睡みながら俺に玄関を開けるよう伝え、また瞼を閉じた。  扉を開けると肌を切りつけるような冷気が舞い込み、思わず肩を竦めた。それまで気付かなかったがどうやら雨が降っているようで、下手をすればみぞれに変わりそうな冷え込みだった。  こんな寒さの中を歩いて来たのではかなり冷えただろうと改めて相手の姿を確かめると、そこには想像を遥かに超える男が立っていた。 「あ……、初めまして、草薙さんの友人の楓と申します」  光からカエデさんがイケメンだとは聞いていた。芸能人のように顔が綺麗でスタイルも良いのだと。だからと言ってこんな完成度の高い美男子が現れるとは思わないだろう。どうせ惚れた弱みで良く見えているだけだと高を括っていたのに、これは彼のファンで喫茶店がてんてこ舞いになるのも無理はない。そして絶妙な声色に自然で丁寧な挨拶は好青年として満点だ。  これが本物のカエデさんか……! 「体調を崩していると聞いたのでお見舞いをと思いまして」  絶世の美男子に絶句しているとカエデさんは要件を述べ始めた。ドアを開けている俺でさえ寒いのだから、肩を濡らしたカエデさんはもっと寒いだろう。質の良さそうなマフラーの表面が、寒さで水滴に変わった吐息で濡れている。 「寒いっすよね、どうぞ」  ドアを更に開いて中に入るように促す。意外そうな顔をしてからカエデさんは玄関に足を踏み入れた。  ライトの下で見るカエデさんはやはり格好良くて、黒のロングコートがよく似合っており、傷の無い革靴はきちんと手入れをされているのかこの雨なのにしっかりと水を弾いている。涼し気な目元、真っ直ぐ通った鼻筋、小さな唇は寒さのせいか色味は悪いが妙に色っぽさを感じる。  なるほどこれが光を……、と考えているとまたカエデさんは話し始めた。 「事前に連絡をしているので草薙さんは承知と思うのですが……」  カエデさんは少し戸惑った表情だった。俺としたことが、カエデさんに見惚れてしまった。男に見惚れるなんて、こんなこと初めてだ……。 「あ、ああ、聞いてます、お見舞いを受け取ってくれって頼まれました」 「よかった」  寒さに強張っていた雪原のような頬が緩んだ。それから微笑みを浮かべて手に持っていたバッグを俺に差し出した。その手はかじかんでいるのか震えている。 「外に置いておいてと言われたのですが、今日の気温だと凍っちゃうなと思ってました」  受け取ったバッグの中にはいくつかの保存容器とスポーツドリンクが入っているのが見える。恐らく手作りの品なのだろう。ずっしりと重く、これを片手に持ってくるのは楽ではなかったはずだ。  光からカエデさんは多忙だと聞いている。そこから単身赴任中の家庭持ちの線もあり得ると思っていた。だけどいくら単身で時間があっても平日のど真ん中の仕事終わりにわざわざセックスしに立ち寄るものだろうか。この血の気の無さから見るに職場が近いようにも見えない。それに今はもう夜の九時になるところだ。 「体調はどうでしょうか」  いくつかの可能性が頭を過ぎるが、今日はとても寒くてカエデさんが凍えているのは確かな事だ。光は寝ているが、あらかじめカエデさんが来ること知っていたのだから部屋に上げても問題ないだろう。 「中どうぞ。光は今寝てますけど」 「あ、大丈夫です、私はこれで失礼しますので」 「え?」  カエデさんは彼が言う通りさきほどから突っ立ったままで部屋に上がろうとする気配がない。こんなに寒い中、仕事の帰りに重たい見舞いの品を持って来たというのに。それもすべて光に会いたいからではないのか? 「眠れているならよかったです。バッグの中に胃薬も入れてありますので、もし熱が出たら解熱剤と飲むように伝えてもらってもいいですか?」  胃薬。光はさっき胃薬がなくて解熱剤を飲むのを渋っていた。もしかして買ってくるように頼んでいたのだろうか。 「あ、はい、了解です」  それにしてもカエデさんの態度はなんだ。学生を弄ぶ悪い既婚者どころかまるで先日俺が寝込んだ時に電話してきたうちの親じゃないか。光の体調お構いなしにワンチャン狙うゲス野郎かもしれないなんて考えた自分の方が恥ずかしくなった。それくらいカエデさんからは慈愛のオーラが溢れている。 「寒いでしょう? 中へ入ってください」  自分の方が寒いだろうにカエデさんは俺を気遣って見せた。せめてコーヒーくらい飲んでもらおうと提案しかけたところで背後から扉の開く音がした。 「かえでさぁん」 「光くん!」  外がどれほど寒くても、恋人の部屋に知らない男が居ても、しかもその男にガキの使いみたいな対応をされても穏やかにしていたカエデさんは、拳ひとつ分の隙間から顔を出した光に大きな動揺を見せた。今すぐに駆け寄りたい衝動に駆られているのか通勤バッグを持った手を落ち着きなく動かし、靴を脱ごうとしているのか足元も落ち着きがない。何よりも凛とした美しい顔に不安と憐れみが滲んでおり、それはそれで胸に来るものがある。 「風邪移っちゃうから来ないでね」  光に声を掛けられるとそわそわしていたカエデさんの身体は大人しくなった。それでも光を心配する表情は変わらない。学生と言っても光も成人だ。こんなに心配してくれるなんてもしかしてこいつはめちゃくちゃこの人に甘やかされているのではないか……? 「寒いのに来てくれてありがとう」  また熱が上がっているのか光は僅かに顎を震わせている。カエデさんはよほど何か言いたげだが光のか細い声を聞き逃すまいとして神妙に聞き入っている。 「部屋入れてあげられなくてごめんね」  光はドアの隙間から手を伸ばし、俺を呼んだ。手にはふたつのカイロが握られている。 「甲斐、渡して、あげて」  関節が軋んでしんどいだろうにぎこちなく俺の手の上にカイロを落とした。俺とカエデさんが話している間、ガタガタと震えながら部屋のどこかから持って来たのだろう。  俺は善人から善人へ届け物をすべく、たかが数メートルの距離をお使いしてやった。  俺から光の思いやりカイロを受け取ったカエデさんは感動したみたいに嬉しそうに笑い、そのまま真っ直ぐに俺の目を見た。それは思わず背けたくなるくらい純粋な視線で、なんとなく居心地が悪い。しかしその目ははっきりと「渡してくれてありがとう」と言っており、見つめられるほど心に届くような気がした。  カエデさんは感動した瞳でそのまま光を打ち抜き今度は言葉にして感謝を伝えた。 「うん、気を付けて、かえって……ね……」  図らずも彼氏にとどめを刺された光はへなへなと扉の向こうへ消えて行った。光が楓さんに骨抜きになっているのがよくわかる。 「ああ、まだだいぶ悪そうですね……」  あんたのせいでもあるのでは? と思いつつ、カエデさんを早く帰そうと判断した。カエデさんの表情からこのままキッチンに泊まるとでも言い出しかねない気迫すら感じるのだ。 「きっとこれだけカエデさんの差し入れがあれば、もし食えなくても見ただけで元気になりますよあいつ」  ふたりのラブラブ具合を見せつけられてなんとも言い難い気持ちのまま伝えるとカエデさんは目を丸くした。そうか、一応ふたりは友人関係ということになっていたのだ。失言したかと思ったが、そうではないようだった。 「そうだといいな」  にこっと花が咲いたみたいに笑った顔は嘘みたいに可愛かった。第一印象のスマートな佇まいからはまったく想像できない笑顔だ。思わぬ角度から殴られたような錯覚を覚え、混乱から立て直す前にカエデさんは続けた。 「光くんにはよく休むようにお伝えください」 「はい、もちろん……」  にこにこ笑顔がまた月のような穏やかな微笑みに戻り、口調も元の敬語に直っている。な、何なんだ……。 「じゃあ本当に今日は失礼します。おやすみなさい」 「おやすみなさい、です、あの、気を付けて」  カエデさんが玄関のドアを開けると再び鋭い冷気を浴びた。せめて見送ろうと一緒に外へ出るとカエデさんは寒いだろうと慌てて俺を玄関へ押し込めた。俺と目線は変わらない、この綺麗な男は上背もあるのがよく分かった。  ちょっとした押し問答の末、結局俺は玄関に残ったまま寒い外へカエデさんを帰してしまった。 「ありがとう、カイクン」  かちゃん、と扉が閉まった音ではっとした。静かに、しかし確かに俺の名を呼んだ。初めてゆえの拙さで「カイクン」と発せられた。  最後に見た楓さんの笑顔は月の光みたいに穏やかで冷たくて、だけどとても優しかった。  俺はすぐさまリビングへ引き返し、布団の山へ向かった。 「光、薬飲め! また熱上がってるだろ」  光は楓さんの宝物だ、さっさと元気になってもらわなければ。 「楓さんが胃薬買ってきてくれたぞ。早く元気にならないとあの人月の使者が迎えに来るぞ」 「何言ってんの、というか胃薬? 楓さんが?」  怠そうな光を無理やり引っ張り起こして解熱剤と胃薬を飲ませると、三十分後には汗だくになりながら布団から飛び出してきた。 「熱下がるとだいぶ楽だな! 汗すごいや、あーお腹すいたー!」  ぐったりしていたのが嘘みたいに、布団から出るなり服を脱ぎ、飲みかけのスポドリをがぶ飲みし始めた。さきほどのしおらしい姿は何だったのだろうか。いずれにせよ元気になったのならよいかと、脱ぎ捨てられた部屋着を拾ってやると濡れていて気持ち悪かった。 「お前絶対楓さんの前でこんなことしないだろ」 「楓さんはしっかり者だからね~。あ、ねえねえ楓さんのお見舞いは? 腹減った!」  冷蔵庫に入れた差し入れを取りに立ち上がるとうるさい病人がTシャツとパンツ姿のまま後を付いてくるので追い払う。ついでに汗で濡れた部屋着も洗濯機に入れてやった。  光よりも先に見るのもどうかと思い中身はよく見ていなかったが楓さんからの見舞いの品は手作りの総菜と、小分けにされた野菜スープと、一口サイズに切り分けられ、綺麗に皮の剥かれた果物の詰め合わせだった。その他にもスポーツドリンクやゼリー飲料、プリンや羊羹、冷却シートと漢方薬、解熱剤に整腸剤などあらゆる品が詰め込まれていた。 「すげーいっぱいだ! おいしそう~」  光はひとつひとつを手に取り楓さんの労わりの気持ちを噛み締めていた。特に総菜は出来合えの物を詰めているのかと思えばどれも手作りで、以前に光がごちそうになって気に入ったものだと言うのだから度肝を抜かれた。 「楓さんってこんなもん作れるの? すごくねえ?」 「そう、楓さんはあんなに格好良くて優しくて料理も得意なんだ」  どれから食べようと浮かれている光を見て、こいつがあんなかぐや姫みたいな人に溺愛されているんだなあとしみじみ不思議な気持ちが湧いた。 「ぶっちゃけさあ、楓さんに会うまで、こんなげっそりした光とヤりに来るような悪い男にはまってんのかって心配してたわ」 「え、楓さんが? ないない!」  光は早速手作り総菜に手を付け始め、俺にも取り分けてくれようとするので断った。見事な白和えとかぼちゃのサラダだったがすべて余さず光の栄養になるべくして作られたものだ。もちろん光もわかっているのだろうけれど、純粋に美味しいものを共有しようとしてくれたのだろう。 「楓さんがすごく心配してくれてうちに泊まり込んで看病しようとするから必死に断ったんだ。仕事忙しいのに看病なんかさせられないし、風邪移しちゃったら最悪だもん。そしたら食べる物だけでもって持ってきてくれたんだ」  そう話しながら白和えを口に運び、明らかにジーンと感激している様子が伝わってくる。なんでもないことのように話しているが光なりに楓さんを精一杯想っているようだ。 「それに楓さんはあんな感じだから万が一俺が頼んでも元気になるまでいちゃいちゃさせてくれないと思うな」  今度はかぼちゃに箸を伸ばし、うめー! と喜んでいる。そして俺は光の発言にふと疑問を持った。 「もしかしてお前が抱く方なの?」  光は箸を咥えたままきょとんとした。たまにこの顔を見せるがトイプードルっぽくてあざといなと思っていた。しかし新たな可能性が見えた今、その表情は作られた物ではなく、単に顔の造形がそう見せているという事がわかった。つまりこんな可愛い顔をしてこいつはあの良い男を 「俺そういう話嫌い!」  途端に光は真っ赤になって怒り出した。こいつは中学生みたいな下ネタには笑っても下世話な話題が苦手なのだ。 「あー悪い悪い、でもあんなに綺麗な人ならまあ」 「やめろってばー!」 「俺は光がいちゃいちゃしたいと思える相手と仲良くやってることが嬉しいよ」  心根が優しくて、人懐こい、この犬みたいな男には当然集まる人間は多い。今日の訪問もどれだけの人に見舞いの品を託されたかわからない。それなのにこいつは恋愛ができない事情があるらしかった。多分、男でなければいけない事情ではないはずだ。人を愛することも愛されることも多い光が恋をできないのは残酷だと思っていた。だからこそいつか彼が幸せな恋愛をできればいいのにと、密かに願っていた。今日その願いが叶ったことを知って俺は本当に温かい気持ちになったのだ。 「……ありがとう」 「なんだこの空気、きもちわりー」  そろそろ帰ろうかと思った時に光が「あ!」と声を上げた。 「手紙だ!」 「えー? 俺もうお腹いっぱいだわ」  それは手紙というほど立派なものではなかったが、きっちりと角を合わせて畳まれた一枚のメモ用紙だった。 「『早く元気になってね』だって」 「読み上げなくていいわ」  愛妻(?)料理に感動していた光は箸を置き両手でメモ紙を持ったまま固まっている。僅かに文字が透けて見えるが本当に『早く元気になってね』とだけ書かれているらしい。恐らく仕事の合間にでも書いたのだろう。  それなのにぼさ髪、パンツ、口の端に食べカス野郎はみるみる大きな瞳に涙を浮かべた。 「う~っ」 「お前よくそれだけで泣けるな!」  感情表現が豊かな友人が面白くて思いがけず笑わされてしまった。きっと光は手紙の言葉に泣いているのではないのだろう。  光がそういう相手に出会えてよかったなと思うとなんだか俺まで泣けてしまいそうだった。 *  後日ちょっとしたことで俺は楓さんと光の関係を誤解していることがわかり心底驚いた。 「ということは、あれで楓さんはセックスが上手いってこと? やばくね?」 「そういうこと言うのやめろよー!」  光は恥ずかしそうにキレながら「超やばいよー!」とどさくさまぎれに惚気てきた。うるせー。

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